中央線阿佐ヶ谷は、ジャズの町として、商店街の七夕祭りに合わせてジャズストリートのイベントが始まりました。8月7日から10日迄、色々の店で、ジャズのライブがあり、昼間は通りでもジャズの響きが聞こえます。
私も、ふらりと一軒のジャズバーに行きました。落ち着いた静かな店ですが、その日は30人余りで、立ち見の方も5・6人いて楽しい雰囲気で生のジャズに酔いしれていました。但し、若い女性が殆どで、男性は二人だけでした。何処え行っても女性は、暇とお金があるのでしょうか。
(2003.8.6)
SP演奏会
8月になると、阿佐ヶ谷でジャズストリートと言う町興しののイベントがありまう。それに参加している店の一つにヴィオロンと言うクラシック専門の喫茶店があります。ジャズストリートとは、全く正反対、オーナーはSPを現実の生演奏に極力近ずけるという研究に30年余りやってきた方で、手回しの日本には数台しか残っていないと言う蓄音機を、世界中から集めた真空管を使って音を再現するというものです。30人あまり収容出来るアンテックな店ですが、「21世紀にこれだけは残したいSPの名演奏」というタイトルで、プロコフィエフの交響曲第一番、ヴァオリンソナタ一番、そして、チャイコフスキーのヴァオリン協奏曲を往年の名演奏家による演奏で、聞かせる会がありました。
私も、久しぶりに、その演奏会に行ってみました。店は、愛好家で満員。
CDを聴きなれた私には、最初は一寸違和感が有りましたが、目を瞑って聞いていると、目の前で演奏家が弾いているような、生の感覚が暖かく伝わって来てCDの冷たい響きとは違った共感を覚える演奏会でした。何しろ、京都まで竹を探しに行き、3年かけて自ら竹針をつくり使用するという凝ったかたです。世の中には、こういう拘りの方もいらっしゃるのです。
でも、素晴らしい嘗ての名演奏家の音を、そのまま、真近で聴く事の出来るような雰囲気。そして、人間交流の暖かさ。現代では失われ、そして、最も今求められているもの。
そんな、ほんわかした二時間でした。
(2003.7.20)
恐ろしい一日
私にとって、今日は大雨のおまけも付いて恐ろしい一日でした。朝から、4つの事をこなさなければならないからです。
1 人を病院に連れて行く。
2 シャンソングループ「アンシャンタン」のレッスン。
3 青山劇場にTHE CONVOY SHOW「日本のトップレベルのパホーマンスグループ」を見に行く。
4 7時から、高田馬場のジャズライブの「サニーサイド」でジャズボーカルの沙理さんと、ピアノの村ちゃん事村口さんコンビの企画で「音楽の玉手箱」があり、二人の新作の発表があり、その後で「ラ メール」を山ちゃんのピアノでぶっつけで、しかも、4ビートで歌うというものです。
すごく不安でした。
アンシャンタンは途中で抜け出し、雨の中を地下鉄で青山へ。劇場は満員。ロックの物凄い音響と客席まで浴びせ掛ける照明の雨に3時間、目と頭はくらくら。でも、貪欲な私は、6人が演じ歌い踊る日本のトップレベルのパホーマンスに釘づけ。なにしろ、タップ、バレー、モダン、バンド演奏に「ビートルズがメイン」ソロにコーラス、詩の朗読、和太鼓の乱れ打ち、声帯模写から、引田天功まがいのマジックバージョンまで、サービス過剰の感。でもそれらが全部ハイレベルなんだから目が離せない。疲労困憊の後、遂に、タクシーに乗って一路高田馬場へ。7時に着くと、ぞろぞろと人が入ってこちらも、超満員20人位は立って居た様。若々しいジャズの雰囲気。
沙理さんと村さんが、上手に取りさばいて盛り上げる。
私は2番手。どうにか歌い終わって、まずまず。やっと飲み物とサンドウィッチにありつきました。
終わって、雨の中を、高田馬場へ。12時に家に着いてやっと、その日は暮れました。
でも、久しぶりに充実した楽しい一日でした。
(2003.6.30)
ジヤズ
今迄、リズム音痴で、ジャズなどお呼びで無いと思っていたのですが、巷の天麩羅や寿司のチェーン店でもジャズ音楽の有線を流す時代。何となく体がうきうきしてくる時もあり、たまたま、友人が切符を取ってくれて、立川のアミューたちかわと言う大きなホールに綾戸智絵という関西のジャズシンガーのリサイタルに行きました。本格的でユニークなボーカルと関西弁の話術の面白さに思わず引き込まれてしまいましたが、有名なんだそうですね。井の中の蛙。もっと、双眼鏡を大きくして広く世界を見回さんとあきまへんな。それに、セッションのギターの方の演奏も繊細で素敵でした。
