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J2net-net No.40  (2003.3)


ビンタロ洋裁ボランティア

毎週金曜日の午後、車を連ねてビンタローへ。
「こんにちは」「Selamat Siang」… 生徒たちのニコニコした顔に迎えられ、遠かった道のりも忘れます。
昨年9月中旬、ブリタジャカルタのボランティア募集の記事を見て、何か出来るかな…と、同じ思いの友人5人、生徒30人あまりで始まった教室。
何も知らない生徒に、まずは、自分の針刺し作りから始めました。
表生地にボールペンで印をつけてしまう生徒がいたり、型紙をうまく写せない生徒がいたり、縫い始めの糸結び、ひと目返し縫い、針目の大きさ、アイロンのかけ方と、一つ一つ教え、決してきれいな出来ばえではありませんでしたが、コーヒーを詰めて自分の針刺しが出来たときにはうれしそうでした。
パッチワークコースター、キルティングのなべつかみと進み、今は、リバーシブの袋。
指導する私たちも、自分でまずは作ってみて、どのようにしたらわかりやすく指導できるかと検討を重ねています。
あるとき、とても上手に作る女生徒がいて、「上手ね」と言った所、彼女は、「イブに教えてもらったから」と言ってくれました。
その言葉は、何よりもうれしく、もっとがんばろうと言う気持ちにさせてくれる言葉でした。
生徒も男性8人を含む36人ほどとなり、指導者も14人に増え毎回7〜8人参加できるようになりました。
正確に型紙を取り、きれいに仕上げる事を心がけています。
まだまだ納得のいく作品にはなっていませんが、出来た作品を、売ることが出来るものに仕上げるという目標に向かって今後も指導していきたいと思っています。 (横内寿子)

ブリタの8月号で呼びかけた洋裁ボランティアの募集にたくさんの方が手をあげてくださり、定期的に洋裁の授業が行われることになりました。中心になって活動されている横内さんにお会いした時、「子ども達、みんな頑張ってますよ。」とのお話をお聞きし、どんな様子か知りたくて、先日活動を見学させていただきに出かけていきました。
私たちが学校に着くと、寄ってきた子ども達が口々に、「今日は洋裁教室のある日だよ」「もうすぐ先生達がやってくる」と話してくれ、心待ちにしている様子がうかがわれました。10人ほどのボランティアの方たちが到着し、机を用意していよいよ授業開始。
出席を取りながら一人一人先週の宿題を提出して、今日の教材を受け取ります。「上手にできたね!」というボランティア先生の言葉に、はにかみながらもとてもうれしそうな子ども達。
その後4〜5人のグループに先生が1人ずつ付いて、新しい作品の作り方を丁寧に説明していきます。子ども達はとても熱心で、先生や友達とのおしゃべりを楽しみながらも、遊んだりふざけたりする子は1人もいません。アットホームな中にもお互いの真剣な思いが、教室の雰囲気を引き締めている気がしました。
私たちの投げかけた小さな種が、どんどん大きく育っているこの洋裁ボランティアの活動の様子を、横内さんにお願いしてレポートしていただきました。(山本)

洋裁用具(チャコ、はさみ、メジャー、針、糸など)、生地(利用価値の多い綿の生地、小さくても結構です)、文具(鉛筆、定規、コンパスなど)等、もしご不要のものがありましたら、この洋裁ボランティアの活動に寄付してくださいますようお願いします。
ご協力いただける方は、横内様(TEL5260039)までご連絡ください。

 

macam2 J2 JAPAN

JICA母子保健専門家として1995年5月から1997年8月に中部ジャワ州スマランに、1998年10月から2002年3月に西スマトラ州パダンとジャカルタに滞在され、母子手帳の普及活動を推進された小児科医の渡辺洋子先生に、3回にわたって「インドネシアの母子保健と母子手帳」についてレポートしていただきます。第一回目の今月は、妊婦に対する保健サービスについてです。

「インドネシアの母子保健対策」(その1)
前JICA母子手帳プログラム責任者・NPO法人HANDS 渡辺洋子

日本では妊娠したら、母子手帳をもらい健診を受け、母親学級を受けて出産に備える。妊娠時の健診は自費だけれど、出産費用は後で健康保険から還付金がある。出生届を出して、乳幼児期の健診や予防接種のお知らせが、市町村役場から忘れずに届く。健診は保健婦さんや医師・歯科医師、歯科衛生士さん、栄養士さん、心理士さんと、多職種の人が関わって、整然と行われている。健診費用も予防接種も、また万が一予防接種が原因で重大な副反応が出た場合の補償も公費でカバーされている。時には「こんなことちゃんと知っているわよ」という内容も懇切丁寧に説明してくれる。これが一般的な日本の母子保健の状況です。
では皆さんが関わっているインドネシアでは妊婦さんや子どもに対して、行政はどのようなサービスを提供しているのでしょうか。JICAの母子保健専門家としてインドネシアに関わっていた経験から、お話したいと思います。これは公的サービスがどうなっているかで、利用者はカンポンのお母さんと子どもたち、つまりインドネシアのマジョリティーの人たちが対象、という状況の話です。ですから大都市ジャカルタで暮らす人々はあてはまらない、と考えて下さい。

母子保健サービスシステム 
インドネシアでは妊娠したら、助産婦(ビダン)さんのところへ受診するのが普通です。受診の時期は妊娠20週以降のことが多いようです。そのビダンさんも大多数は、午前中は保健所(プスケスマス)や地域助産所(ポーリンデサPolin desa)で公務員として勤務し、午後から夜は自宅で開業、または助産クリニックなどに勤務という2つの顔があります。本当は保健所は午後2時とか3時までが勤務時間なのですが、大抵お昼には終わって帰ってしまうのです。妊婦さんはどちらをより利用するかは、その妊婦の経済状況と相関します。妊婦健診といってもとてもシンプルで、体重と身長(初回のみ、145cm以下の妊婦さんはハイリスクとみなされる)、上腕周囲径(これは妊婦さんの栄養状態を把握するためです。23.5cm以下は低栄養としてハイリスクにみなされる)、血圧(たいてい助産婦さんの読みは上が120mmHgで、下が70mmHgと決まっています!?)、子宮底長の測定と、胎児心音の測定(トラウベという木製又は金属製の筒状のようなもので助産婦さんがカウントする)、です。また妊娠中に2回の破傷風の予防接種が、貧血予防のための鉄剤90錠の投与があります。これらはすべて無料で行われています。
(来月号に続く)

