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またまた久々の更新となってしまいました(汗)
僕の精神状態が不安定で無気力感に襲われていました。 考え出すとトコトン考える性格なので、こういう不安定になっている間は自分の性格が嫌になったりします(苦笑) さてさて、昨日トルコに単身赴任をしている親父がおよそ2ヶ月ぶり!?に帰国しました。 僕の親父はエンジニアで、僕が物心ついたときから長期の海外出張をしていました。 そんなわけで僕は早い話、親父が帰国してきた時は家族が一人増えた感じがします。 とても失礼な話ですけどね。 我が家のもう一人の家族、ウィニーを買った翌日に親父がトルコに行ったので、親父が帰国したときに果たして覚えているだろうかと思っていました。 ウィニーが親父を見て吠えたりはしなかったのですが、ぶるぶる僕の膝の中でふせをしながら震えていました。 “ウィニー、だいじょうぶやで”と言って撫でてあげても全然効果無しで、唯一あくびをしたときだけ震えが止まっていました(笑) これはエサ攻撃しかないなということになり、犬用のチチボーロを親父がウィニーの前に差し出しました。 いつもなら、しっぽをプンプン振ってすたすた近づいてくるのに、まるで毒でも入っているんじゃないかと疑っているかのように恐る恐る近づいていきました。 でも、食べようとはせず怖がりながらにおいをくんくん嗅いでいるだけでした。 なかなか食べないので、親父がそっと床に置いたらさっと食べました(笑) 散歩なんかでよく人に撫でられたりしても震えたりしないのに、何で親父だけ・・・!? でも今ではすっかり仲良くなって、散歩に行ったりしています。 親父となかなか共通のことが見つかりにくいので、ウィニーはそういう意味でとてもありがたい存在です。 ありがとう、ウィニー!! |
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2000年12月25日 03時10分04秒
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またまた久しぶりの更新になってしまいました。
みなさん風邪などひかずに元気に過ごされていることを祈っています。 僕は2,3日間膝を痛めていただけで、特に病気にかからず元気に走り回っています。 うちの愛犬ウィニーはなんと“お座り”ができるようになりました。 でも、普通その場でぺたっと座るのがお座りなんでしょうが、必ずウィニーはなぜか3歩、4歩後ろに下がってからお座りをします。 そんな姿をみると、“かしこまるでない、近う寄れ”と言いたくなります(笑) そんな不器用さがかわいくて、頭をぐちゃぐちゃになるまで撫でてしまいます。 さて、親ばかはここまでにしておきます。 先日僕が友達と食事したときに、その友達が友達を連れてきて新たな知り合いができました。 とても感じのいい人で、雰囲気もナイスな“お兄さん”みたいな人でした。 その人はジャズにも詳しくて、僕の周りでジャズについて知っている人がいなかったので、喜んでおすすめの人を聴いて早速CDを買いました。 実に良い・・・。 その人にお礼と感想のメールを送りました。 すると、その人は音楽ってメロディー、リズム、音色の3要素からなっていて、ジャズは元来黒人音楽だから特にこのリズムの要素が非常に重要なんだけれど日本人にとっては必ずしも快感として感じられないと思う、と送ってきました。 僕は音楽を習ったと言えば、小学校・中学校の音楽の授業だけで、何か楽器を習っていたわけでもないので、専門的な知識はありません。 僕は自由に聴いたら良いんじゃないかと思います。 単に知識がないから、そういう方法しかとられないと言えばそれまでですが(苦笑) 聴いていて気持ちよければ、音楽と一体化できればそれで良いんじゃないかな。 より音楽を深く味わうという面に関しては、音楽のジャンルごとのバックグラウンド(背景)を知ると楽しめるのだろうとも思います。 自分と音楽の関係とはリラクゼーションの一手段である。 また逆に、落ち込んだときの活性剤でもあり、現実に直面したときの挫折感を感じている時は少しした現実逃避。 僕と音楽との関係は、精神安定剤のようなもので、他のどの最新技術を持ってしても勝てないだろうと思うほど、音楽は毎日の生活から切っても切り離せない関係である。 みなさんはどうなんでしょうか。 ピアノを習っている人や習っていた人なら特に何か感じる部分があるかもしれません。もちろんピアノだけに限定しているわけではありませんが。 みなさんの“私と音楽の関係”について教えてください。 また、やっぱり音楽の時代背景を知ることは重要なことだと思う方がいらっしゃれば是非意見を聞かせてください。 たくさんの種類の意見を聞けることを楽しみにしています。 |
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2000年11月22日 00時44分24秒
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本当に久々の更新になりました。 お久しぶりです。 最近心境の変化がたくさんあり、気分的に何もする気になれなかったのです。 約二週間ほど前に我が家初の試み、犬を飼い始めました。 飼い始めたものの、飼い方を全然知らない所からのスタートは生き物の命を預かる資格があろうかとずいぶん悩み、必死に本やネットで情報収集して何とか元気に愛犬ははしゃぎ回っています。 本当は飼い方をあらかじめ勉強しておくべきだったのですが、親父の思いつきの行動(以前から犬を飼いたいなということは話には出ていたけど)で急に飼い始めることになりました。 僕はこの家に(一年前に引っ越し)来るまで犬との直接的な接触はほとんどなく、好きでも嫌いでも無いような感じでした。 ところが、今のこの家は住宅街ということもあり、家の前を通ると犬に吠えられることが度重なり、無実の僕が不公平にも吠えられる事のいらだちから少しずつ嫌いになりかけていました。 でも、今まで犬を飼える環境にいなかった反動のせいもあり、僕が飼う犬はきっとかわいいはずだと僕に吠えてくる犬と比較して、飼っている想像は高まっていく一方でした。 まだ生後5ヶ月と少しで、それに平均的に考えるとやや小さいらしくて、本当に子犬です。 この愛犬のために写真のスペースをこのHPで割こうかなあとも思っています。 まだHPの容量もたくさん残っていますし。 愛犬の名前はウィニーと言います。 なぜこの名前になったかを当ててみてください。 知っている人にはきっとすぐわかるでしょう。 ちなみにオカンが名付けました。 ウィニーが4日前散歩デビューをしました。 一日目はずっとだっこして外の世界にならして、二日目に初めて少し地面におろしたのですが、全然歩こうとせずすぐにふせをしてしまって僕に抵抗していました。 結局2日目も僕がだっこしていたんですが、近くの中学校のフェンスからはみ出た花が綺麗だったので、ウィニーに綺麗な花やね、って言ってそっとおろしたらくんくん花をにおいだしてしっぽをそっと振っていたので、気持ちが通じた気がしたのでとてもうれしかったです。 こういうのを人間用語で親ばかというのだろうが、犬にゆっくりふれあう機会が無かった僕としては新鮮な生活を送られることになったので、とてもウィニーには感謝している。 親父に感謝しないといけないのかな!? 今日学校が休みだったので、夕方の4時くらいに散歩に連れて行ったら、近くの中学校の前でかわいいって言ってなでてくれる中学生が多くて、普通に一人で歩いていたら交流は全くないのにウィニーを通じて少しした会話をできることが楽しい。 近所の人、自転車に乗った人、同じく散歩させている人などとの会話は、僕がとても理想としている昔の下町の世界ができあがってくる。 隣の家に醤油を借りるような、あまり隔てがないような世界が・・・。 |
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2000年11月07日 02時38分41秒