でも、会場が広すぎて、私には、小さなライブハウスで聞きたい、そうすれば、もっと彼女のフーリングも強く伝わるのではと、勝手な望み。
でも、最後のマイウェイは、シナトラともアンカとも違った独特の歌い回しで心に重く受け取りました。
(2003.6.20)
3001年のプレリュード
40代で亡くなられたシャンソン歌手、村上進さんのCDの最後の曲ピアソラの「3001年のプレリュード」を聴いて。
優しい瞳が、突然、狂気の刃に変る事を、私は知っている
不思議な動物、人間。その象徴が戦争
個が群れになる時、狂気は倍増する
それを止めるのは、時の流れか、子供の美しい瞳の中の優しさか
美しい星達。でも、貴方達も無数の塵の集まりだ
でも、光があたれば、それは、南十字星となり、私達に夢を与えてくれる
太陽が欲しい。灼熱の太陽ではなく
この地球の全てを光輝かせる優しいプレリュードを。 |
(2003.6.14)
猫馬鹿
五月末なのに、真夏のような暑さ。気の早い私は、カーテンをレースに変えて夏支度。
その日、失踪が起きました。と言っても、世間には幾らでも有る、当事者以外には、馬鹿馬鹿しい話です。15年一緒に暮らした老猫が居なくなってしまったのです。他人には絶対に理解出来ない不思議な連帯感。何時かは、どこででも起きる事。出会いと別れは人生の決まり事。と居直っても、心の空洞はどうし様もありません。
あまりに寂しいので、藤子ヘミングのCDを聴いていたら、8時間もたっているのに、天井の屋根の穴から奇妙な声を出して降りて来ました。変な話ですが、家の老猫は音楽がとても好きなんです。音楽やテレビ番組を付けると、私達の間に入ってじつと聴いている変な老猫です。音楽好きの私達の影響だよと、勝手に自慢して心の空洞は満たされました。勝手なものですね。
でも、ヘミングさんのピアノは、どうして人の心を安らげるのでしょう。
その後に聴いた、今は亡き村上進さんのシャンソンCDにも心打たれました。
(2003.5.30)
アンシャンタン初日
シャンソン.カンツオーネを歌う会、「アンシャンタン」が11日にスタートしました。
会員は10人からのスタートでしたが、会に相応しく「パリ祭」から始まりました。昔懐かしい歌ですが、皆、楽しそうに二時間を楽しみました。
男性は、私一人。男性は歌よりスポーツの方がいいのかな?
どうぞご参加を。
(2003.5.17)
カリンバの響き
半年ぶりに、夜の渋谷へ出掛けました。南口駅から三分のライブハウス「アピア」に、全盲のブルースシンガー金沢英東さんの、半年振りのライブに心弾ませて店に入りました。
暗い内部は、若い人達で一杯でした。年配は私位。一寸気が引けました。
若い人達の演奏の後、金沢さんのライブが始まりました。
今回も、ハモニカとギターと歌とジャズピアノの女性とのセッションで、前回よりは静かなバラード風がメインで、それにアフリカのカリンバという小さな楽器を使っての響きは、心和ませるものがありました。強列なブルースの叫びとは又違った、演奏者と聴く者とが一体となった不思議な感動でした。
渋谷の喧騒の中での、心温まる一時の夜の流れでした。
(2003.5.17)
アンシャンタンの集い
この度、WITHの会とは別に、「アンシャンタン」と言う皆でシャンソンやカンツオーネを歌う会を作りました。
シャンソン歌手の講師の方を迎えて指導して戴きます。
場所 東京都杉並区阿佐ヶ谷南 阿佐ヶ谷区民センター音楽室(阿佐ヶ谷駅より3分)
練習日 毎月 第1.第3.土曜日 AM11.00-PM1.00 (2回)
こんな時代ですから、一時、歌を楽しんで、心を和らげたいものです。
お近くの方はどうぞ。
ご連絡は次まで。TEL (03)3338-5034 FAX (03)3338-5034「アンシャンタン」事務所
お待ちして居ります。
(2003.4.25)
戦場のピアニスト
衝撃を受けたまま、私は文字を打っています。イラク戦争でバクダットが爆撃される映像に心を痛めていた時に、友人から、是非見るようにと切符が二枚送って来ました。題名は「戦場のピアニスト」。世界の多くの賞を取ったポランスキー監督の作品という位の認識で吉祥寺の映画館に行きました.