J2 JAPAN 事務局:E-mail yuji-k@fa2.so-net.ne.jp  03-3687-8658  小林良子

 

J2net奨学金ニュース

お誕生日プレゼントは・・・

先日J2奨学金にうれしい寄付をいただきました。4歳の男の子からの寄付です。
お電話をいただき寄付を受け取りにうかがうと、腕白そうな男の子が待っていてくれました。彼の4歳のお誕生会を開いたとき、プレゼントをいただく代わりに、お祝いに集まった皆さんからドネーションを募ったそうです。そこで集まったお金をJ2奨学金として寄付していただきました。彼が通っている幼稚園は欧米人の子が多く、時々そういうお誕生会があるそうです。
「うちの子は一応満ち足りていて特に欲しいものもないから、その分少しでも恵まれないお子さんの助けになれば・・・」とお母さんが話してくださいました。こんな素敵なお誕生日の祝い方もあるんだと、受け取った私もうれしくなりました。
1月、J2奨学金グループが支援している3団体に半期分の奨学金を振り込みました。インドネシアの学校は7月に始まるので、私たちの奨学金はまず7月に半分を、その後レポートの提出等を確認したうえで1月に残りの半分を・・・と年2回に分けて振り込むことにしています。
現在J2奨学金グループが奨学金を支援しているのは、北ジャカルタのスラム地区を中心に活動しているヤヤサン・アウリアを通して、ペナス、クマヨラン、ギャブロック地区の子ども達53名、南ジャカルタの養護学校ヌル・アバディに通う聴覚障害・知的障害の子ども達20名、プンチャックの少し先、チパナスの小学校プンチャック・シモン校に通う貧しい小作農の子ども達50名の計123名です。

毎月、定期的に5万ルピアを払っていただいている会員は、2月10日現在65名です。

J2net 奨学金の会員になってくださった方
   小田 彩子 様 、 渡辺 恵理 様 、 桐岡 真理子 様 
J2net 奨学金に ご寄付くださった方  
   渡辺京子刺しゅうグループ 様 、 竹下 凛太郎 様 、 中尾 様
     ありがとうございました!


J2net-net No.39  (2003.2) 

断食、レバラン、年末年始とほとんどのグループは活動休止中。そこで今回はいつもとはちょっと違ったJ2netの仲間を紹介します。

ピース ウインズ・ジャパン ―J2netに参加しているNGO紹介―

J2netはジャカルタでさまざまな活動をしている日本人グループの情報ネットワークです。そのほとんどは駐在員婦人を中心としたボランティアグループですが、インドネシアを支援する日本のNGOも参加しています。
ジャカルタに事務所を置くピース ウインズ・ジャパンは、ボランティアの私たちとは立場も活動内容も違いますが、お互いの活動場所やお付き合いのあるヤヤサンを紹介しあったりして協力しあっています。子どもの権利をインドネシアで普及させるHak-Hak-Anak Projekt等でも一緒に活動しています。昨年のニアス島水害の際、ジャパンクラブから資金協力を受けたNGOとしても、皆さんご存知のことでしょう。仕事に支障がない限りミーティングにも参加して、いろいろプロとしての意見を聞かせてくれる、私たちの心強いオブザーバーでもあります。
 彼らの活動はインドネシアの人たちを対象としているため、普段は私たち日本人の目にとまる機会はあまりありません。頑張っている日本のNGOの活動を皆さんにも知っていただきたく、自己紹介をお願いしました。

ピース ウィンズ・ジャパンは、紛争や貧困などの脅威にさらされている人々を支援している日本の民間支援団体(NGO: Non-governmental Organisation)です。1999年にイリアン・ジャヤ州(現パプア州)ソロン県に事務所を設置し、先住民コミュニティの所得向上や生活改善に向けて支援活動を始めました。2001年1月にはジャカルタ事務所を開設し、現在はインドネシアの地元NGOを通じて、ジャワ、スラウェシ、パプアで農村コミュニティの自立を目的とした地域社会開発プロジェクトやジェンダーや人権に関する啓蒙活動などを行っています。(ソロン事務所は2002年1月に閉所しました。)
ピース ウィンズ・ジャパンのインドネシアでの活動はまだとても小さいですが、少しでも多くの在留邦人の方に、インドネシアの抱える問題やそれに対する支援について知っていただきたいと思います。当団体の活動にご興味、またはご質問等ありましたら、下記ジャカルタ事務所までご連絡下さい。
また運営費創出のための収益活動の一環として、ホームページにオンライン・ショップを設けています。ショップ商品の一つ、2003年カレンダーはジャカルタ事務所にも若干ですが在庫がありますので、希望される方は早めにご連絡下さい。
特定非営利活動法人 ピース ウィンズ・ジャパン
ジャカルタ事務所 担当:小張(こばり)
電話番号:021-5723375  ファックス番号:021-5723376
E-mail: pwjjkt1@indo.net.id、Web site: http://www.peace-winds.org

そして今年から新たに、同じくジャカルタに事務所を開いているNGOの「地球の友と歩む会(LIFE)」が私たちのネットワークに参加してくれることになりました(LIFEのご紹介はまた次の機会に)。
J2netで活動している色々なグループ。その成り立ちも活動内容もさまざまですが、どのグループも「少しでもインドネシアの人たちの役にたちたい!」という思いは同じです。せっかくジャカルタで出会えた、同じ思いを持った仲間たち。これからもネットワークを生かしてお互い協力し合っていけたらと思います。  (山本)

macam2 J2 JAPAN 

日本の図書館から
「ジャカルタ路地裏フィールドノート」  倉沢愛子著 中央公論新社出版

「日本人一家 路地裏で暮らす!」こんな帯のついたこの本から、近くて遠かったカンポンの生活をのぞくことができた。インドネシアに住む外国人の大半が「表通りの世界」で生活する中、筆者一家はそんな常識(?!)を捨て「裏通りの世界」で生活することを選んだ。
一家がジャカルタ郊外のレンテン・アグン地区に移り住んだのは1997年。その時すでにジャカルタ生活7年目に入っていたとはいえその苦労は相当なものであったようだ。
筆者は日本の大学で教鞭をとりながら日イ間を足しげく往復し、研究者としての目からと一個人の目からとでカンポンの生活を見つづけている。
一家が住むレンタン・アグン等O町内会、第△隣組(RT△/RWO)でのさまざまな統計は決して大きな数字ではないが、予想通りであったり、意外に思える結果をみせてくれている。「表通りの世界」と「裏通りの世界」という2つの世界には「表通りの政治」と「裏通りの政治」、「表通りの教育」と「裏通りの教育」、さらには医療にも・・2つの種類があるようだ。
表で考えられた制度が裏で必要とされた制度でなかったり、途中で途切れて、結局、空回りしたり、終わったり、なんともユニークでほほえましい。
笑って済まされることばかりではないのだが、インドネシア人の民族性を少しは体験することのできた私達だから笑える。そして少しのペーソス、さらには大きなエールを・・・
近くて遠いカンポンに暮らすインドネシア庶民のパワーを感じることができる。
この本は、近代都市のなかのカンポンと隣組の説明から始まり、その中に暮らす住民たちのプロフィールや暮らし振りが描かれている。1997年に起こった経済危機を境に変わった価値観、そして民主化への変化がかかれている。
ぜひ、手にとって読んでみてください!!
(ジャパン 鳥山 晶子)

