安田旧庭園(横網1−12)
かっての大名庭園の名残りをとどめていた、旧安田善次郎邸であった。
昭和46年5月、元禄年間の名園そのままに復元オープン。
潮入り池の水は、隅田川からではなく地下貯水槽からの浄水槽からの浄化水となっているが、豊かな緑を水面に映して、ゆったりとした水辺の憩いの空間を馬で渡った阿部豊後守が一息入れたといわれる駒止石や、晋吾雲何句碑、芭蕉の句碑がある。
東京慰霊堂(横網町公園)
慰霊堂

この公園は「横網町公園」という名のほか「被服廠跡」「東京都慰霊堂」「東京都復興記念館」ともよばれています。そのいづれもが、この公園の歴史を物語っています。
大正11年(1922年)、東京市は陸軍被服廠跡の移転に伴い、跡地を買収し公園の造成を進めていました。その最中に発生したのが、翌12年9月1日の関東大震災、その時この界隈の人々が被服廠跡に避難しましたが、運び込まれた家財道具に飛火し、折からの風速17メートルの強風に燃え拡がり、多数の焼死者がでました。
避難者の霊を供養し、さらに東京を復興させた大事業を記念するため、公園内に慰霊堂と復興記念館を建てました。その後、東京大空襲の犠牲者である一般戦災者の霊も安置することになりました。
公園は、日本庭園、語りべの広場、朝鮮人犠牲者悼碑、青嵐句碑、震災避難児童弔魂群像、弔霊鐘と鐘桜があります。