不適反応の仕組み(2)



《正常な反応》
前章のおさらいから始めます。
“機械的な心”は常時知覚したことを“記憶する心”に照合し、過去の危険な体験との共通項があれば警告を出します。
警告は、この過去の体験での痛み・不快感をアレンジした感覚という形態で発せられます。この照合は厳密に行われ
ます。かつて薬缶に触れて火傷を負ったとしても、薬缶を目にする都度警告を出すわけではありません。薬缶の状態
(熱湯の有無など)、環境(距離など)など総合的に照合され危険性が判定されます。ですから、空の薬缶を恐れるなど
ということは起こりません。また、危険と判定されても、警告の強さは危険性の大小に応じて制御されます。共通項が増
えるにつれて強度は増加します。熱湯が入った薬缶を目にした段階では漠然と不安を感じたり指先がうずうずする程
度の微小なレベルですが、手がその薬缶に触れる寸前には、あたかもすでに触れてしまったかのようなショックが走
り、あわてて手を引っ込めることになります。
心身を守る重要な機能である反面、いったん作動すると他の機能を制約する強力な機能であるため、このように厳格
に働くのです。


《こわれた記憶》
もし記憶がこわれていたらどうなるでしょう。いくら照合が精確に行われても、“機械的な心”は適切に作動しなくなりま
す。不適反応の原因は、この“こわれた記憶”にあると考えられます。
激しい衝撃で“理性的な心”が麻痺しても、“記憶する心”は出来事の一部始終を記録しています。ところが、仕組みの
詳細は不明ですが、その記憶は論理的に破綻した状態に陥ってしまうようなのです。情報の欠落ではありません。“記
憶する心”は知覚した外部の情報に併せて心身の反応も記録します。激しい衝撃によるパニックがなんらかのルール
に即して“こわれた記憶”を作り出すと考えられます。だとすると“こわれた・・・”という命名は不適切ですが。
こわれ方はさまざまですが、例を挙げます。再び薬缶の事例を使いましょう。仮に、初めて薬缶に触れて火傷を負った
出来事の記憶がこわれていたとしましょう。記憶は論理的に破綻して混沌としています。こわれた記憶の中には、薬
缶、蒸気、コンロ、手が感じた熱さ、動転した心理状態などが脈絡無く並列関係で存在しています。よって、上で述べた
ようなもろもろの状況や条件の判定ができません。薬缶を見ただけで強い不安感に襲われるという不適反応が現実に
なります。例が薬缶なので真実味が乏しく感じられるかもしれませんが、対象が異性であろうと、高所であろうと、他人
から否認されるという状況であろうと、原理は同じです。

なぜ精確かつ厳密な“機械的な心”や“記憶する心”が“こわれた記憶”を放置しているのでしょう。それは、心身の保全
を最優先しているからでしょう。副作用としての不適反応よりも、パニックを引き起こしかねない出来事をシャットアウト
することの方が重視されているのでしょう。

この“こわれた記憶”を修復すれば不適反応は解消されます。裏を返せば、“こわれた記憶”を修復できない方法論や
療法では、不適反応は一時的に軽減されることはあっても解消されません。“理性的な心”でいかに望んでも、いざとな
ったら“理性的な心”は“機械的な心”に太刀打ちできません。また、“機械的な心”に気づかれずに“記憶する心”に触
れることも困難です。

それでも、戦国時代や戦乱の絶えない国ならいざしらず、相対的に平和で安全な現代の日本で生まれ育った人間なら
ば、“こわれた記憶”はさほど多いとは考えられません。
ところが、事はさほどに単純ではありません。



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