J2 JAPAN 事務局:E-mail yuji-k@fa2.so-net.ne.jp  03-3687-8658  小林良子

 

J2net奨学金ニュース

チャリティー・コンサート報告

昨年12月、中村紗良さん(ピアノ)と奥園草也さん(ヴァイオリン)によるチャリティー・コンサートが行われました。二人の演奏を聴くために400人以上の方が集まり、当日の立ち見券も売り切れる大盛況でした。生徒達に聴かせたいからと、15枚まとめてチケットを買ってくださったピアノの先生、開場の1時間も前から立ち見チケットの列に並んだインドネシアの若者達…。まだまだクラシック音楽が発展途上のこの国で、若い二人のコンサートは多くの方たちから歓迎され、好評のうちに終了しました。
終了まもなく、中村紗良さんのお母さんから当日の詳細な収支の報告があり、一緒に収益金をヤヤサン・アウリアへに届けてきました。中村さんから、今回のチャリティー・コンサートを開こうと思ったきっかけや、収益金を届けた際に会った子ども達について、皆様へのご報告とお礼の文章をいただきましたのでご紹介いたします。

12月26日、Sunterにある低所得者層の住むバラックへ行ってきました。高速道路下の川沿いにある建物の中は薄暗く、何人もの大人や子どもが雑魚寝状態、食器を洗う水はどろどろ、衛生状態の悪さには思わず目を背けたくなりました。
今日はヤヤサン・アウリアのスタッフがやってくる日で、子どもたちは薄いノートとえんぴつをしっかりと握りしめ集まってきました。ノートには絵が描いてあったり、びっしりと単語の練習がしてあったり…。子どもたちは週3回アウリアのスタッフと勉強をしたり、本を読んでいるそうです。そこに集まっていた約30人の子どもたちは、奨学金にて学校へは通っているものの、空いた時間は毎日道端へ出て、小銭を集める生活をしている子が大半だそうです。私達が路上で目にする子どもたちはこんな生活をしていたのね…。
12月19日に行われた奨学金のためのチャリティー・コンサートは、路上の子ども達に何かしてあげられたらという思いから始まりました。炎天下であろうとどしゃ降りであろうと、止まった車にかけ寄る子どもたち…。窓を開けて小銭を差し出す勇気が出ず、見て見ぬふりをして通り過ぎてしまっている私たち…。この子たちに何かしてあげることはないかしら…とJ2netの方々に相談した所、今回のチャリティー・コンサートを催す運びとなりました。
コンサートへはお忙しい中、大勢の方にいらしていただき、ありがとうございました。チャリティーだからと沢山の券を買ってくださった方、10,000Rpの立ち見券を100,000Rpにて購入してくださった方、夜にもかかわらず小さなお子さんの手を引いていらしてくださった方々、皆様のご好意で収益金は5,365,000Rpにのぼり、無事ヤヤサン・アウリアへお届けすることができました。
「9歳の女の子が子どもたちのために…」とヤヤサン・アウリアの方々が厚くお礼を述べられてましたが、J2netはもとより、無償で準備をしてくださった音楽学校の先生、スタッフ、そしてコンサートに集まってくださった方々へ是非、この感謝の意を、そして明るく元気な子どもたちの笑顔をお伝えしたく、ペンをとりました。
ほんとうにありがとうございました。
(中村 久代)

毎月、定期的に5万ルピアを払っていただいている会員は、1月1日現在58名です。

J2net-net No.38  (2003.1) 

 
私たちJ2netはいくつかのグループが、それぞれ個々の活動を持ち独自に行っていますが、それ以外にも恒例になりましたが、バザーを初め単発の活動を行っています。
 そのひとつに日本などからの来訪者の方々のお手伝いをすることがあります。
個人で来られる方、また大学やNGO/NPOなどの団体から仕事としてこられる方たちが、「インドネシアの現状を知りたい」「インドネシアでのボランティア活動を見てみたい」「日本で福祉の仕事や子どもに関わる仕事をしているので、インドネシアの子ども達に会ってみたい」「インドネシアでの活動を手伝ってほしい」などなど・・・・様々な理由をもって様々な方たちが来られるのですが、その方々のインドネシアでの活動のお手伝いや、私たちの活動場所を案内したりしています。
 今年、ジャパンクラブからの紹介でグループ・ジューン・フィフスというNPO法人から、7月と10月の2度に渡り計4名の方が来イし、“リサイクルカレンダーを使ってグリーティングカードを作る”という活動のお手伝いをしました。J2netじゃぱんを通してその時の報告文が来ましたので、ご紹介いたします。