映画は、実在したポーランドのユダヤ人ピアニストの記録を、第二次世界大戦のポーランドのホロコーストの過酷な環境を音楽への想いを支えに生き抜いていく姿を、ポーランド人、ユダヤ人、ナチのドイツ人の極限での人間関係の中で完璧なリアリズムで貫かれた作品です。そして、そこで演奏されるショパンの曲の数々は、素晴らしい迫力で心に迫って来ます。
戦争と言う、異常な環境での人間の本質を、抉り出して、今、現実に起こっているイラク戦争とダブルイメージとなって、私の心は固く氷に閉ざされた想いです。
音楽への想いは同じでも、今、私には、語る言葉も有りません。
見てない方には、是非お勧めしたい作品です。
(2003.3.24)
21世紀の芽
21世紀の芸術にも、新しいものが見えて来ました。
今までの慣習、メソッドに捕らわれる事無く、自由な個人の発想を主体とした創造が、他のジャンルとセッションし合って、新しく力強いメッセージを私達に発していると思われます。
話題はバレー。
バレーといえば、代表は「白鳥の湖」。確かに、完成された様式美はあるのですが、私は、新しい感動は得られなくなっていました。そこに現れたのが、女性の白鳥を男性の白鳥の世界に置き換えて、チャイコフスキーの音楽はそのまま、黒鳥の場面は全員タクシード。力強いエネルギーを感じさせました。
次いで、前衛舞踊で難解だと思っていた勅使河原三郎氏がパリのオペラ座に振付けた「エアー」。前衛とは感じない表現。自然に受け入れられて、時代感覚も変ったのでしょうか?
もう一つ。
モーリスベジャールが古いバレーを打ち壊して、私達を驚かせましたが、ネザーランドダンスシアターの舞台は勅使河原氏とよく似た手法を使い、インターネットの編集技術を大きな画面に取り入れて、その前でダンサーが踊る二元的な手法で現代のメッセージを我々に投げかけました.
21世紀の芸術は、美しいものを鑑賞するだけでなく、自己を自由に表現しアピールする、リズムのある世紀だと感じています。
(2003.3.18)
煙
古びた感じが売り物の喫茶店
客は誰も居ない
所在なげに新聞を広げているマスター
コーヒーを出せばそれで終わりの無表情
誰かと話したくて
言葉を交わしたくて、入って来たのに
仕方なく、タバコを燻らせ
ふうっと煙の輪を広げる
煙よ、お前なら、私の話を聞いて呉れるだろう
私の長い人生の話をね
でも、お前も聞くふりをして
すーっと消えて行ってしまう
私は、ため息をつく
コーヒーの香りが、今生きていることを実感させる
500円玉を置いて立ち上がり
私は、凍てついた通りに出て行く
(2003.3.13)
音とリズム
雨の降る日曜日、午後、私にしては珍しく遠出。赤坂のATCシアターに出掛けました。
友人が是非見ろと云って切符を手配して呉れていたので、1万2千円の出費は痛かったけれど、アメリカのブロードウェいに行く事を考えれば、安いものだと自分を納得させました。
トニー賞や他の数々の賞を取った、黒人のタップをメインとしたブロードウェイミユージカル「ノイズ&ファンク」プレゼントFREE&FREEとちらしには書いてありました。
二時間余り、舞台の上から、誰かが必ずリズムを踏んでいて、それが基本になって、黒人の奴隷時代から現代に至る歴史を、簡単な道具を転換させて時代の推移を表し、彼等の生活を、一人のブルースシンガーと男性の魅力有るナレーションで数人の素晴らしいタップダンサーが表現するエネルギー溢れる舞台は圧巻でした。その間、タップのリズムは絶える事無く続き、ある時は細かく、そして力強くテクニックの全てを、極限を見せ付けられた想いでした。
リズムと音が交錯して、永遠に生き続ける人間の生命の存在感を感じさせられて、不覚にも目に涙が滲んできました。
特に、リーダーのセヴィアン.グローバーは、アメリカのタップ界のトップらしく、気取らない自然体の踊りで素晴らしい技を見せてくれました。
何でも、一流という事は心を込めて尊敬したいと、凡人の私は帰り道、雨傘を挿しながら帰路につきました.