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日記の更新がすっかりご無沙汰してました。 ゼミの方が忙しくて手がとても回りませんでした。 それと気分がここ最近落ち込んでいたからです。 久しぶりにすっかり落ち込んでしまいました。 高校の時以来でした。 高校生の時は、いつも何かに対して問題意識を持っていて、それに対して何らかの答えを見出そうとして必死でした。 その分とても疲れました。 はっきり言って、答えのないものから答えを導く事なんて事実上不可能であったけれど、それでも自分の中のモヤモヤが解消されないので、その時一番の答えをいつも追究していました。 その問題とは恋愛のことであったり(若さからかな?)、社会問題、今の自分の状況(学歴社会の中心にいることなど)、主に哲学的なこともちらほら・・・。 偉そうに言えるほどではないですけどね(苦笑) 高校の時に考えっぱなしだったので、思考型人間になってしまいました(笑) 考える過ぎとも友人に言われたくらいです。 友達を失いたくないから、逆に深く考えすぎて遠慮や、よけいな気を遣ってしまったり。 周りには高校生ならではの(偏見かな?)遊び盛りな人が多かったので、あまり深くものを考えている人が残念なことに僕の周りには五人ともいなかった。 決して高校の時に遊んでいた人が考えてなかったと言うわけではない。けれど、生活のリズム・内容が僕とは違っているので考え方の方向は違ってはいた。 高校生になってから少しの期間はとても苦しく一人で考え、一人で絶望感に駆られる日々が続いた。 幸いなことに、通っていた英会話教室の先生の人と知り合いになり、僕の考えを親身になって聞いてくれて、同じようなことを考えていたという一言で僕の生活は一変した。 僕はそれまで誰かに自分の考えをあまり言うことはなかった。何回か話したことはあっても、理解してくれなかった事が続いたからだ。 しかし、自分の考えを理解してくれる人が一人いるだけで、どれだけ自分の気持ちが解放されたことか。 その人は僕よりも10歳くらい年上だった。 人の話を聞いて納得することは簡単でも、その納得から自分の意見を絡ませて言うことはとても即席では出てこないことが多い。ずっと自分の意見を煮詰めていかないとそういう話はできにくい。 その人のおかげで前向きに考えられるようになった。気の合わない人が多すぎて、少し自分の存在価値を考えたりもしたからだ。 今現在の自分は過去の堆積物の集合体なので、以前たくさんのことを考えたことが生かされてきている。 昔考えていたその時の自分に感謝する。 今はあまり考えなくなった。神経でものを感じるようになった。花を見て体全体でその花を捉えるといった具合に。 だから歩くことが好きなのだ。 地面を足の裏で感じ、砂やコンクリートなどの感触を楽しめる。 五感で、いやそれ以上の体すべての感じるところで、思考とうまく調和させて“自然”になってきた。 ごめんなさい、うまく伝えられなくて。 はじめはこんな事を書くつもりじゃなかったんだけど、さっき友達と高校生の時はどんなんだったかと話していてふと思い返したから。 その10歳くらい年上の友人とは今でも友人を越えた友人です。 婚約している人がいるそうなので、とてもうれしく思います。おめでとう。 |
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2000年10月20日 02時30分23秒
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今日親父の会社の後輩の人とご飯を食べた。 後輩の女性二人とうちの家族の計六人だった。 一人は結婚三年目の人だった。 最近の家事の分担はどうなっているのかが気になったので、そこら辺を少し聞いてみた。 まず漠然と結婚そのものは良いものか聞いてみたら、即答で良いですよって答えてくれた。 はじめは少しは不満とかがあって、「良い」と答えるまでに考えるかなと思っていたけど、そんなに即答されて僕はうらやましく思った。 家事は99%その人がしているそうで、もし残業とかで遅くなった日は、旦那さんはパチンコして時間をつぶして奥さんよりも遅く帰ってくるのだそうだ。 それはおそらく、早く家に帰っていたら後から帰ってきた奥さんに先に帰っているんだったら、少しは何か(家事を)していてくれてもいいでしょって言われるのを避けるためだろうといっていた。 確かに他の結婚している共働きの女性は、先に帰っている旦那がぐうたらテレビを見ていて、帰ってきたのを見るなり、早くご飯を作ってと言われることにとても腹が立つと言っていた。 疲れて帰ってきているのに、一息つく間もないままご飯の用意を一からしないといけない事がつらいとも言っていた。 本当にそうだろう。 旦那さんがご飯を炊くとかしていてくれていたら、まだ少しはましなのかもしれない。 奥さんの方だって、同じように働いているのに、奥さんだけが家事をすべてしないといけないのはやはり平等じゃないような気がする。 もし、どちらかが働かずに主婦・主夫をしているなら話は違ってくるけれど。 今日会った人は、どちらかと言えば女の人が家事をするのが当たり前と捉えているような感じだったので、そんなに旦那さんのことを悪くは言っていなかった。 そういう風に家事を手伝う男性とそうでない男性が現れるのは、親の影響ではないかと友達と話していた。 お父さんの方が何もしない家庭で育った女の人は、家事は全部女性がするものだ、と知らず知らずのうちにそれが当たり前になってくるのだろう。 もちろん例外はあるだろうけれど、自分の育った家庭環境がいろんな意味での基準になるのは否定できないだろう。 ぐうたらテレビを見ている旦那さんの人は、あまりに耐えかねて怒りをあらわにして、離婚を突きつけたらすっかり家事を手伝ってくれるようになったそうだ。 残業で家に遅く帰ったら旦那さんが、慣れない手つきで料理を作ってくれていたのが妙にかわいらしかったと言っていた。 |
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2000年10月12日 01時37分05秒
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最近書きたいことがたくさんありすぎて、逆に何を書くかを決めにくくて悩んでいました。 しかし、布団をかぶらずに寝たら、起きたときにはのどを痛めていて、こりゃ油断していたら本格的に風邪をひくな、と咳払いしながら思いました。 風邪には十分気をつけてください。 僕が以前住んでいた家の隣には、二人の幼稚園児と30過ぎの両親の四人家族の人が住んでいました。 毎日夕食時になると、その子供が大声で泣き、お母さんが“泣きやまんと、こうやで”(きっと手を振り上げて叩く真似でもしているのだろう)と言っていた。 いつも、隣の子の泣き声を聴きながらご飯を食べていた。 その家族は途中で引っ越ししてきたので、あまり交流がなかったせいもあり、余計なぜ毎日同じ時間に泣くのかは、予想できなかった。 オカンといつも、あまりにもひどいじゃないかな、と話していた。 (女性の子供にする)幼児虐待は一般的には、育児ストレスが原因で起こるといわれている。 愛情を持って子供の世話をしていても、一向に泣きやまなくなると私がこれほど面倒見ているのに・・・という過程で幼児虐待につながるらしい。 夫は仕事ばかりで、妻の話を疲れたという理由で話を聞こうとせず、ますます子供の面倒でプライベートの時間がほとんどない妻は話する機会から遠ざけられていく。 また、幼児虐待を受けた子供が親になったときにも自分がされたのと同じように幼児虐待をしてしまうケースがあるらしい。 赤ん坊を力でねじ伏せるのは簡単だけど、子供の心を無理矢理ねじ伏せてしまっては、周りからの愛情が特に必要な時には残酷な事だと思う。 ある日見たテレビでは、旦那さんが奥さんの話を真剣に聞き、奥さんに育児を任せっきりにせず時間の余裕があれば奥さんのフォローをすることが、大きな予防策だと言われていた。 他の幼児虐待の理由はあったけれど、ここでは置いておきます。 確かにそういうことを考えてみると、幼児虐待の可能性は誰もが持っている。 男は仕事、女は家庭。 と言うような考え方では、とても乗り切れない世の中になってきているのだろう。 その隣人の子供がなぜ毎日泣いていたかは知らないけれど、今日道を歩いていると怒鳴り声が聞こえてきてふと思い出したのだった。 どうしているだろう。 秋の空に向かって今日も無心に泣いているのだろうか。 |
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2000年10月10日 01時43分07秒