GJ5の途上国支援事業について

NPO法人グループ・ジューン・フィフス   理 事  田中 裕子

NPO法人グループ・ジューン・フィフス(GJ5)は、(財)日本フォスタープラン協会並びにプラン・インターナショナル・ジャカルタ(PIJ)と合同で、GJ5の活動の一つ「リサイクルと創作」をジャカルタで展開し、貧困地域の人々の自立支援を促進する事業を立ち上げました。これは、日本または現地の日系企業から不要になったカレンダーの提供とグリーティングカードの発注を受け、貧困地域の住民がGJ5の移転した技術を使ってグリーティングカードを作成するものです。この事業の目的は、日系企業に対して紙のリサイクル/リユースと途上国支援を推進しつつ、ジャカルタ側に紙のリサイクル/リユースに貢献しながら収入増加を図る手段を伝えることです。
初年度である今年は、日系企業提供のカレンダーで、カードを作成することになりました。そのため、まず7月にカード作成技術移転のためのワークショップをPIJが選定した2つの貧困地域(タナアバンとチリンチン)で、GJ5の派遣したスタッフ(田中、安田)が開催しました。この事業は、現地日系企業・コミュニティの協力が必要になることから、日本人会にコンタクトをしたところ、現地でボランティア活動を行っているジャカルタ・ジャパン・ネットワーク(J2net)を紹介してくれました。J2netのメンバーは、現地での活動に関するアドバイス、ワークショップでの通訳など、またJ2netJAPANのメンバーは、マニュアルの現地語訳と様々な形で協力をいただきました。J2netとの出会いを大切にしていきたいと考えています。
ワークショップ参加者(少年少女と主婦)たちは、人懐っこい笑顔で私達を歓迎してくれました。「ごみがこんな綺麗なカードになるなんて」とカード作りにもかなり熱心に取り組んでいるようでしたが、10月にレベルアップ研修と作品作りのために理事長の西邑が若手スタッフの大石とジャカルタに到着した時に、すでにたくさんのカードが参加者により作成されており、独自の販売ルートまで開拓していたという展開が待っていたことは、予期せぬ出来事で、嬉しい誤算と言ったところです。
7月に行った3日間集中型技術指導ワークショップの成果(?)でしょうか、10月の訪問時には、目標のレベルアップ研修と日系企業に納入するカードを無事作成するところまでなんとか各地域1日づつでクリアーできました。出来あがったカードの中から商品レベルに近いものだけを選び、西邑とPIJのサンディ担当者が日系企業のジャカルタ事務所に届け、加工賃がPIJに支払われました。ここに小さいながらも一つの仕組み作りが完成したわけです。次年度に向け、他の日系企業も訪問したところ、協力していただけることとなり、少しずつではありますが、協力の輪は広がりつつあります。
また、PIJの強い要望で少年・少女院の子供達にもカード作成の技術指導を大石が行いました。参加者たちは、普通の子供と変わらない素直な少年少女たちで、きっと貧困の背景もあったのでしょう、どこかでちょっと道を踏み外しただけなのだと言う感じでした。とはいえ、場所柄監視員に付き添われてのワークショップとなりました。彼らに年も近い講師は、兄貴的存在として慕われたようで、好評のうちにワークショップは終了しました。
こうして事業は、第一歩を踏み出しましたが、これから更にカード作成技術の引き上げ、納期意識の向上、協力企業を増加など取り組んでいかなければいけない課題が多々あります。小さな歩みでも少しずつ前進し、息の長い事業になるようがんばってみます。
最後に、この場を借りて、PIJのサンディ、現地NGO・学生ボランティア、J2net、日本人会、ジャカルタ新聞をはじめ、共に活動し、事業を支えてくださった皆様に深謝。今後ともよろしくお願いします。

J 2バザーへのご協力、ありがとうございました! 

11月中旬にバザーを開催しました。皆様からご寄付いただき、前日20人以上のメンバーが1日がかりで値付けした品物を、会場であるポンドックインダーの体育館に運び込みました。情勢不安な時期でもあり、セキュリティーからクレームが来るのでは・・・と一抹の不安を抱えての開催でしたが、会場の管理者である現地の方たちが、チャリティーのためというバザーの趣旨を理解して下さり、会場の設営にも全面的な協力を得ることが出来ました。
これといって宣伝をしなかったにもかかわらず、1時間も前から人が集まり始め、開場と同時に広いはずの体育館がお客さんでいっぱいになりました。レバラン休暇に田舎に帰省する時のお土産にと何着も洋服を買い込むメイドさん、素敵なワンピースを物色するセキュリティーの人(奥さんへのプレゼントでしょうか?)、子どものためのおもちゃを一生懸命選ぶ運転手さん・・・。断食中にもかかわらず、みんなとてもパワフルで、楽しそうに買い物をしていました。
 バザーの収益は約850万ルピアになりました。今回の収益金は、J2各グループの活動を通して、すべて子ども達のために使わせていただきます。
捨てられていたかもしれない物が、もう一度大切に使ってもらえて、その収益をインドネシアの子ども達のために役立てることが出来る・・・。とてもうれしいことです。皆様のご協力に心より感謝いたします。

macam2 J2 JAPAN 

日本の図書館から 「清里の父 ポール・ラッシュ」  日本の農村が海外から支援を受けていた時代を振り返って

山梨日日新聞編「清里の父ポール・ラッシュ伝」   ユニバース出版社

八ヶ岳山麓にある清泉寮を御存知でしょうか? 濃厚な味のソフトクリームで観光客にも人気のスポットで宿泊施設もあります。私は、この夏、このソフトクリームを食べたくて20年ぶりに清泉寮をたずねたのですが、長蛇の行列に断念。その代わりに清泉寮の創設者ポール・ラッシュ氏の記念館に足を踏み入れました。

そこで私の目に飛びこんできたのは、戦後間もない時期に開かれた「赤ちゃんコンクール」の写真でした。栄養や保健衛生の知識がなく、食糧の確保にも苦労があったこの地で、元気な赤ちゃんを競い、農民たちの意識を高める意味があったのだそうです。この写真を見た瞬間に私が思い浮かべたのはインドネシアの子どもたちのことでした。乳幼児の健康チェックのために地区ごとに開かれているポシャンドゥでの光景とダブってしまったのです。

今では高原リゾートとして知られる清里ですが、戦前は不毛の地と呼ばれ、農民たちは苦しい生活を強いられていました。標高1200メートルの高地で、冬は零下20度にもなりました。ここは東京の水源である小河内ダムの建設で水没した湖底に住んでいた農民たちが移住した先でもありました(ダム建設で移住させられた住民が苦しんでいる話はインドネシアにもありましたよね)。

1925年にアメリカからやってきたポール・ラッシュは、戦後、無医村だったこの地に診療所や図書館、保育園、農業学校などを建設し、日本で
初めて高冷地での酪農を成功させ、戦後日本の農村復興のモデルとなる「清里農村センター」を築きあげました。
それは貧しい人への「施し」ではありませんでした。彼が目指していたのは、農民たちが「自分たちの問題を自分たちで考え、話し合い、解決し、自立して生きること」を支えることでした。でも自立できるまでに必要な財源は、寄付金に依っていました。日本という国のこと、日本文化のこと、農村の苦しい暮らしのことなど、ポールがアメリカ各地で熱弁して回りかき集めたものでした。

高冷地でも育つジャージー牛は、ポールがアメリカから輸入したもので、後にソフトクリームなど乳製品を生み出すことになります。今の清泉寮は観光地というイメージの方が強いのですが、実は観光業は、清里農村センターが寄付金に頼らず自立するための大切なプロジェクトだったのです。

「恩は私やアメリカに返さなくていい。清里の人が豊かになったら、さらに恵まれない援助を求める人、自立を願う国内やアジアの人たちに手を貸してやってほしい」とポールは強調していたそうです。ポールは1979年に82歳で亡くなり、その遺志をつぐ海外援助プロジェクトがフィリピンの北部山岳地帯にあるツルガオ村で進められています。         (東京  嶋崎 惠子)

J2net奨学金ニュース

J2奨学金グループって?