(2003.3.1)
ジャズライブ
第三金曜日に、ライブの後にセッションも有ると云うので、高田馬場のサニーサイドへ行きました。この前とすっかり配置が変っていて、グランドピアノを中心に、ドラム、ベース、ギターとそれを取り囲む様に、客席が配置され、行った時はもう満員でジャズらしい楽しく明るい雰囲気をかもし出していました。
第一ステージと第二ステージは、ピアノ、ギター、ベースそれに、アメリカ帰りの女性ジャズボーカル二人、それに飛び入りのプロのトロンボーンが加わってのライブ。皆さん、最新の感覚での生演奏とボーカル。全てを忘れての楽しい一時。三回目のセッションでは、皆さん錚々たる方達が、臆する事無く歌われ、盛り上がりました。私も、前回助けて下さったピアニストの村さんが再び伴奏を引き受けて下さり、ジャズは歌えないのでシャンソンの「枯葉」を歌いました。でも、打ち合わせを私が勘違いて、村さんにご迷惑を掛けたようです。
マスターも素敵な人だし、好い雰囲気のお店です。
(2003.2.23)
ccc
卒業公演
20数年会って居なかった演出家の友人から、卒業公演ですが、よかったらと招待状が届きました.場所は池袋の芸術小劇場の小ホール。演目はトルストイ原作の「或る馬の物語」。優秀な競争馬に生まれながら、斑が有ると云うだけで(ロシアでは、斑は不吉なものとされていた)忌み嫌われ、人間にこき使われ、それでも人間を愛し続け、惨めな一生を終わると言う無償の愛の物語です。それを土台に人間が馬を演じると言う手法を使って「過ぎ去りし日々」と言うタイトルでミージカル化しました。
彼は人間を馬に見立てて、哀れな馬の一生を、若くしなやかに訓練された若者達を使い、トルストイの深いテーマを適所で際立たせながら、歌と台詞と躍動感に満ちた動きで、エネルギー溢れる舞台ほ創り上げました。卒業公演とは思えない出気で、ブロードウェイでも上演出来る作品です。21世紀、文化も早い流れで動いているようです。
最近、若い個人のプレイヤーのセッションはよく見ますが、こういう集団演技は久しぶりでした。
(2003.2.13)
ライブハウス
この所、何故か二つのライブへ行きました。荻窪の「嗣」そして、高田馬場の「サニーサイド」です。どちらかと言うと、前者はシャンソンがメイン、後者はジャズで、ピアノの他にドラムセットが置いてありました。
前者では、黛よう子さんのシャンソンライブで、二人とも大好きな「ラボーエム」のリクエストの他に、美しい歌を心を込めて歌って下さいました。そして、私は、私に合ったキーの譜面を作って下さると言う事で『恋心」を特別に歌わせてもらいました。でも、私の歌に伴奏して下さる方が見つかるかどうかが問題ですよね。でも、当然の事ながらプロの方はお上手ですね。
日曜日。メールで、「音楽の玉手箱」というジャズとピアノのセッションを高田馬場の「サニーサイド」と言うライブハウスでやるからとジャズシンガーの方からお誘いがありました。ピアノを全盲のピアニストが弾かれると言うので、是非聴きたくて出掛けて行きました。やっと見つけて入ったら満員で、皆さんプロかセミプロの感じの方ばかり。びびっていたら、シンガーの方がピアニストの方に紹介して下さり、同じ席に座らせて下さいました。
二人のセッションは素敵でした。私の大好きなハスキーなシンガーとピアノの力強く又繊細なハーモニー。息が合って数曲堪能させてもらいました。
続いて、シンガーの方が、ピアノの伴奏で絵本を朗読。自然体の語りで作品の純粋さが表現されて、思わず吸い込まれる感じ。
最後は、歌いたい人が好きな歌を歌を歌うというコーナーで、思った通り、ジャズ、シャンソン、ハイレベルのボーカルでした。私にも初めてなので、自己紹介を兼ねて歌えと言われ、胸どきどきでピアノの方の慣れたリードで「恋心」を歌いました。
最後は、マスターがトランペットとドラムに加わり、明るく楽しい雰囲気で終わりました。