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今日は梅田の北新地でバイトの帰りにお酒を飲んで帰りました。 北新地というと、飲み屋が続き、高級なお店が集まったところです。 とはいっても、大衆居酒屋みたいなところに入りました。 一度、そういう日本酒がメインで出てるような、また下町のような身近な居酒屋という物に入ってみたかったので、今日の初体験は新鮮でした。 メニューを見てびっくり仰天。 安い・・・・・・・。 生中(ごめんなさい、未成年の方)350円。しかも発泡酒じゃなくて。 豚足5切れ、200円。 安い・・・・・・・。 しかもうまい!!! 鯛のあら炊き(煮魚好きの僕)も300円でしっかりお頭つきで、味も良くしみわたり最高。 みんな背広を着た人ばっかりで、とても楽しそうにお酒を酌み交わしていました。 気兼ねなく、その場を楽しむならもってこいの空間であると思いました。 安くて、おいしくて、その空気が良い。 三拍子そろってますな、こりゃ。 一緒に行ったバイトの先輩が、とても話し上手、聞き上手だったのでお酒が入って滑舌良くなった僕は絶好調に話しまくりました。 初めて一緒にお酒を飲みに行ったわりには、とても会話が続き、考えさせられることや、感心させられることも多く、良い勉強にもなりました。 僕はなぜか飲みに行くと、よく一緒に飲みに行った人に僕の人間性を表現されます。 今日はその人に「自分のスタイルが変わらないやつやな」でした。 じっくりこの言葉について考えてみます。 それはさておき、大衆居酒屋はいいですよ。 結構思ったよりも入りやすくて、スーツ着てなくても問題はありません。 女の人同士の人もいましたし。 一度近くを通りがかったら、入ってみてはいかがですか? 何かしら、“素”の感じを味わえます。 |
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2000年10月07日 02時39分30秒
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今日は時間が遅くなったので、日記を更新しないでおこうと思ったんですが、こういう深夜に何か頭の中が冴え渡って想像が膨らむ時があるんです。 今日がその日なので、思いついたままを言葉にしてみます。 と、言っても10時くらいに飲んだお酒がまだ尾を引いてはいるんですが・・・。 僕はある友人に「あなたは、物事を言葉で捉えるんではなくて、絵画のようなイメージが頭の中に広がっているんじゃない?」と言われたことがあります。 う〜んと考えました。 でも、よく考えてみるとそうなのかもしれません。 言いたいことのイメージはあるんだけど、言葉に出して伝えにくい、っていう時が。 単に口べたなのかもしれませんが、決して早口にはどうしてもできません。 言いたいことはあるんだけど、どうしてもそれが口まで届かずに体全体にくるくる巡ってようやく言葉になるような感じです。 もし、ジェスチャーが手話のように使いこなせたら、僕は一日中踊り狂うかのごとく身体で表現するかもしれません。 その方が、より自分の考えに忠実的に、すっきり伝えられるような感じがします。 こんな僕だから、人との会話(相手にもよるけれど)よりも、プレゼントか発表などのある程度何を言うかの路線ができている方が好都合なのです。 僕の頭の中は、テレビCMと同じような感じで、車のCMを例に取ると、視覚でこの車は快適に運転でき、安全性や、コスト、性能などのウリを視聴者に与えます。 このような自分がいわんとしようとしていることが、ビジュアル化されています。 だから、どちらかというと僕の考えを述べるときは抽象的な表現になりがちになって、あまり理解されにくいのが現実ではあります。 むしろ、抽象表現のままでいい会話がとても楽しいです。 そういうことが出きる人と知り合いになったから、そう思えるのかもしれません。 文章に書くと、まだ考える時間が十分に与えられているので、できるだけ考えに近く、伝わりやすいように文章化できるので楽チンではあります。 以前は、よく周りで頭で考えずにもう口に出てる人っていうのに憧れていました。 その人たちは、端的にわかりやすく表現するので、僕の考えが口に出るまでの行程を比べるとその速さがうらやましかった。 今はようやく、以前よりは、イメージの言語化ができてきたので、話しやすくなりましたので、このままで良いような感じです。 ゴキブリの話もこうやってちゃんと伝わったのだから。 |
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2000年10月07日 02時09分40秒
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ゴキブリでここまで盛り上がれると、やはりごきぶりさんに感謝しないといけないんでしょうかね!? ごきぶりの一番の恐ろしさは、やはり飛ぶときでしょう。 空飛ぶゴキブリは僕もちょっと後ずさりしてしまいます(笑) 僕が小学校3年生の時、忘れもしません、親父が一人でカレーを夕食として食べていた時にゴキブリが冷蔵庫の下からつつつっっと出現しました。 兄は言うまでもなく、当時まだ苦手だった僕は楽し紛れに大騒ぎ。 僕は怖くても、ゴキブリがどうこうよりも騒ぐのが好きだったから、騒ぐ口実ができて思いっきり騒いでました。 親父は何食わぬ顔でカレーをむさぼり、兄と僕のゴキブリ退治のお願いをしたので、新聞を丸めて(テレビガイドじゃなくて)ゴキブリが親父の射程距離に入るまで、カバのようにじっと待っていました。 親父の座っていたイスの後ろで、ゴキブリは突然真っ黒い蝶とかし、新聞を持って構えている親父に向かって勇猛果敢に飛びかかりました。 親父は狙いを定め、バシッと飛びかかってきたゴキブリを見事一発で撃墜したのであった。 それで「ちゃんと後かたづけしとけよ」と僕たちに言い残し、カレーをまた食べ始めました。 もちろん僕がティッシュでくるんでトイレに流しました。 親父に叩き落とされたゴキブリは瀕死状態で、僕は親父に対して絶大なる尊敬の念を抱いたのは言うまでもない。 続いて第三段。 僕が小学校三年生のある夜、ゴキブリがでて親父をのぞく一家大騒ぎ! そのときは、殺虫スプレーを使っていたけど、とうとう仕留められず兄と僕の部屋に(二人一部屋だった)逃げ込んでどこに行ったかわからず、不安な夜を迎えました。 寝ている間に顔をゴキブリが這っていたら・・・などと想像するだけでも気持ち悪い不安を抱いて眠りにつきました。 何もなく明るい朝の光を浴び、元気にランドセルを背負って小学校に行きました。 教室に着き教科書を机の中に入れて、最後に何も残っていないかを確認したら、ランドセルの底に黒く蠢くものを。 昨日のゴキブリがなぜか僕のランドセルにいつの間にか入っていたのであった。 慌ててランドセルをひっくり返し、ゴキブリを教室の床に落としたら、ゴキブリを見つけた友達は、少しビビリながら蹴っていました。 触覚をつかんだりする強者もいました。 ゴキブリが自分のランドセルに入っていたことよりも、友達がどこまでゴキブリとじゃれ合うのかの方が不思議になって見つめていました。 彼らは今もなお家でゴキブリを蹴ったり、触覚をつかんだりしているのだろうか。 ま、兄のランドセルに入っていなくて良かった。 |
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2000年10月03日 17時05分37秒
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ここ二日間くらい、ジオシティーズが使えなくなっていて、HPの更新もできなくて困っていました。 HPが全部消えていたらどうしようかと少し不安でした。 やっと復活したので、うれしい限りです。 さて、昨日長期間出張中の親父が一時帰国しました。 僕の親父は部屋をノックをしないで、いきなり入ってくるのです。 僕は自分の部屋を“縄張り”のように感じているので、親父のノックなしに部屋に入ってくることがどうしても我慢できません。 昔、心理の本で人間にも縄張りというものがあると書いていました。 たとえば、電車の席がだいたい等間隔で座られたりするのもそのためだと言われています。 がらがらの電車の席に、いきなり人の真横に座るような人はまずいません。 少し話はずれましたが、ノックくらいして欲しいことを以前親父に告げました。 すると、「なんで、そんなこと気にするねん!やましいことでもあるんか?」と、いった感じで話になりません。 親父にしたら面倒くさいのでしょう。 息子相手にノックをすることが。 何でこんなに嫌うかまでは、実際のところ僕にもわかりません。 果たして、親父、兄、または弟が女性の部屋にノックなしで入ったりするのだろうか? 男女問わずどういう感じなんでしょうか? すみません、眠いので文章が中途半端ですが打ち切りにさせていただきます。 |