奨学金グループの主な活動内容は、奨学金の支援先の決定、会員の皆様から寄せられる会費や寄付金の集金とその管理、そして子ども達の様子や会計報告の皆様へのインフォメーションです。
奨学金の会員になりたい、もしくは寄付をしたいという電話が、月に数回メンバーのもとへかかってきます。
個人会員のほかにも、企業の福祉活動の一環として毎年寄付してくださる日系企業、お友達を集めて開いている趣味の教室でいただく謝礼を定期的に寄せて下さる方・・・、混声合唱団B&Bの方からも、コンサートの収益の一部を役立ててほしいと大口の寄付をいただきました(コンサートにこられたお客様に、この場をお借りしてご報告させていただきます。団員の皆様、ありがとうございました!)。
ブリタジャカルタの誌面では毎回、お名前をご紹介するだけですが、“子ども達が教育を受けることで、今の境遇から抜け出すきっかけになってほしい!”と、どなたもが私達と同じ熱い思いを持ってくださっています。「路上の子ども達のために何かできれば・・・」「少しでもインドネシアの子ども達が幸せになれるように・・・」という皆様のやさしさに直接触れることができるのも、奨学金グループの特権かなと思っています。
奨学金メンバーは現在5名。
中心になって活動していたメンバーの本帰国が相次いで、その上3月にもまた一人、本帰国の予定。ちょっとした存続の危機?!で、現在メンバー大募集中です。奨学金グループにご興味のある方、ぜひ一度ミーティングに参加してみて下さい。ご連絡をお待ちしています。  (山本)

毎月、定期的に5万ルピアを払っていただいている会員は、12月1日現在61名です。
J2netにご寄付くださった方
        西田 汰雅 様 、 石井 様 、 ペルガマーノ教室の皆様
J2net奨学金の会員になってくださった方  
森 ゆう子 様                   ありがとうございました!

J2net-net No.37  (2002.12) 

アンクロンとガンバンを施設に寄付していただきました!

先日、J2のかかわっている2つの施設でアルンバのミニコンサートが行われました。アルンバとはアンクロン・ガンバン・ベースというインドネシア特有の竹の楽器を使った演奏形態です。演奏したのは日本人ニョニャたち。本帰国が決まった方から、今まで練習していた楽器を日本に持って帰るよりは、ここインドネシアの子ども達の役に立ててもらいたいと、寄付のお申し出があり、J2がかかわっている施設を紹介しました。そのとき、ただ楽器を贈るだけでなく、できれば子ども達の前で実際に演奏して楽しんでもらおうと、このミニコンサートが企画されました。
日ごろ楽しみの少ない子ども達に、心のこもったコンサートは大好評。一緒に歌ったり踊ったり、楽しいひと時を過ごすことができました。
「子ども達も私も音楽が大好きだけれど、楽器は高くてなかなか買えないので、寄付していただけてとてもうれしい。」と、施設の代表のイブが感激していました。ほんとうにありがとうございました。

この度帰国するにあたり、所有のアンクロンをインドネシアの子どもたちに使っていただけたらと思い、J2を通じて今回の運びとなりました。当日は私と友人達の拙い演奏にあわせて、お子さんと先生が歌ったり、踊ったり、楽しくて感激の連続でした。
 今回のことは思い出深い経験となると共に、J2の活動に触れ、そして施設の先生方のお話も伺うことができたことは、帰国後の自分の生活にも強く影響することになると思います。皆様に心よりお礼申し上げます。           (岡崎智子)

WARA.-JIの新製品紹介

WARA.−JI(ワラジ)グループ、最近の活動状況をお知らせします。
私達はここ1年、2つの目的を持って活動してきました。一つはジャカルタにある信頼出来る団体(ヤヤサン等)の商品を色々な機会を通して多くの方に紹介し、購入していただくこと。そしてもうひとつは、自分達のオリジナル商品を開発することです。
前者に関しては、7月にヒルトン・ホテルにて開催された「盆踊り大会」に2つのヤヤサンの参加を支援しました。路上生活をしていた子ども達の教育・生活支援をしているキリスト教が母体となっているKDMは、中学生の女子が中心となって作ったビーズのキーホルダー(犬,ウサギ,チチャック,十字架,金魚,なぜかピカチュー)を販売し、同じく貧困層の家族や子ども達への社会教育全般の支援をしているアウリアは、スタッフや子ども達が作った細かいビーズの髪飾り,ネックレス,ブレスレットを販売しました。参加したほとんどの子どもやスタッフは、実際に売り場に立ちお客様と対応するのが初めてにもかかわらず、勘定まできちんと対応していることに感心しました。確かに彼らの作ったものはまだまだフェア―トレード品とは言いがたいかもしれませんが、人からもらうだけではなく自分でもできる小さな事を努力し、チャンスを生かすことで少しでも自分に自信をもってもらえれば嬉しいと技術を含めて支援を続けています。
又最近交流をはじめた団体にアスプックがあります。この団体は、女性達が小規模ビジネスによって経済的自立を目指すNGOが集まった協会で、インドネシア全土より彼女らが作った商品が不定期に集まってきます。今までカリマンタンの石を使ったブレスレット,草木染めのマフラー、バティックのカバー、バック等を購入しましたが、今後の課題と
してこれらの商品がどのようなところでどのような人たちによって作られているかを確認しながら皆様に紹介していきたいと思います。
そしてもう一つのWARA.−JIオリジナル商品開発活動は、第一作目になるバティックと黒の「シェフ・エプロン」が完成しました。日本へのお土産に、又ジャカルタでもジーパンに巻いておしゃれをお楽しみください。
まだ商品は多くはありませんが、バザー、集会等にお声をかけていただけると幸いです。
最後に皆様にお願いです。現在WARA.−JIでは、 WARA.-JI新商品「シェフ・エプロン」
インドネシアにて材料の入手が簡単で、コストがかからず処分時にも環境に負荷を与えない製品を探しています。候補に上がっているのがバナナの収穫時に切り倒され廃棄されている葉や茎を利用した紙漉き製品。そして亀の子たわしで有名な、捨てるところなしの優れものココ椰子で作られた細工品。これらの製品を作っている小規模生産者をご存知でしたら情報をお願いいたします。
皆様のご協力よろしくお願いします。  (稲葉)