ライブは良いですね。やはり生が一番です。
(2003.2.12)
声の魅力
声の魅力は、美しい声だけでは無く、その歌手の持つ人間性が加味されて、初めて人の心を打つ。それを改めて知ったのは、盲目の歌手、新垣勉さんの三回目に聴いたチャリテイコンサートでした。前にも、学校でのイベントは聞いていましたが、今日は、視覚障害者の為のチャリテイと言う事もあって会場の杉並公会堂は満員でした。音響も良く、歌の間のトークもユーモアに溢れていて、歌の音色は心を震わせるものでした。
平和を願うメッセージが、静かに、力強く魅力ある歌声に込められて、最後は、「愛燦燦」そして「砂糖黍畑の唄」で締めくくられました。すっかりメジヤーになりましたが、何時までも私達を力ずけてくれる事を願って止みません。
(2003.1.30)
日本のブルース
今日は珍しく、一人で渋谷に出かけました。
三ヶ月待っていた、自作を日本語で歌うブルース歌手、金沢英東さんのライブを聞きに行く為です。全盲で、在日韓国二世の彼がハンデに抗うように歌うエネルギー溢れる心の叫びを、NHKのテレビ番組で見て、是非、生で聴きたいと思い、、出来れば、地元杉並でも歌ってもらいたいとの魂胆も有りました。連絡してあったので、渋谷南口のアピアというライブハウスに行きましたら、演奏前で私を待っていて呉れました。
彼は、4才の時から、ハーモニカを始め、ブルースは18才から歌い続け、50才の今迄、ギター、尺八、アフリカの楽器カリンバ等を歌と共に使い、時には、ジャズピアノとのセッションも行い、幅広い活動も行っているそうです。
アピアと言うライブハウスも変っていて、飲み食べる部屋と、ライブの部屋に分かれているのですが、その壁一面に世界中のアンティックな小物が貼り付けられていて、店長が一つずつ良く見ていったら一年懸かると笑っていました。
ライブは、三組で、前の若い二組は、オーデイションに合格したグループらしく、オーナーが若い音楽家を育てている感じでした。
さて、いよいよ金沢さんの出番です。
先ず、彼が4才からやっていると言う複合ハーモニカでスタートし、今までの自分の生活を、ハーモニカとギターと歌と語りを交えて演奏されました。切々とした人生の魂の叫びが、強靭で訓練された全身からほどばしり出ると、何故か、体が震え、涙が流れていました。彼は日本の古調民謡もこぶしを利かせてブルースにし、裏声も自在に使って、微妙な間に、生命の躍動を響かせます。次に、ジャズピアノとのセッションで歌いましたが、息が合っていて、メジーヤに成る事よりライブを愛する彼の姿勢に共感し、中央線での演奏を約束して帰路につきました。
(2003.1.19)

、
ジャズストリート
私は杉並区阿佐ヶ谷の住人です。何故か、阿佐ヶ谷はジャズの町と言う事で、年に一回、ジャズストリートと言って、広場や色々な店舗が場を提供してジャズを演奏しています。
でも、年に一回限りのイベントでは、一種のお祭りで、私達の心に音楽は定着しません。
そこで、駅の南口の広場に、噴水のある空間が有ります。そこは、一寸した憩いの場になっています。そこに目をつけて、東京都が始めた様に、常設の小さな演奏の場が出来れば、駅前の騒音の中にも音楽で心を癒せる事も出来るし、又、若い音楽家の発表の機会にもなるのではと考えて、区と交渉しました。杉並区は進歩的と言われますが、お役所はお役所ですね。断られました。
人々の心を和らげ、若い才能が芽生えるかもしれないのにと思ったのですが。
夢見る夢子と友人に言われました。
(2003.1.16)
三大テノール歌手再び
新春の再放送ですが、昨年の世界サッカーのイベントとして行われた三大テナーの演奏会を聞きました。ドミンゴ、カレーラス、ババロッテイー、さすがに、全盛期とは違いますが、美しい声と豊かな表現力はさすがで、ポビュラーなプログラムに日本韓国の歌も交えて楽しい一時でした。