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2000年10月02日 02時58分36秒
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最近めっきり寒くなってきましたけど、みなさん風邪などをひいていませんか? 今日、久々に午後10時以降に外に出かけたら、すっかり寒くなっていて半袖なんかで外に出かけたらもう・・・。 ぶるっと寒気を感じパーカーを羽織って出かけました。 と、いっても近くの公園まで段ボールを捨てに行って来ただけですから、本当の夜の寒さをまだ経験していません。 さて、最近近くの家が建て替えのため家が取り壊されて、今では見事な新居が建てられました。 そのことと、一週間前に引っ越しして初めてでたゴキブリと関係があるようです。 家が建て壊されると、行き場を失ったゴキブリは、次なる安住の地を探しに旅に出るそうなんです(全く迷惑な話だけど) そのうちの一匹が僕の家をめでたいことに選んだのであった。 はじめにゴキブリ第一号発見したのは兄で、ゴキブリだけは近づくことも、見るのも嫌いな、ましてや触ったら失神して倒れてしまいそうな位の人です。 だから、いつも(前の家で)ゴキブリがでたらまず僕を呼び寄せて、ゴキブリ退治に出かけさせます。 今回もいつも通り、呼ばれて見てみるとまぁ、兄貴が一番苦手なくらいの立派なやつでした。 新聞紙と、兄がいつも愛読している週間のテレビガイドを僕に手渡し、僕は壁に残骸が付かないように計算して、豪快に“バシコ〜ン”。 わざと部屋のドアを堅く閉めていた兄を呼んで、兄が“殺した?”とドアの向こうからの質問に“うん”と答えてドアを開けさせた。 殺したのは兄の部屋の目の前で(偶然そこになったのだけど)兄は案の定その残骸に“うわっ”と驚いてくれました。 “早く始末しろや!!”とへっぴり腰の兄に対し、“ティッシュちょうだい”と平然とした僕の要求にそそくさ対応してティッシュを一枚だけ手渡した。 “何で一枚だけなん?” “そんなんどうでもいいから、早く始末しろや!!” さすがに一枚だけでは抵抗があったものの、うまくくるんでしまい、兄に“これ捨てて”とそのティッシュを投げるまねをしたら、かなりびびって、後でものすごく怒られてしまいました(笑) ゴキブリ退治の後に丸まったテレビガイドを差し出し“いる?”ってわざときいたら“いるかっ!!”と僕のゴキブリ退治の英雄の肩書きは、もう兄の頭には無くなっていました。 それからすぐにトイレに流して一件落着でした。 後で聞いてみると、テレビガイドが無くなってしまって、困っていました(笑) 今またすぐ近くの家が改築のために建て壊しているので、兄と僕とゴキブリの関係は切っても切り離せそうでもないなと、苦笑するのであった。 |
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2000年09月28日 00時43分11秒
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この前の日曜日に近所の中学校で、体育大会が催された。 毎日必死に練習をしている姿を、毎日のように見ていたので、自分の中学校の時の姿を照らし合わせていた。 校庭の壇上に体育の先生がマイクを持って“しっかり腕を振らんか!!”と檄を飛ばしているのを見ていると、なんだかその中学校の体育大会を見学しに行きたくなった。 そこの中学校に知り合いがいるわけでもなかったけれど、そんなことはどうでも良かった。 体育大会当日は、けたたましいその中学校から聞こえてくるマイクの音や、音楽で目が覚めた。 確かにうるさかったけれど、夏のお祭りみたいな“にぎやかな”感じがそこにはあってうれしくなった。 残念なことに、その日に予定が入ってしまったので、長い時間見学することはできなかったけれど、リレー独特であるスタート直前の走者の不安そうな顔を見て「これこそ体育大会だ」などと訳の分からないことを思っていた。 一年生の演技は、パラパラの影響かユーロビーートが選曲されていた。 でも、あまりのテンポの速さにみんながしんどそうに演技しているのを見て、少し気の毒に思った。 いずれにせよ、一生懸命体育大会に参加している生徒もいれば、そうでない生徒もいる。 でも、ちゃんと学年合同の演技を覚えて、やりこなしているところを見ると、「一生懸命するのが格好悪い」という独特の年代のまっただ中にいる彼らだから、演技は覚えるけれど、演技中に手を抜くといった中途半端なことをやっている彼らをかわいらしいと思った。 |
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2000年09月27日 01時24分46秒
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一昨日髪の毛を切りに行きました。 そこの美容院は二回目で、オカンが通っているのと、店の外観が良いので行き始めました。 そこの女性の店長さんがとてもきれいで、まさに僕好みでした。 初めてその美容院に行ってすぐに、この美容院に通うことが決定されました(笑) 髪の毛を切ってくれる人は違うのですが。(苦笑) でもその人は僕の言った通りを再現してくれるので、良いんですけどね。 レジでお金を支払うときに、その店長さんが「お母さんによろしく言っておいてください」と話しかけてきてくれたのだ。 その返事に「はい」じゃ短すぎるので「もうそろそろ髪の毛切りに行くって言ってましたよ」と昨日オカンが話していた内容が功を奏して、少しした会話がここで成立したのである。 実は、後から聞くと、オカンは店長さんに切ってもらっているそうなのである。 この時ばかりはオカンに感謝した。 そして今日オカンが髪の毛を切りに行ってきた。 バイトから帰るとすぐに「あの店長さんが、好青年ですねって言ってたよ。」と僕の反応をまるで楽しんでいるかのように、顔をじっくりのぞき込んでしゃべりかけてきた。 「それとまだあるねん」とオカンが不気味な笑顔を顔いっぱいに溢れさせながら、そう付け加えた。 「店長さんが彼女いるか聞いてたよ」 「なんて答えたん?」と僕が興奮気味に。 「今はいないらしいですよ」 あぁ、しあわせ。 普通お客さんの親に彼女いるとかの話題を持ち出すだろうか。 プライベートな部分をもろに。 と、いうことは・・・。 と、浮かれているとオリンピックのサッカーを見ていて、日本がアメリカに負けてがっくり。 こういう話題をあげるっていうことは、やっぱり僕の頭は桜色なのかもしれない。 とてもつまらないことを書いてしまったすみません。 どうかお許しを。 何か小学校や中学校の時の淡くて不器用な恋心を、思い出すことができたのです。 |
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2000年09月24日 05時11分42秒
