ホームレス問題をめぐって(1)



宇都宮大学教員 田巻 松雄




 「失業、家庭崩壊、社会生活からの避難等様々な原因により、特定の住居を持たずに、道路、公園、河川敷、駅舎等で野宿生活を送っている人々を、その状態に着目してホームレスと呼ぶ」。厚生労働省によるホームレスの定義です。

 宇都宮のような地方都市でもこのようなホームレス生活者(以下、ホームレスと略します)が目立つようになってきました。今年の一月〜二月に厚生労働省が行った全国実態調査によりますと、五八一の市区町村でホームレスが確認され、人数は二五九二六人でした。栃木県は一三四人、宇都宮市は六六人となっています。もとより、ホームレスの数の把握は非常に難しく、実際にはもっと多くのホームレスがいることでしょう。以上の数値も確認された最低限の数値として理解しておく必要があります。

 全国的にホームレスは九〇年代中ごろから増大してきました。そして、ホームレス問題は放置しておけない、何らかの意味で社会的な解決が必要であるとの認識が広がっています。しかし、何が「問題」であり、どのような「解決」が望ましいのかについては、様々な見方や考え方があります。例えば、ホームレスが公園や駅などの公共の空間を勝手に占拠して社会の秩序を脅かし、住民や市民に迷惑をかけていることを問題視する見方があります。このような「占拠」や「迷惑」に対する非難の論理は、突き詰めていけば「占拠」されている場所からホームレスを排除するという「解決」につながります。一方で、野宿という厳しい生活を送っている人がいること、そしてそうした事態が社会的に放置されていることを問題視する見方があります。この場合には、失業して働く機会に恵まれていないことや、社会保障制度が有効に運用されていないことなどが本質的な問題と捉えられ、政府や自治体が野宿をしなくともよい施策をとることを必要な「解決」と考えるものです。

 わたしは名古屋に住んでいた九〇年代初めに、ちょっとしたきっかけからホームレス問題に関心を持つようになりました。当時名古屋駅周辺で野宿していた人は二〇〇〜三〇〇人前後だったと記憶しています。現在、名古屋市内のホームレスは一七〇〇人を越えています(市当局発表)。対象とするエリアも違いますから単純な比較は出来ませんが、大幅に増加してきたことは間違いありません。名古屋に住んでいたころは、支援のボランティア活動にも関わりながら、ホームレスに関する様々なことを勉強してきました。九六年に宇都宮に引っ越してきてからは、主に東京のホームレスに関心を向けてきました。現在、「グローバル都市におけるホームレス問題:ロスアンゼルス、パリ、東京、サンパウロ」という研究プロジェクトに参加して、外国の大都市におけるホームレス問題も勉強しています。ホームレスは世界に遍在する国際的な問題なのです。正直言いまして、日本の地方都市における実情はあまり理解していません。宇都宮の実状も含め、出来る限り現実を見ながら、これから勉強していきたいと考えています。ここでは、主に日本の大都市におけるホームレス問題について、見てきたことや考えてきたことを伝えていきたいと思います。今回はホームレス問題に対する基本的な見方についてです。

 ホームレス問題は、失業問題や労働問題、社会保障制度の仕組みなどが係わる現代の貧困問題です。「貧困」という言葉は二つの意味を込めて使っています。一つは、物的生存状態の厳しさに関する側面です。貧困といえばまず衣食住における貧しさが連想されるように、ホームレスの多くは、寒さや雨、貧しい食生活、不衛生な環境等の問題に直面していて、厳しい路上生活を送っています。しかし、貧困に関する問題は物的生存状態に関することだけではありません。ある学者は、「貧困の問題は人間の物質的生存にだけ還元して考察するのではなく、社会組織全体のなかの貧民の位置付けを考察の対象としなくてはならない。貧民は、・・・物資的状態の犠牲者というだけでもない。そのことだけではなく、社会的排除の対象になっていることこそが念頭に置かれるべきなのである。」と書いています。厳しい物的生存状態に置かれている人が社会的排除の対象になりがちだという問題があります。わたしは主にこの側面に関心を向けながらホームレス問題について考えてきました。

 ご存知の方も多いかも知れませんが、昨年の7月に「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が制定されました。その第一条には、「この法律は、自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し、健康で文化的な生活を送ることが出来ないでいるとともに、地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ、ホームレスの自立の支援、ホームレスとなることを防止するための生活上の支援などに関し、国等の果たすべき責務を明らかにするとともに、ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ、必要な施策を講ずることにより、ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする」(下線は筆者)と書かれています。厳しい生活状況と地域社会との軋轢の二つの側面が問題視されていることに気づくでしょう。また、東京都は九四年から全都的なホームレス対策を開始しましたが、二〇〇一年には『ホームレス白書』を著し、ホームレス問題に対する基本的な捉え方や方針を示しました。そこでも、ホームレス問題の核として、「ホームレスの厳しい生活状況と社会保障からの排除」と「公共空間の占拠による地域社会との摩擦」の2つの側面が指摘されています。

 ホームレス問題とは何か。先にも少し触れたように、それは定義づける主体によって内容が異なります。大都市の状況を見ると、行政や社会は「地域社会とのあつれき」や「公共空間の占拠」をより強く問題視してきたと言えるでしょう。大都市では、かなり以前より、ホームレスの存在は社会的に問題視されてきました。東京都新宿区では、一九八〇年代初めに新宿駅周辺環境浄化対策会議を設置し、駅周辺からホームレス(当時は一般に「浮浪者」と呼ばれていました)を排除する環境浄化作戦を展開しました。名古屋では九〇年代初めに、名古屋駅近くのビル管理会社が、ホームレスが寝られないよう、ビルの軒下にフラワーポットを多数設置したことがありました。九〇年代中頃には、東京や名古屋などで公共の場所からホームレスを追い出す大規模な強制撤去が行われています。

 このような広い意味での社会的排除は、「迷惑」「地域社会とのあつれき」「公共空間の占拠」等を根拠にしていますが、同時に、ホームレスの人々に対する人間観も深く係わっています。「かれらは働くことを嫌がる勝手気ままな自由を求める人たち」との見方には根強いものがあります。「怠惰」「勤労意欲に乏しい」との見方は、なぜかれらがホームレスになったのかについて、私たちが「普通」に用意している解答なのです。

 わたしたちは、まず、ホームレスの人々が、社会的な排除の対象になりがちであるという社会的現実に目を向ける必要があります。行政による「追い出し」と連動するように、ホームレスに対するからかいや襲撃などの事件も後を絶ちません。こうした事態はなぜ生まれるのか、この問題を議論の出発点にしていきましょう。そして、ホームレスは近年なぜ増えてきたのか、この問題についても多面的に考えていきましょう。

 大学で担当している「現代日本社会論」では、ホームレスの問題から見える日本社会の仕組みやわたしたちの意識構造について話しています。昨年、ホームレス支援基金の方たちとの出会いがあり、宇都宮でホームレス経験を持つ方に授業の場でお話をしてもらう機会に恵まれました。大変つらかったことをひとつひとつ思い出しながら、かつ噛み締めながら話す姿に、学生たちは驚きと感銘を受けていたようです。そして学生たちが書いた感想文からは、ホームレスに対する私たちのイメージや意識に関する様々な問題点を読み取ることが出来ます。次回はそれを資料にして、ホームレスに対するイメージや偏見のありようについて考えてみようと思っています。なお、この4月に共著で『偏見から共生へー名古屋発・ホームレス問題を考える』という本を風媒社から出版しました。ホームレスを取り巻く問題状況を詳しく書いたので、ぜひご覧下さい。
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