日本に帰国されたJ2JAPANメンバーのお子さんが、バザーでWARA.-JI商品を売った時のことをレポートしてくれましたのでご紹介します。

ジャカルタのKDMの子ども達が作ったキーホルダーを預かっていました。他にWARAJIのエプロンやワイン袋、HAKHAK-ANAKのバックも預かっています。キーホルダーは子ども向けでどのくらい売れるのかと思いつき、我が家の子ども達の学校で売ってもらいました。どんな子ども達が作っているのかはあまりPRしていませんので、純粋に品物が日本の子ども達に受けたようです。11時開店で午前中には売り切れていたようです。チチャックはジャカルタのようには流行らないかもしれませんが、それでも売れました。

売ってみたら...
                               葛西小5年 小林希生
 9月15日、葛西小「子ども祭り」がありました。私は友達と4人でフリーマーケットに参加しました。
 その前の日に、母の意見でインドネシアの子ども達が作ったビーズのキーホルダーを売ることにしました。値段はチチャックとハートは150円を200円、ウサギは120円を150円、十字架と亀と金魚は100円を120円にしました。(ルピアを円換算して、少し儲けをつけました。)
 本番の日、いちばん最初に来た人は、女の人で十字架のキーホルダーを買ってくれました。その次に来た友達も、「これ十字架? かわいいな、でも高いな、どうしようかな」と言いながら結局買ってくれました。
 しばらくして、1年生くらいの女の子達にハートと十字架が売れました。その後もどんどん売れたけど、ウサギが残ってしまいました。ウサギは三つあって、その中に鈴が入っていないのがひとつありました。マンションの管理人さんが来たので、だましてその鈴が入っていないのを売りました。
 チチャックは二つあって、フリマの友達三人が「トガゲのがほしい」と言って、ジャンケンして二人が買っていました。結局全部売れました。カンバイです。間違えて完パイと書いてしまいました。売上金は、全部で1,600円くらい(原価)でした。母が喜んでいました。
 来年もまた売りたいです。たくさん作っておいてください。でも、鈴を入れるのを忘れないでね。

J2JAPAN NEWS  「アジアの現地NGO支援型プロジェクト」に参加して

  インドネシア訪問の感想   薄井 操(APEX 会員)

インドネシア西ジャワとスマトラ訪問の感想 (2001/9/1〜9/8) 
 インドネシアは始めて訪れた国でした。東南アジアの殆どの国、ヨーロッパ、USA、オーストラリアは、何度も訪れたことがあるのに。Jakartaを出発点にTasikmalaya、Bandung、Bogor, Jakartaに戻るという車による移動は大変なものがありました。車は悪路に強い?セダンタイプで重い私達と荷物を載せしっかりと走ってくれましたが、どの路線も片道6時間はかかり、山岳路の激しい揺れには耐えしのぶばかりでした。それでも、周囲ののどかな風景と道路両側に並ぶ物売りの店にきょろきょろしながらの楽しい移動でした。Bandungに通じる途中美味しいお芋に巡り合えた時は全員大喜びでした。形は日本のさつまいも、外側の色はじゃがいもで中味はまっ黄色でほかほか忘れられない味でした。
 セダン車だけでなく高速バスの移動もあり、停車場が決まっていず乗客がお願いした場所に停車するのも驚きでした。同じように、停留場が決められていない少人数のセダンバスに乗ってみて合理的だなと感心しました。スマトラ島への移動は、片道20分程の快適な空路でした。現地NGOのフィールド見学もハプニング続きでした。穴ぼこだらけの道で左右に上下にと体が振り回され、山道を全員が降りて車を押し、ボートまで泥状海岸を歩き、そのボートで近くの島に移動と目まぐるしかったですが、現地NGO訪問はハプニングをお互いに共有したフレンドリィで貴重な体験の宝庫でした。
            
YMB及びパハワン島訪問の感想 (2002/9/29〜8/1)  
 YMB (Yayasan Mitra Bentala)は、1995年に設立されたBandar LumpungのNGOです。APEXと協力してプロジェクトを遂行することになっています。専門家を派遣して支援するルンポン(漁礁)製作と農業用土地利用地図作成がプロジェクトです。
 YMB代表他4名のスタッフの案内でパハワン島へ向かいました。大海原をアウトリガーというサイドバランスとエンジン1個ついた小型船が交通の要であることには驚きました。しかし、思ったより波は静かで揺れもあまりなく、マングローブ林を眺める余裕でインドネシアの海上にいることにわくわくしていました。約1時間後無事島に到着しPenggetahanという地区の宿泊先のお宅に案内され寛ぎました。近くの散策に出かけ赤い果物ジャンブーを直接木から取りかじりながら歩きました。他には、ココナッツとバナナ位しか見当たりませんでした。鶏、アヒル、ヤギなどを飼っている家が多くあちこちで逢いました。その後、近隣の島まで船で出かけ暗くなってから宿泊先に戻りました。暗闇、マンディなる水風呂と不便なトイレには悩まされました。2泊2食付きの滞在でしたが、魚の唐揚、テンペイ、豆腐、野菜の煮付け、ご飯とピサンゴレンなどをいただきました。
 2日目は、他の2地区へ出かけ2家庭を訪問しました。村の暫定村長宅と、釣りを仕事にしたくてジャワ西部から移住してきた漁師宅でした。両者のお宅は、ココナッツの葉を編んだ材料で家が建てられている簡素なものでした。その夜から朝にかけ雷をともなう大雨があったのであの家々はどうなったかと気になりましたが。帰国を控えた日の午前中は、スンダ人が多く住むという隣島カランガン島の村民宅に寄りました。両親がお金持ちだった家でオランダ風のガラス窓がしゃれた家でした。島の生活では、日本の慌しい生活を忘れさせてくれのどかで、ゆったりした気分を満喫し帰国の途につきました。