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本当はこの話題について昨日書こうと思っていたのですが、リポビタンDの効果が切れて疲れがどっと押し寄せて、ベッドと合体しそうなくらい深い眠りについてしまいました。すみません。 進学校に通っていたせいもあり、大学や社会について、その時なりに考えていました。 これから書くことは多少偏見や、大げさな表現をすると思いますので、あまり真に受けないでください。 進学校というと、良い大学つまり、国公立、有名私学、偏差値の高い大学に合格する事を目的とした学校です。 僕のクラスの担任の先生は、本当に熱心な先生で、生徒をわざと侮辱して「今に見てろ!!」と奮い立たせようとしていました。 そんな先生だったので、一生分腹が立ったといっても過言でないほどの、侮辱振りでした。 その先生は本当にそう思っていっていたのではなくて、生徒が(僕たちが)やる気を起こしてくれたらと思い、心を鬼にして言っていたのはわかっていました。 しかし、日常そう思っている余裕もないほど、腹が立ち、大学行くためになんでここまで嫌な気分にならないといけないんだ、と怒りが吹き上がるのもしょっちゅうでした。 そう感じる毎日だったので、大学にいく意義を考えていました。 まず、良い大学に行く目的は、良い会社に(有名企業)就職できるためというのを耳にしていました。 有名な大学なら、えらい教授がたくさんいて、好きなことを勉強する環境が整っているとも言われました。 クラスの子とも友達になるんですけど、小テスト前によく 「勉強した?」 「昨日、寝てしまって勉強できてない。」 とか言って勉強していないと言います。 でも、点数が良かったりとしていくうちに、クラスの人たちがみんなライバルで、どこまで信用したら良いのかわからなくなってしまい、とても苦しみました。 三年間同じクラス、同じ担任の先生だったので、余計しんどかったです。 そんな、相手を(友達を)蹴落としてまで行く大学の意味はあるのかとても疑問でした。 今の学歴社会がなければ、果たして何人の大学に行った人が、大学に進学していなかったのだろうか。そう考えたりもしました。 確かに、偏差値の高い大学に行けるくらいの人は、それだけ勉強をこつこつ我慢強く成し遂げたのだから、その人間性を買われると納得はできます。 すみませんが、書き始めたものの先が見えなくなりましたので、中途半端ですがここで書き終えたいと思います。 |
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2000年09月22日 23時59分25秒
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割り勘はいいと思います。 そう思う理由はいくつかあるのですが、まず割り勘が二人の付き合い方、スタイルなら誰もが立ち入ることはできないと思います。 二人が納得して割り勘ならそれでいいと思います。 また、その割り勘がだめだという理由が僕には少し理解できません。 どことなしに女性を少し見下しているような感じを受けました。 女性を男性が守る。 たとえば、女性は専業主婦であり、旦那が帰ってくるまでには、家にいて、ご飯、お風呂の用意はもちろんされていないといけないような亭主関白の考え方のように思われます。 いまや、女性は社会的地位を徐々に獲得していき(社会的女性の地位は完璧には確立されてはいないものの)男性の力を借りずとも、十分一人でやっていけるくらいの力を持っています。 もはや、男性が女性を食べさせてあげるような時代ではなくなりつつあると思います。 極端な話、女性が男性の勘定をすべて払うのでもいいと思います(極端過ぎますけど) たとえ、男性が学生で、女性のほうが社会人であったとしても、二人が割り勘にしようと決めているのなら、それでいいと思います。 付き合っているときから、割り勘ならだめだ、ということに関して言えば、結婚してからは共働きという手や、節約や、ほかに方法はいくらでもあり、問題はどこにもないと思います。 逆に男性、女性のどちらか、または両方がギャンブルがとても大好きで、お金があればすぐに賭け事に使ってしまうといったようなことなら話は変わってきますけど。 僕は、家事は二人で分担するのが理想だと思っているので、こういう男性優位のような考え方が嫌いです。 結局二人が決めたことを、実行したら良いと思います。 割り勘は、経済的にどちらが豊かかは別にして、 僕はお互いがお互いを認め合っていろいろなことを半分ずつという感じがして良いと思います。 できるだけ平等に、互いに助け合うのが良いのじゃないですか? |
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2000年09月22日 23時18分10秒
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とうとうレポートも提出して、睡眠不足の日々から解放されました。 昨日、一昨日と、ほとんで眠れなくてリポビタンDに頼り何とか仕上げました。 結局昨日の夜に一本、今日起きてから、授業をきかないといけないのでもう一本。 このままだと、ゴルファーの丸山茂樹の後継者は僕しかいないなと思うほど、ぐいぐい飲んでしまいました。 あまり飲んだら、体がそれに慣れてしまってあまり、“飲みすぎは”いけないそうです。 みなさまお気を付けを。 でも本当に効きました。 眠気が消えて、寝不足、椅子に座りすぎで痛くなった腰の鎮痛などなど。 意識は研ぎ澄まされ、意識がはっきりしてきます。 まるで、麻薬の効果を解説しているみたいなので、変な感じがしますけど・・・。 朝飲んだ効き目が今まで残っていて、寝つけなくて逆に困っています(苦笑) 最近栄養ドリンクを飲んでいなかったので、特に効きやすかったのだと思います。 初めに飲み出したのは高校のときでした。 いわゆる進学校だったので、毎日が勉強よりも疲労との戦いなくらい体は衰弱していました。 高校のときに感じた学歴社会と言われている日本について明日ゆっくり書きたいと思います。 とりあえず、今日はゆっくり休むことにします。 |
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2000年09月21日 00時49分06秒
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本当はレポートが出来上がるまで、HPを更新しないでおこうと思ったのですけど、我慢できなくなりました(苦笑) 今ちょうど明日の授業の予習が終わり、これから本題に入っていこうとしていました。 でも、ここで休憩。 最近妙に煮詰まってしまい、思うように進まないのです。 今日から学校が始まり、なんだか入学式みたいな新鮮な気持ちで学校に行きました。 でも、5分遅刻してしまった(笑) 久々の友達との再会を、授業中のアイコンタクトで済ませ、必死に先生の言うことに耳を傾けていました。 普段冗談を言わない先生なんだけど、今日に限って連発して、何度も笑わさせられた。 いつも冗談言わない人が、ひゅっといきなり冗談言われると、その意外さに驚きながら笑ってしまうっていうことはありませんか? それはアメリカ人の先生で、「日本人はメガネをかけているのに、何で目を細めて黒板の字を見るんだ!!それと、メガネを両手でもち、目の前でメガネを回転させながら黒板の字を見る生徒がいる!!」 こうやって字にしてしまうと、ぜんぜん面白くないんですけど、その場の雰囲気、先生の話し方で教室は笑いの壷とかし、涙が出るほどだった。 本当に日記になってしまいましたけど、ゆみっぺが別に内容にこだわらなくても、その日あったことを書いたらいいんじゃない?と、できるだけ内容の濃いものを書こうと気負っていた僕の肩の力を抜いてくれたので、今日はこんな感じです。 レポート締め切りが今週の水曜日なんで、今からまた暗く、秋風が涼しく、時に寒い夜の中で書き始めていきます。 |
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2000年09月19日 01時42分54秒
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今日晩御飯食べながらテレビを見ていた。 テレビを見る時間といえば、ご飯を食べる時ぐらいである。 何チャンネルかは忘れてしまったが、しらばかという番組のスペシャルをやっていて、思わず泣いてしまった。 通常、家庭に関することや、身の回りに起きやすい病気や美容など、我々の日常生活において切っても切られない内容を、大勢の芸能人や一般の奥様方が出て、いろいろ話し合う番組です。 今日の題材の一つに不妊治療が取り上げられており、芸能人の中村ひとみさんが何かの病気で、子宮を一つ摘出して、子供を授かる確率はわずか10%しかないと医者から言われていた。 しかし、とてもめでたいことに、妊娠をし、無事出産された。 出産の光景がテレビで公開されていて、その中村ひとみさんの赤ん坊を産み終わった瞬間の何ともいえない幸せそうな顔を見て、思わず感動してしまい、涙があふれ出てきてしまった。 もし僕が女性だとして、医者から10%の可能性しかないと断言されたら、あまりの数字の低さに落胆し、悲しみくれると思う。 そんな中で、妊娠した時の喜びはあまりに大きかったことだろう。 オカン(関西弁でお母さんの意味)に泣いている姿を見られて、“涙もろくなってきたっていうことは、もうあんたも年ちゃう?”とちゃちゃ入れられた。 さて、僕は結婚式のスピーチなんかで、特に年輩者が「結婚式でまず親孝行できました。次にできる親孝行は、元気な子供の顔を見せてあげることです。」というせりふをよく聞く。 子供が欲しくてもできない人がたくさんいてるのに、こういうことをあまり二人のはなむけの言葉にして欲しくはない。 結婚は極端な話だが、誰でもしようと思えばできる。 しかし、妊娠に関しては、体のことが関係するので、そう簡単にはうまくいかない。 女性は特に義父母から早く孫の顔を見させてね、といったことを言われると聞く。 そういう発言がプレッシャーと感じ始める前に、旦那さんがどうのように奥さんを精神的にフォローしていくかが、大きな課題になる時もあるのだろう。 雅子さんもマスコミに子供に関して叩かれるのは、とても一般的な奥さんよりも苦痛を感じてることだろう。 女性は子供ができて当たり前という考え方は、完全に間違っていると思う。 |