それにつけても、日本の音楽は、器楽では世界的な人材が若手を中心に出て来ているのに、歌の世界ではまだまだ。肉体的な違いかなと、いささか残念。
ニユーイヤーコンサートと共に、爽やかな年の幕開けとなりました。
(2003.1.5)
年の瀬に
今年は若い個性的な若者が様々なジャンルで台頭して来ました。新しい現代の感覚です。
先日、NHKで、オスカーハーマンスタインの生誕100年記念で、彼の代表作の中から、、名シーンをメドレーで上演していました。歌詞が日本語だったせいか、素敵な名曲なのに、何故か乗れずに、現在のリズム感覚に合わないもどかしさを感じてしまいました。
不思議ですね。時代を超えた普遍的な物も有るのに、何故でしょう。
来年、3月ブロードウェイでヒットし、トニー賞を4つも取った「ノイズEファンク」が日本に来ると言うので友人が予約してくれました。
この作品は、黒人のアフリカの奴隷時代から、現代までをソウル、ブルース、それにタップを交えながら黒人達のエネルギッシュな舞台が展開するそうで、期待に胸を膨らませています。
来年も、又、楽しく、新しい音楽が生まれる事を願って。
2003年もよろしく。
(2002.12.31)
超歌唱歌手
人間は長生きするものですね。「徹子の部屋」に、同時に二つの声を出し、低音と高音を使い分けて特に高音は口笛のように軽やかなメロデーを奏でるという、まだ若い巻上公一と言う人が出演し、実際に芸を披露してくれました。もともとは、ホーミンと言ってモンゴルが発祥地らしいのですが、モンゴルでは、今でもコンクールが有るそうで、巻上さんは、そこで技術を習得して、今は、世界で活躍していられるそうです。
声は、スグット「口笛の様」ホーメイ「高い声」カリブラ「低い声」の三種類を組み合わせて自在に。低い声は、老人の歌う民謡の感じ。高音は小鳥の囀りに似たメロデー。
人間技とは思えず、歌が好きで、結構知っていた積もりの私でしたが、仰天しました。
低い声はお腹から、高い声は頬のすぢを通して同時に共鳴すると言うことで、私も試みて見ましたが、勿論、全く出来ませんでした。又一つ、勉強しました。
(2002.12.12)
街中コンサート
阿佐ヶ谷で友人とコーヒーを飲んでの帰り、電信柱に小さな張り紙がしてありました。ハープとフルートとのジョイントコンサートの張り紙でした。友人と別れて、駅前の欅通りにある細田工務店の7階建てのビルの前に来た時、人が大勢たむろしていました。2時ちょっと前でしたが、そこが、コンサートの会場でした。キヤンセルの切符が一枚あるというので、吸い込まれるように切符を買って2階のホールに入りました。リボン館サロンと云い、初めての試みだそうです。
シシリー島生まれのイタリー人のフルートと若い日本女性のハープのジョイントとソロ。曲はポピユラーなものでしたか゜、最後に演奏した「春の海」は意外と琴と笛との演奏とも違って、でも、違和感なく、静かに心に沁みました。
帰りには、下のホールでコーヒーやワインの接待があり交流の場となりました。
地域での企業のこうした文化的なイベントの提供は、小さくても広がりを見せて欲しいものです。
(2002.11.26)
モンゴルオペラ
驚きました。広びろとした草原を馬達が羊の群れを追う国というイメージしか無かったのですが、首都では、東洋で一番古いオペラ劇場が有り、民族オペラが1200回も上演され、最近では、モッアルトのオペラも上演されていると聞いて仰天しました。世界について、如何に我々は情報が少ないか、このインターネットの時代に。マスコミの責任も大きいですね。
ともあれ、上演された民族オペラは素晴らしいものでした。メインの歌手達は、ソビエト時代にあちらで活躍した人達らしいのですが、それだけに、歌は本格的で、その歌唱力は日本の歌手にも引けを取らない堂々たるものでした。
民主化された後は、運営が苦しいようですが、スポンサーもついて、今度は新作ジンギスカンを上演するという事でした。私達も、うかうかしていると、取り残されてしまいますね。