APEX:Asian People's Exchange(アジア民間交流グループ)について
 1987年の設立以来、インドネシアのNGOと協力して、アジアの人々の生活向上や環境の保全のための活動を続けている団体です。最近では、インドネシアでの排水処理事業の発展と同時に、中国のバイオマスエネルギー開発へも活動が広がってきました。 APEXの活動は、多様なかかわり方が可能です。
e-mail:JCB03002@nifty.ne.jp http//www.jca.org/APEX/

J2net奨学金ニュース  ティムチェリタ チパナス公演

ティムチェリタのメンバーから「日ごろ見る機会のない田舎の子ども達に人形劇を見てもらいたい」との申し出を受け、J2奨学金を支給しているチパナスの小学校に、人形劇を持って出かけていきました。
ティムチェリタ・奨学金に加え、WaiWaiメンバー、奨学金の会員で子ども達に会ってみたいという方も加わって、参加者は総勢19名。小学校では150人を越える子ども達が私達の到着を待ち構えていました。
「CICAK」「DI SINI SENANG」といったインドネシアの歌、「幸せなら手をたたこう」「数字の歌」のインドネシア語版をみんなで一緒に歌ったあと、「3匹のヤギのがらがらどん」「はらぺこあおむし」の人形劇。教室いっぱいの子ども達は、食い入るように見てくれます。笑ったり歓声をあげたり、あまりに素直な反応に演じるほうもうれしくってどんどんノッテきました。
人形劇のあとは、WaiWaiさんが中心となった折り紙教室のはじまり。参加者全員が手分けして、子ども達に指人形の折り紙を教えます。目や口を書いて完成した指人形は、子ども達一人一人の個性が出ていて、とても素敵な出来でした。

約1時間、一緒に楽しく遊んで、最後にみんなで家で折ってきたツルの折り紙をお土産として一人一人に手渡してお開きとなりました。指人形をつけた手を振りながら見送ってくれる子ども達に別れを告げ、小学校をあとにしました。  (山本)

《参加してくださった人たちの感想》

先日のチパナスの小学校訪問では、お世話になりました。子ども達が待っていてくれて、喜んで迎えてくれた姿が今も思い出されます。初めて見る外国人であったかもしれない、日本人の私達が、彼らにはどう映ったのかな?そのことが少しでも国や民族としてのプラスの交流になったら、それだけでも価値のある訪問だったのではないかなと思います。参加させていただいてありがとうございました。(新)

朝起きるまでは、チパナスの小学校にいけるかしらと迷っていました。体調が悪く、心身ともに「あーもうだめだ。もう家に引きこもっていよぉーっと」情けない私でした。でも起きてしまえばそれほどでもなく「ヨッシャ」と出かけたのです。初めて訪れたインドネシアの小学校は、壁はぼろぼろ、天井も落ちてきそうでびっくりしました。がそれ以上に子ども達の喜んでくれる姿が新鮮で、とても楽しませてもらい、スッカリ元気が出てきたようです。
今回の訪問では、何とも言えず満足するものがありました。それは多分、子ども達の反応の確かさに手ごたえがあったからだと思います。子ども達は普段何をして遊んでいるのか?何が好きな遊びなのか?いろいろ知りたくなりました。次回訪れるときまでに、子ども達に何故「お話」や「音楽」が必要なのか、何を持っていくのか、どういうものが良いのか、みんなで考えられたらと思います。(田中)

毎月、定期的に5万ルピアを払っていただいている会員は、11月1日現在63名です。

    J2net 奨学金の会員になってくださった方  
木我 薫 様 、 松永 和己 様        ありがとうございました!

J2net-net No.36  (2002.11) 

 

J2バザーへのご協力をお願いします!

11月中旬に、恒例のJ2バザーを行う予定です。いつものように運転手さんメイドさん等のインドネシアの方々を対象にしたバザーです。レバランを控えたこの時期に、皆様から必要なくなったものをお譲りいただいて低価格で販売し、現地の方々に喜んでもらい、その収益をインドネシアの貧しい子ども達の支援のために使いたいと思っています。(今回のバザーの収益は、J2各グループの活動資金に当てさせていただく予定です。)
ご協力いただける方は、下記の表をご参照いただき、お近くのメンバーまで連絡の上、11月15日までに品物をお届けくださいますよう、お願い申し上げます。
またバザーの値付け・販売等のお手伝いも募集します。インドネシアの人々対象の過激なバザーを覗いてみたい方、山本(7661949)までご連絡ください。

Hak-Hak Anak プロジェクトからのお知らせ
 「子どもの権利条約」ハンドブック(子ども向けインドネシア語版)の製作が始まりました。

 昨年より始められたHak-Hak Anakプロジェクトは、勉強会・セミナー・チャリティーコンサート・エコバックの販売などいくつかの活動を通して、「子どもの権利」普及を行ってまいりました。今までの活動のまとめとして「子どもの権利条約」ハンドブック(子ども向けインドネシア語版)の製作に取り組み始めました。これは、いままでのプロジェクトで得られた、皆様からの寄付金・コンサートの入場料・バックの売上金などの収益金が、印刷費用としてその経費の一部に使われます。

 現在、現地NGOが中心となり、インドネシアで実際に問題を抱える子ども達と関わっている人々の協力を得ながら、話し合いを重ねています。
日本でも「子どもの権利条約」に関する多くの著書が出ています。その中には文章が簡潔でイラストなどが入った子ども向けの本もあります。
ユニセフではカード式に出来るような冊子も作成しています。インドネシアの現状を調べたところ、ユニセフや関係機関などが出している、条項が文章として入っているものはありますが、子どもが読んで簡単に理解できるものは見つかりませんでした。日本でもそうですが、正規の条文というものは私たち大人が読んでも理解しづらい難しい文章が多いものです。子どもが読んですぐに理解できる、ハンドブック形式のものが作りたいと現地のNGOに話をしたところ、自分たちもそう思っていたということを聞き、それなら協力して作ってみようということになりました。

 約半年の期間をあて計画を立てました。まずどのようなものを作るかという話し合いをし、大体の形が決まったところで、普段子ども達の問題に深く関わり活動をし、権利などに関する本も出している専門家に原案を出していただき、内容を絞りました。それを基に、いつもNGO活動にボランティアとして手伝っている中高生ともミーティングを持ち、文章が子どもでも理解できるように、文章の手直しをしています。イラストも子どもたちの作品の中から選ぶ予定です。彼ら自身貧困層の中で育ち、権利を守られていない子ども達の実例を多く経験しています。教育、健康など多くの面で子ども達は迫害を受けています。それらの経験も発表されハンドブック製作の参考にしています。貧困層の親たちの中には、自分の名前も書けない人々も多くいます。そんな親たちにも理解してもらえる本になれば良いなと思っています。