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2000年09月16日 01時34分49秒
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さっき梅酒を家で飲んでいたので、いつもの思考回路とは少し異なっております(笑) みなさんにとって、恋はどういうものですか? 片思いですか、両想いですか、誰かに想われていますか? 様々な表現方法がありますけど、僕はほんとに身近な友達がとても大事ですから、友達に恋していることになるんかな? そもそも“恋する”って言う言葉は使わないかな? 親が子供に与える愛、その逆と考えると、愛情の強弱じゃないような感じがします。 昔はよく深く考えたんですけど、僕の今の結論はこういうものです。 犬が基礎生活においてa、b、cを大事にしていて、猫がc、d、eを大事にしているとします。 二人にとって、cは共通して大事にしていることです。 それが例え好きな野球のチームであっても、人はそれぞれ自分の中にある様々なことに優先順位をつけています。 犬と猫がお互いの大事なものに、尊敬し、共感し、認めあえるよになればいつの間にか、相手への興味がいつしか愛情に変わるってことは考えられませんか? 犬と猫にしたのは、同性愛者の方への偏見を避けたいためです。太郎、花子じゃいかにも男女における恋愛しか認めてないみたいじゃないですか?少し考えすぎでしたね。 あえて、僕の意見を少々不完全にしています。納得いかないとか、こう思う、とか違う意見をお持ちの方はどんどんぶつけてください。 もちろん、いくら話しても決着つかないのはわかっていますが、考え方の幅が広がればいいなとおもっています。 |
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2000年09月13日 22時45分24秒
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今日は友達とお茶しにでかけた。 一昨日、昨日と雨が降っていて家でのんびりしていたので、ちょうどいい気分転換だった。 西宮ヨットハーバーを一望できるオープンテラスのレストランバーで、気分はすっかり海が似合う夏男でした。 お客さんが僕たち以外にいなかったので、ゆったりした時間を満喫できた。 店の中までも潮の香りが漂ってきて、今年一回も泳がなかったことを少し後悔させた。 そういえば、去年も泳がなかった気がする。 去年梨狩りに行く途中に立ち寄った鳥取砂丘で、初めて見た日本海に足をつけたくらいだ。 何で泳がないのだろう? そう自分に問いかけても、何も答えてはくれない。 泳ぐのが嫌いでもない、むしろ好きかもしれない。 来年はどうなるんだろう、泳ぐのだろうか。 きっと泳ぎたくてたまらない衝動に駆られたら泳ぐだろう、それまで泳がなかったことを忘れて。 |
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2000年09月13日 22時07分24秒
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今日MI2を観に行ってきました。 MI2:ミッションインポッシブル2です。説明不要ですね。 アクションに関しては、なかなか楽しめました。 伊丹にある映画館だったので、いつもなら自転車に乗って行くのですが、今日は何となく歩いていきました。 ちょうど一年前くらいに引越しして、初めて感じたのは近所の雰囲気の暖かさでした。 前の家も同じ伊丹市内だったのですが、家の前がちょうど広い道路に面しており、伊丹駅までその道路を使って行けたのです。僕が出掛ける時はほとんど広い道路を使っていました。 この家は住宅街の中にあり、人々の生活が手にとって見えます。家の塀に張られた政治家のポスター、飛び出し注意の看板、登校する生徒、玄関先の色彩豊かな植木鉢、家の前で水をまくおばちゃんたち・・・。例を挙げるときりがありません。 今日家を出てすぐ、白のランニングシャツにハーフパンツのサンダル姿のおじいちゃんが、首からタオルをぶら下げて、庭で歯を磨いていました。思わずうれしくなり、「こんにちは」と挨拶をすると、口をもごもごさせながらぺこり頭を軽く下げてくれました。 もう、夜には冷ややかな風が吹くようになってきたので、外で歯磨きとはいかなくなるので、次は寒風摩擦していればなあと密かに期待しています。 僕はわざと駅までの道のりを細い路地を使っています。行きと帰りとでは道が異なるように。ゆっくり歩き、路地まで伸びた庭の木の枝をくぐって避けながら、かすかにもれてくるテレビや掃除機の音などを聞いて、人の生活している音を楽しんでいます。 都心部では人の多さに嫌気をさしますが、住宅街の人の多さは、僕の日々溜まっていくストレスをうまく消し去ってくれます。 自分の意識がストローの穴を覗くように狭くなり、ストロー自体が見えなくなる時があります。こういう時に、近所の家並みが僕の安定剤になっています。 一度近所を楽しんでみてください。 するとみなさんはどう感じましたか? |
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2000年09月06日 00時16分36秒
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今日は久しぶりに自分の部屋の大掃除をしました。 今までどこになおそうかと悩んで、そのままにしていた物が部屋の大半を埋め尽くしてしまう、というような恐ろしい状態になってしまったので、一念発起してねじり鉢巻を締めて片付けました。 一年前に引っ越した時に、大きなタンスなどの収納家具を捨ててしまったので、物の置き場所に困っていたのです。 ま、言い訳ですけどね(笑) 基本的に部屋にごちゃごちゃ物を置くのが嫌なので、できるだけシンプルにしてみました。すると、勉強机、ベッド、全身鏡、小さな本棚だけになりました。なんだか減らしすぎて味気なくなってしまいました。シンプルにしたら味気のない部屋になってしまった。 シンプルは味気ないものか。 僕の考えるシンプルは、物が少ないことをここでは意味するのですが、味気ないというのは、字の如く味が無いということです。 じゃあ、僕の部屋はなぜ味が無いのか。 部屋のドア、クローゼットとフローリングが木の色、茶色で、壁が白色なんです。僕のベッド、勉強机と小さな本棚が茶色で、全身鏡の縁が白色でみんな同化しているんです。 ごみ箱だけが唯一黄色で、部屋一番の目立ちたがり屋です。小さなごみ箱なのにこの部屋のスパイスとなっているのです。 思わぬところに素敵なごみ箱があることを目にした僕は、インテリアの雑誌をそっと閉じたのであった。 |
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2000年08月30日 20時53分11秒
