どうでもいいようなことを載せてます
炎と散った江戸の恋
ー八百屋お七の物語ー
1682年(天和2年)。暮れもおしつまった12月28日午後に駒込の大円時から出た火事は吹き荒れる寒風にのって、たちまち南の本郷、
神田、日本橋へと燃え広がり、東は浅草、両国橋を超えて本所、深川まで燃え広がった。焼失した家屋は、大名屋敷75、旗本屋敷166、
寺社95,町屋5万以上。焼死者は約3500人にも及ぶ大火災であった。
お七は江戸の本郷、本妙寺前の八百屋の娘であった。小さいときから聡明で1文字教えられれば2文字覚えるほどであったと伝わる。
お七の家族はこの火事で家を焼かれた。一家は駒込の円城寺の住職を頼り、寺の門前に仮住まいをすることとなった・・・・。
寺には左兵衛という寺小姓がいた。大変な美童である。
お七は一目見たときから胸をときめかせ、その日以来、朝な夕な、考える事といえば、左兵衛のことばかり。
左兵衛もまた、18歳で修行の身ではあったが、お七のあどけない笑顔にこころひかれている。2人が人目をはばかる仲となるのにそれほど
時間はいらなかった。
ところが、家族がもとの場所へもどるときが来た。新築がなされたのである。昨日までは朝夕左兵衛と顔を合わせていたお七は、
さびしくてたまらない。逢いたいばかりにそっと家を抜け出し逢瀬を楽しむ。家を抜け出せない日のお七は、気が抜けたように
ぼんやりとため息をつく。
2人の逢瀬と盗み見してる男がいた。吉三郎である。彼は湯灌場(ゆかんば)買いといって、埋葬された死人の衣装を寺から引き取り、
古着屋に売っては小銭をかせいでいた。もともとならず者の吉三郎は、親切ごかしにおしちに近づき、文使いなどをしては小遣い銭をせしめていた。
逢うこともままならぬお七は、寂しさが募るばかり。そんなお七に吉三郎はささやく。
「それほどまでにあの寺小姓と逢いたいのなら、もう一度火事になれば、円城寺にまた住めるぜ」
「家に火をつけるのさ」
・・・つづく
恋愛物ときいて八百屋お七を想像できた方いますか!?( ̄ー ̄)
っていうか、八百屋お七知ってる人いるのかな・・・・?(^^;
文章を打ち込むのが結構大変なので、今日はここまでなのです。
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