何人位居るのだろう?
小さな手 大きな手が、たどたどしく奏でるメロディーは、あまりにも悲しすぎる。
ある、小学校でろうの私を迎えるために披露された「手話コーラス」
見せられた私はどうすればいいのだろう?
すごいよ!上手!と褒めればいいのか?
聴こえないということについての誤解は巷にあふれている。
近くで大きな声を出せば聞こえるんじゃないかーみたいに…
物に名前が有ること!当たり前ですか?当たり前ですよね!聴者にとっては…
生まれつき耳の聴こえない者は、自分に名前が有るということを理解するのに相当の
時間を費やす。母の暖かい笑顔はそれ以外の何物でもない。パクパク動く口から発せ
られる言葉は決して子の耳に届くことはないのだから…目に入るものだけが全てなん
だから。
見えない音楽を、なんとかして見える形に…という有り難い聴者の思いつきは私にして
みれば、日本人の聞こえるあなたが、防音装置付きの透明ガラスの部屋から外にいる
中国人が話す言葉を理解するようなもの!と、言いたい。理解できます?
音楽にはクラッシック・ロック・ポピュラー・色々あるんですって?リズムもアップテンポ〜
スロー 聴こえないんです。
歌詞のまま手話を並べられても、そこに豊かな旋律は見出せない。
聾学校(口話教育:聾児の聴者化を目指すもの)時代も音楽の授業は、正確なリズムも
得られず先生に怒られた記憶だけが鮮明だ。運動会・学芸祭があると1ヶ月前から音楽
の練習が多くなり、本当にうんざりした。リズムが合わないとみんなに(親・来客)笑われ
るからと言って先生は鬼のように怒鳴っていた。
ろう者の文化の中には歌は、入ってない。(ろう者でも歌好きもいるが…)
「手話コーラス」をやるのであれば、せめて、ろう者と関わりながら、日本語→手話変換は
共同作業でお願いしたい。
手話は、身振り・ジェスチャーではなく
聴こえないことを誇りに思うろう者の大切な言語である。から…