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久しぶりに日記を書くのでなんだか緊張します。 アメリカ20日間の旅はとても価値のあるものでした。 アメリカへは今回で2回目でした。前回は小学校低学年のときに行ったので、どういう風に違ってとらえるのだろうか楽しみでした。 飛行機で約12時間くらいで、シカゴのオヘア空港という世界で1番忙しい、と言われているところに到着しました。 そこからバスで4時間弱のピオリアというイリノイ州の真中あたりに位置する都市まで行きました。 僕は降りたバス停は大学のキャンパス内にあり、友達が迎えに来てくれるまでの時間、心細く異国の地でベンチに座って待っていました。 すると、背の高い黒人の男性が僕の方をにっこり微笑みながら“Hello!”と言ってきたのです。僕はあっけにとられ、ニコって笑顔で返すのが精一杯でした。 後で聞くと、目が合った時に軽く挨拶するのがアメリカの(他の国にもあるかもしれないけれど)習慣なんだそうです。 僕は正直、変わった人だなあと思いました。 でも、そういう習慣なんだと知ってしまうと、僕にとってはそれは色々な人とのふれあいが持てるとても良い機会だと思いました。 特に外国で、見慣れない環境で誰かに声をかけられると初めは怖いけど、もし僕が初めからそういうものだって知っていたら、どれだけ勇気付けられていただろう。 僕は日本に帰るまでに、何人もの人とこの挨拶を交わしたけれど、とても笑顔の素敵な人が多くて感激でした。 僕の感激第二段は、自然の多さです。 日本では、特に都心部では、一日中草おろか、土でさえも踏まなくても生活できるような環境ではありませんか? もちろんアメリカもそういう所もあるかもしれませんが、日本よりずっと自然に触れやすい位置にあると思います。 僕は、緑のにおいがとても好きで、自然の中にいるといつの間にかストレスが和らいできます。 そう考えると、日本にももっと積極的に新しいビルを建てるよりも、公園をつくって憩いの場を設ける方が、経済的にはうまく回るのかもしれません。 つい先日、ニュースで日本の社会人の給料は歩合制になりつつあり、ストレスがより多くなったということを知りました。 実力主義にすることで、会社は雇用者の責任意識を高め、利益を伸ばしていくということなんだろうと思います。 そのストレスの発散について言えば、週休二日制、実力社会の狭間に立たされる人たちには、とても日にちの上での休みがあるだけで、精神的な休みを取ることができるのでしょうか? |
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2000年08月24日 15時03分46秒
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とうとうアメリカに行くのが明日に迫った今、少し大げさにこの一週間ほどを思い出してみる。 この一週間に今までにないくらい、友達に出会う機会が多かった。 色々な友達に会い、少したわいもない話を交わし、少しの時間で、少し笑う。 この少しの間に今まで交わることのなかった2人の川に、水が流れ始める。 またいつか乾ききるかもしれないが、ただそこに確かに交わった形跡がきちんとあればそれでいい。 つくづく、この友達と一緒に過ごした時間が僕をこうしたのかと思うと、とてもみんなに感謝の気持ちでいっぱいになった。 逆に僕のことも、僕の言った事も、誰かの頭の片隅にかけらでも残ってくれていたら、すごく幸せだとおもう。 締まりのない話になってしまったけれど、健康には十分気をつけて、一日を大切に過ごされることを祈っています。 |
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2000年08月01日 21時13分02秒
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今時、今風、ナウい・・・など様々なモノを、まさにこの瞬間を追い求める人たちが、この“今”を生きるために追いかけます。 今年流行の・・・。膨大な量の情報が、情報伝達技術の向上に伴って、所狭しと飛び交っています。 流行を追い求めて、何を得ることができると思いますか? 僕もかつては月刊のファッション雑誌を毎月欠かさず購入して、隅々まで文字をひらって読んだものです。 僕は時間に追いついて、人より先を越すように、と必死になることに疲れました。 でも、今でも雑誌に掲載されているような服装をしている友達を見ると、確かにおしゃれでかっこよく、また輝いて見えます。 流行の服装に身を固めた人は、自分に自信がもて、周囲の注目を集めることができます。 僕はただおしゃれをすることに関しては、その人の自由ですし、それが楽しみならそれでいいと思います。 ただし、そこに自分が存在しているのかどうかです。 周りの友達に合わせるためにするおしゃれは、外見のおしゃれだけとは思いませんか? それでは、高価で“良い服”も泣いてしまいます。 僕の今考えるおしゃれとは、その服を着ることによって、自分の気持ちが晴れ渡る、とかそういった服が着る人に影響を与え、着る人が楽しんでその日選んだ服を着るようなものだと思います。 今という時間も3分たてば、3分前です。 時間が過ぎ行く世界で生きている僕達は、“今”を着ることは、果たして可能なことなんでしょうか? |
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2000年08月01日 00時13分05秒
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先日、友人と行き先も決めずに宝塚方面を車でうろうろしていると、突然中山寺の近くを通りかかったので、入ってみることになりました。 僕は初めてで、友達は以前行った事がありました。 山のふもとにある中山寺は、安産の神様がまつられていて、阪急中山駅から見えるところにあります。 近くに大きなダイエーなどがあるけれど、とても静かで、時間がゆっくり流れ、夕暮れにせみの鳴き声が似合う素敵なところです。 中山寺の門をくぐると石畳が続き、その石畳を見守るように青々とした木々が顔をのぞかせています。 やがて階段があり、階段の右手には体の不自由な方、お年寄り、安産の神様だけあって妊婦の方たちのためのエレベーターがあります。 僕はできるだけたくさんの人たちに、参拝できる機会を提供されている、中山寺の方々にとても感動しました。 正式な参拝時間を過ぎていたために、お線香やろうそく等は片付けられていたので、僕達はゆっくり歩いて、中山寺の空気をとても楽しみました。 中山寺の中に少し広場があり、そこは少しした高台になっているために、とてもきれいな宝塚の景色を見ることができます。 そこで、景色をぼんやり眺めながら、せみのけたたましい鳴き声を聞き、おそらく伊丹空港から離陸したと思われる飛行機を眺め、頬をなでる風を感じました。 中山寺にいる鳩も、僕達の存在もあまり気にもかけないで、飛び立とうとはしません。 きっと、彼らも中山寺を包む何かが、普段の時間の概念を上手に狂わしてくれるのを感じていたのでしょう。 もちろん僕達も、サントリーから発売されている緑茶の「しみじみ」にかけて“しみじみするなあ”と連発していました。 それほどやさしく包み込んでくれる空間がそこにはあったのです。 初詣などの何か目的があって、お寺や神社には今まで行くことはあっても、通りがかりで何となくというのは初めてでした。 僕達がするほとんどすべてのことは、何かの目的に沿って行われることは多くありませんか? 自分の気持ちを解放して(考えることをやめて)、自分の核なる部分を露出した時に初めて、リラックスの時間を感じることができるのであろうと思いました。 中山寺にいた僕達は、無邪気で懐かしい時間を思い出せることができて、とても充実した時間を過ごすことができました。 みなさんそれぞれ、その場所は違ってくると思います。 みなさんのゆったりできる場所はどこですか? |
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2000年07月31日 00時05分56秒
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今日は国道を車で走っている時に、ふっと隣の車に目をやると、運転している25歳くらいの男性が鼻にティッシュを突っ込みながら運転していた。 一人で運転しているのかと思いきや、助手席にはその男性と同じくらいと思われる女性がいたのであった。 その女性の存在を知る前に、僕は運転しながら突然の鼻血の対処策として、片手で何とかティッシュを突っ込んだのだろうと思った。 鼻に入りきらないティッシュはもう片方の鼻からの息でなびいていました。そういう姿をその女性に見せることのできるような関係であるから、きっと親密な仲なんだろうと思います。 もしくは、もう片方の鼻からも、少しづつ鼻血が垂れてきているのが感じられて、とりあえず片方だけ突っ込んで、片手が離せたら、残りのティッシュを開いているほうの鼻を塞ぐつもりだったのかもしれません。まるで牛の鼻輪みたいに。 その男性が運転する車は、ブオーとごう音を出して、闇を切り裂くようなスピードで突っ走っていました。 彼のスピードと鼻血、両方とも止めないといけないんじゃないかな!? |