 この後、ある程度の段階まで出来上がった見本を、専門家・学校の先生・親・そして当事者である子ども達など、多くの人に見てもらい、さらに手直しを加え年内に完成させる予定です。ただ現在の資金では、初版を印刷するだけの費用で精一杯です。この本を活用していくために、今後、継続的な資金を確保していかなければ無駄に終わってしまいます。

“寄付・企業のスポンサー協力を募っております。是非皆様からのご協力をお願いいたします。”      (Hori)

日本の図書館から

「いまに生きる伝統 ジャワ更紗」  小笠原小枝、伊藤ふさ美  小学館シャトルシリーズ

インドネシアの日常生活でクッションカバーやテーブルセンター、また、巻きスカートなどバティック(ジャワ更紗)の布地でつくられたものをよく目にしました。しかしながら、それらの多くは工場で大量生産されたものです。
本来、バティックはカインパンジャンやサロンなど身にまとう物で、一枚一枚手作業で染め上げられていました。
この本ではインドネシアの伝統工芸のひとつ、ジャワ更紗の各地の工房を訪ねて、その地域の歴史やバティックが作られるようになった背景、またその地域独特の文様や制作のようすなどが、美しいバティックの写真と共に紹介されています。
カラー写真がふんだんにあり、布地のほか、バティックを制作している人々や、街角の露天など風景写真もあり、見ているだけでも楽しめます。
それぞれの生産地の記述も詳しく、その地域がたどってきた歴史や地理的条件などがバティックの制作に密接に反映されていることに気づかされます。
例えば、ジョグジャカルタ、スラカルタの宮廷文化から広まった茶系色のバティックには、高い身分の人しか着用が許されなかった模様があったり、それぞれの模様に意味付けされていたりと興味深い記述があります。
他に中国、インド、ヨーロッパなど各地と交易が盛んだったジャワ島北岸地域や、素朴な味わいのある地方のバティック生産地が紹介されています。
伝統的な柄やバティック用語の説明、またカインパンジャン、サロンの身につけ方も紹介されていますので、鑑賞したり、装ったりする時の手助けになると思います。
最後には日本に伝来したジャワ更紗の歴史などについても詳しく記述されています。
人々の服装の変化や機械化などに押され、良質の伝統的なバティックを作り出す工房は年々少なくなっている様です。伝統的な技法や模様を保存しようという動きもあるようですが、見通しは厳しいようです。
インドネシアから持ち帰ったカインパンジャンは、壁掛けやカバーなどに利用し、南の国の味わいを楽しんでいます。
この本を読んで、持っているバティックに益々愛着が涌いてきました。多くの人々が、本物の伝統的なバティックの良さや価値を見極める目を養い、また一枚の布の込められた模様の意味や制作の苦労を知ることが、優れたバティックを生み出す力に少しでも役に立てばと願わずにはいられません。
(荻野)

J2net奨学金ニュース  センペル地区の火事

J2ネット奨学金には時々、“奨学金を支給されている子ども達がどのような生活をしているのか、見学したい”という依頼があります。そんなときは、奨学金プログラムを運営しているヤヤサンにお願いして連れて行ってもらいます(私たちだけで歩くには、ちょっと勇気がいる場所ばかりなので・・・)。先日も同様の依頼を受け、子ども達に会ってみたいという方とともに、ヤヤサンに出かけていきました。
今回はそんな活動の際に遭遇した事件についてご報告したいと思います。

私達がヤヤサンの事務所に到着すると、前もってアポイントをとってあったにもかかわらず、そのスタッフは出かけてしまっていました。その上なんだか事務所全体がざわざわしています。
「何かあったの?」と聞くと、「おとといの夜、自分達が支援しているスラム地区で大規模な火災があった。スタッフはみんな支援のために現場に出向いている。」というのです。私達を案内してくれる約束をしていたスタッフも、そのお手伝いに出かけているとか…。
火災があった場所はセンペル。私達も活動の中で何度も訪れたことがある地区です。プルタミナ石油の横の塀に囲まれた国有地に、不法占拠した人々が1000世帯、1万人近く暮らしていました。そこが一夜にしてほとんど焼け野原になってしまったとか…。これから応援に出かけるというスタッフとともに、急遽予定を変更して、その場所を見せてもらいにいきました。
広い道路を少し入ると、塀の向こうは辺り一面、なにもかもが焼けてしまっていました。半年前、洪水支援で訪れたときは、細い路地を挟んで、マッチ箱のような家が建て込み、子ども達であふれていたその場所は、今はあちこちに材木とトタンの真っ黒にこげた残骸が残っているだけです。さえぎるものが何もないので、信じられないくらい近くにプルタミナの石油タンクが見えました。住民達は近くの小学校に避難し、いくつかのヤヤサンがテントを張り、被災者のために炊き出しをしていました。

センペルは、直接J2奨学金を支給している場所ではありませんが、奨学金を支給している地区と同じような環境です。同じヤヤサンを通してオランダのNGOがスポンサーとなり、100人ほどの子ども達が奨学金を受けています。「子ども達は学用品はもとより、かばんも靴も制服もすべてなくして、学校に行くことが出来ない。」というヤヤサンのスタッフの言葉に、何とかできないものかと心が痛みました。
幸い今まで様々な形でJ2netに集められた寄付金や義援金の残金が少しストックされていましたので、それにJ2内のいくつかのグループや個人からいただいた寄付をあわせて、支援することになりました。
翌週さっそくその支援金をヤヤサンに届け、スタッフと相談の上、今一番必要なものとして、子ども達の通学靴と、家庭用コンロ・なべ等の台所用品を必要な人たちに配ることにしました。ヤヤサンに品物を用意してもらい、配布にも立ち会いました。
今回、奨学金支援先の見学のためヤヤサンを訪問したおかげで、火災の事実を知り、人々が一番困っているときに、迅速に支援の手を差し伸べることが出来た偶然に感謝するとともに、皆様にご報告いたします。  (山本)

毎月、定期的に5万ルピアを払っていただいている会員は、10月1日現在63名です。

    J2net 奨学金の会員になってくださった方  
一之瀬 謙二 様 、一之瀬 紀子 様 、高橋 レンダ 様 、鎌田 佐知恵 様
谷川 洋子 様 、宅見 敏子 様 、片嶌 恵 様
     ありがとうございました!