(2002.11.25)
津軽三味線
中野の0ホール。津軽三味線の上妻宏光の演奏会に行きました。テレビでは知っていたのですが、ライブは初めて。それに、洋楽器とのセッションがメインという事で期待が膨らみます。
前から5番目。一寸サウンドが強いかなと思いましたが、迫力は中々な物。
最初は津軽じょんがら等古典3曲のソロ。そして、キーボード、ドラム、ヴエースとの彼の作曲による作品のセッション。感覚は抜群。テクニックもなかなかで、若いミユーシジシャンの質の高さに驚かされました。キーボードは山下洋輔張りのエネルギッシュな演奏。ドラムも和太鼓を加えて、見せ、聴かせてくれました。勿論、上妻さんも素晴らしかった。
でも、一つのバンドとしてミキシングされると、キーボードやドラムの音の広がりが大きく、三味線の音が消されて、楽器の限界を感じさせる時もありました。でも、違和感はなく、メジヤーな楽器として、洋楽器の中に融和して行く事は、人種を超えた平和をもたらす事だと希望も湧いて来ます。中野区の主催らしく、障害者の方達が沢山見えていて、良い催しでした。
(2002.11.20)
シャンソンは語り歌
つい、この間見たと思っていたのに、もう一年が経ち、年に一度の美輪明宏のリサイタルが始まりました。渋谷の若者達に揉まれながら、土曜日の昼下がり、渋谷のパルコ劇場に向かいました。
勿論、客席は満員。でも、殆どは女性、男性は少なく、不思議ですね。休憩時間には、トイレに長い行列が出来るのに、男性の方はがらがら。女性は暇とお金があるのか、現代の日本の現象なのでしょうか?
今回は、偏見と烈しく戦って来た自分の半生を、歌の間に熱っぽく語り、輪廻転生の彼の哲学を強烈にアピールするリサイタルだと感じました。
去年に比べると、声に多少の変化はあるものの、シャンソンの本来の語り歌を歌える第一人者だと改めて感じさせるステージでした。
来年は、舞台で「黒とかげ」に主演するとの事。同世代として、何時までも第一線で居て欲しいと思っています。
(2002.11.5)
ジャズパート2
冷たい風が、東京の夜を襲って来ました。もう、冬の走りです。
行くか、行くまいか、迷う私。でも、スナックのマスターに必ず見るという約束を思い出し、夜9時前にジャンパーを羽織って、一路、阿佐ヶ谷の映画館ラピュタへまっしぐら。
キューバの映画「ブエナビスタソシアルクラブ」という音楽ドギュメント。
行ったら、客は15人余り。私は、最後部の席で一人、ロビーで飲んだコーヒーの残り香を噛み締めながら、暗くなるのを待ちました。
ストーリーとしては、キユーバ音楽全盛の頃に活躍した音楽家を探し出して、バンドを編成し、コンサートを開くという事。製作者は、手を尽くして探し出し、靴磨きをしていた80代の老歌手や、ギターリスト達を見付けて説得し、コンサートを開き、それが大成功を収めて、終には、ニユヨークのカーネギーホールでコンサートを開き、大成功を収めるというドギュメントです。
2時間あまり、彼等の歌と音楽が、ステージとキユーバの美しい風景とだぶらせて、写し出されます。ブラジルのラテンよりソフトで暖かいものを私は感じました。それにしても、殆どが熟年で、歌手は男女とも80代。ピアニストは90代。目を瞑って聴いてみると、若々しく、熟年とは思えない程の張りののある歌声と、力に溢れた楽しげな演奏。特に、90才のピアのタッチの素晴らしさには、日本人である私達とは違う何かを感じました。
カーネギーホールでの演奏風景は、アメリカに憧れ続けて来た、夢がやっと実現した喜びが、老いた瞳に輝いて、感動に誘われました。
歌や音楽が、日日の生活に溶け込んでいるなんて、良いですね。日本では沖縄位でしょうか。
見習いたいですね。平和な日日を持ち続けるためにも。
(2002.11.3)
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