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2000年07月30日 22時59分50秒
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さっき、僕の家の近くで友人の車の中で話をしていたら、す〜っと友人側の窓からこっちをニコニコしながらずっとみてくる70位のおばあさんに出くわした。 一瞬、停車させていたところが邪魔で何かを言いに来たかと思ったが、ただニコニコしながらピクリと動かず見てくるだけであった。 時間はもう夜中の2時前で、中学校の周りの道路だけあって、街灯は暗闇にバターを塗ったくらいの明るさを保ち続けているようなところである。 友人は気持ち悪がって、もちろん僕も、すぐに車を発信させた。 そのおばあさんの格好が少し風変わりなのである。たくさんの空のペットボトルの入ったネット状の袋を二つ?持ち、首から何かぶら下げて、他に色々な物を身に付けているのだ。衣服は特に変わった感じはない。 しかし、僕がそのおばあさんに出会ったのは、実は今回で二回目であった。いずれも、全く同じような格好であった。 前回見たのは、約三ヶ月ほど前のことである。大阪から最終電車に乗って帰ったので、最寄駅に着いたのが、もう夜中の一時を過ぎようとしているときであった。同じように、その中学校沿いの道を歩いて家まで帰っていると、突然脇道から呪文のようなものを唱え、手で何らかの型をつくって、僕と同じ道に出てきた。真後ろに歩き出したおばあさんと僕との距離が、およそ3,4メートルほど。さすがに不気味に感じたので、早足で歩いていくと、ちょうど影に映し出された二人の距離が段々離れていくのがわかった。すると、足音が急変し、タタタと走り出したのであった。幸い家まで50メートルほどの距離だったので、力の限り思いっきり走って走り逃げた。家の前に走りつくとすぐに後ろを振り返ると、僕の家の道に入る角で僕のことを立ち止まりながらじっくり見られていた。家がどこなのかを知られるのも嫌だったので、そのまま自分の家の前を走りすぎて後ろにいるはずのおばあさんの様子を見ていたが、ちょうど家の影で見えなくなってしまった。しかし、もう来る気配もなかったので、おそるおそる家のほうまで戻ってみたが、角で見かけたその姿ももうなくなっていたので、何とか家にたどり着くことができた。 さすがにその時ばかりは、怖かった。女性が夜道後ろから聞こえてくる足音におびえる恐怖に近いものを、男性の私が体験した。いくら相手がおばあさんだからと言って、何をされるかわかったものではない。 もし、あの時にあばあさんが短距離専用のスニーカーを履いていたら・・・と思うと怖く・・・なる前に、どんなおばあさんや!って突っ込みたくなりますね。 でも、エアーガンとかを持っていたら、本当に年齢に関係なくやられますよ。 中学校の周り、いや、夜道には十分お気をつけを!! |
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2000年07月30日 04時24分40秒
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今日はおばあちゃん家に行って、自治体主催のお祭りに行ったのです。 広場の真中には、盆踊り用の太鼓と踊るスペースが設けられていました。 中学生くらいの女の子の浴衣姿が一層、お祭りに活気を与えて、地元の人たちがまるで家族だんらんのひと時のような印象を僕に与えました。 会場についてすぐ、盆踊りの曲が流れ始めました。その曲は、なんと「あられちゃん音頭」で、僕がまだ小さい時のと変わらない選曲であまりにも定着しすぎているなあと思いました。 もし、そのあられちゃん音頭の入ったテープが伸びて使えなくなったら、次はどんな曲が選ばれるのか考えてみたけれど、結局あられちゃん音頭は盆踊りには欠かせないのだろうと、一人で勝手な想像を膨らませていました。 高校生は全然と言っていいくらい見かけられなくて、大きくても中学生まででした。僕の場合も地元のお祭りには、中学生までしか行かなかったことを思い出しました。 さて、その違いとはなんでしょう? 高校生になると、一般的には思春期のせいもあり、大人らしく、また大人ぶる時期だと思います。そして、バイトが可能な年齢に達し、自由に使えるお金ができて、行動範囲も自然と広がり、有名なお祭りに出かけるようになるのではないですか。関西では、ねぶた祭り、いや、そりゃ青森で、祇園祭、天神祭、淀川の花火大会、PL、などなど。 今まで自然とそういった有名なお祭りに足を運んでいた自分に気がついて、はっとしました。 でも、今日行ってみてとても地域と人間が混ざり合う、密着できる貴重な機会だと思いました。 僕からすると、とても最近の日本人は集団から個人へ、という傾向がとても強く感じられていたので、人と人を結ぶ橋の代わりをしているこういった“場”の存在を思い出すことができて、そしてたくさんの人が集まっている光景を目にして、とても嬉しく思いました。 さて、皆さんの今年の祭り計画はどういったものですか? |
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2000年07月30日 02時52分11秒
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| 僕が初めて中島らもの本を読むことになったのは、ちょうど一年前に引っ越した時でした。それは突然僕の前に突如と転がり出てきたのです。 そして、手にとって表紙を眺めていると、僕の何かをひきつけるモノがありました。 パラパラと何気にページを開き、読み進めていくと、「あ〜あるある、こんな時」と何度も思わされた。中島らもの鋭い観察力と、角度の違った視点から生まれてくる見事な切れ味の文章については、僕には表現方法も思い浮かばないほど素晴らしい。彼の比喩表現に注目すると、これも私達の日常生活に程なく近い題材を使い、ずばっと的を得ていてわかりやすいために、より理解が深まりやすい。 しりとりエッセイや、ビジネス・ナンセンス事典は、本屋さんで実際見ていただいてもわかるように、短いエッセイ集なので、授業中の合間、上司の目を盗んで一話と言った軽い?時間に読めるので、初めての方には向いていると思います。 でも、今は浮気して村上春樹の1973年のピンボールを読んでいます。 こんな感じに、何にもとらわれることなく好きなことをやっているので、皆さんのお勧めなんかがあれば、気軽に紹介してください。 僕は他に、海外に関して興味があります。食べ物や、文化、または、文化の違いに関して、みんなで気軽に意見の交換をできたらいいなあと思います。僕は物事に何かしらの答えは、存在しないと思っているので、考えに幅ができるような場所にここがなっていけたらと願っています。 あっ、これって全然日記じゃないですね。 じゃあ、また引き続き↓に書いておきます。 |
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2000年07月29日 22時15分48秒
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| こんなに簡単にHPが作られるなんて、すごく驚きました。 HPを作ってみたかったから、とりあえずアカウントを取得!!な。なんと簡単にHP作成ツールが置いてあったので、そのまま作成してしまったのです。 おお、今日はもう遅い・・・。 明日は朝一に眼科に行かないといけないので、 まだHP拡張に未練があるものの、床に着くのであった。 |
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2000年07月29日 04時01分55秒
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