チョコレートバー

2002/01/02執筆
ハワイ旅行中に。
「邪魔なモノ?貴方とあたしの身体の間にある空気くらいだわ」

あたしは、そうギルに言った。ギルは少し微笑んで、あたしの肩を大きな手でつかんであたしを抱き寄せる。ギルの唇は、あたしの唇をさがして、グっと熱くおしつけた。あたしは、くらくらとする脳でやっと判別しながら、世界一幸せな窒息死を思い浮かべた。唯一あたしを満たす事のできる男性の唇が障害物となって、酸素も、他の体内に入れるべき気体を通さないくらいの密度で、死にそうな程の長いキス。幸せな窒息。

「もっと、触れてもいい?」

ギルはあたしを見た。ギルは、濃淡な金色の髪をしている。触るとふわふわしている。ギルの髪はくせっ毛で、ネコっ毛だった。あたしはギルの髪に触れながら、にっこりした。ギルは嬉しそうに、笑った。

ふたりがからみ合って乱れたベッド。それでも尚、あたしたちはそこでぴったりとくっついていた。休みの日は、たいてい殆ど裸で過ごしている。ふたりの身体がはなれて、ふたりに共通の体温が流れなくなる、ということをギルが極端にいやがった。あたしもいやだった。だからなるべく、よりそっていた。ギルのくしゅっとした髪に触れると、ギルは、

「なに?」

と閉じていた目をあけた。うすいハワイアンブルーの瞳がのぞいた。あたしは、ギルが言葉を発することができないように、唇でギルをふさいだ。

「シャワーをあびてくるわ」

あたしはベッドから出て、シャワーを浴びにバスルームに行った。金色の蛇口をひねると、ざあっと雨が降るように、あたしの身体にあたたかいお湯がぶつかる。雨の音は好きだけど、シャワーの音は嫌いだ。同じようなモノだよって、いつも言われるけど、あたしは嫌い。それから、シャワーよりもお風呂が好き。冷たい身体が、じんとあたたまるあの感覚。あれが好き。いちばん好きなのは、ギルとはいるお風呂。ギルの身体は大きくて、あたしはそれによりかかりながら歌を歌う。

ベッドの上で、ボディローションをぬっていた。ギルは、ジーパンをはいて庭に出ている。白いシーツの上に、ギルは庭で採ってきたピンク色のローズを放った。それから、あたしの隣に座って、あたしの首筋にローションをぬった。あたしは、すうっとした感じに小さくため息をもらした。薄目でローズを見た。

「綺麗な花ね。ねえ、そこの花ビンにさしてくれる?」

あたしがギルに頼むと、ギルは「オーケイ」と言って、それを花ビンにもっていった。ギルはそれからソファに腰掛けて、新聞を読んでいる。なかなかの寝坊っぷり。今はもう、時計は11時半をさしていた。あたしはふたり分のシリアルと、ミネラルウォーターを用意して、そちらに持って行った。

「サンキュー」

ギルはあたしの方を見ずに、ミネラルウォーターをひとくち飲んだ。

「今日、夕方から出かけよう」
「どこに行くの」
「行き先を教えないといけない?」
「知らなくていい。楽しみにしておく」

ギルは、あたしの頬にキスをした。

キスは、あたしたちにとって、喜びや愛しさをあらわしているモノである。ねっとりとした濃厚なキスも、頬に唇をくっつける程度のキスも。あたしたちの、『愛している』という言葉のかわりになっていた。ギルはどこにでもキスをする。だからあたしも、自然にそうなっていった。

キスをするとき、場所を選ぶなんてことはしない。愛している、という言葉はどこにいても伝えたくなるモノだと思う。ギルとは、どこででもキスをする。それがふつうだった。愛している、と言いたくなった時、唇を相手の肌におし当てるのだ。

「もう少し寝ようかな」

と、ギルが言ってあくびをした。あたしは食器を片付け、すばやくギルのくるまっているシーツにもぐりこんだ。

なのにギルってば、あたしとシーツの中で遊んだりもせず、ものすごい早さで眠りに付いているものだから、頭にきてしまった。こんな時でもキスをする。あたしは、ギルの胸にキスをした。そして、歯をたてて噛み付いた。


ギルが起きたら、一緒にお風呂にはいらなくちゃ。

あたしはギルの髪を撫でて、もう一度愛しているのキスをして、ギルの身体にひっついた。ギルの寝ている顔を眺めた後、ギルの心臓の音を聴いていたら眠くなってしまって、もう一度寝ることにした。ギルの寝顔に、あたしはいつも安心しているみたい。




index