2月1日は、私の大切な
クララ
の命日です。
クララというのは、14年半共に暮らした、シャム猫の名前です。
今回は、このクララとの出会いと別れを綴ります。
ある日、母が、『シャム猫のコネコ譲ります』
という記事を見て、私と弟に相談して来た。
「ネコを家で飼おうか?」
私と弟は二つ返事でオーケーした。
父は動物が苦手なので、3人だけの強行突破だった。
早速電話をして、シャム猫を飼いたいと意志表明した。
3月の事だった。それ以来一向に連絡がなく、
もう忘れかけていた頃の8月に、突然連絡があった。
「今まで、人選に人選を重ね、遅くなりましたが、
27日にシャム猫の牡を持っていきます」 と。
家の母の電話応対が、とてもやさしそうな人と言う事で、
家に決まったらしい。27日を指折り数え、
やっと来たと思ったら、以外や以外、
子猫と母猫が一緒に来た。この母猫がクララ。
子猫が母猫から離れたがらないので、
一緒に飼ってほしいという事。
話が違うじゃないと思ったけど、
しょうがないので、2ひき飼う事になった。
後からわかった話だけど、
家でねこを飼えない事情が出来たらしく、
家なら引き取ってもらえるだろうと、持って来たらしい。
クララにしてみれば、飼い主に捨てられて、
家に来たって事で、人間不信に陥ってたのだろう。
昼間は私達を警戒して、近寄って来ない。
でも、夜中になったら、寂しそうに泣き出す。
猫を飼った事がなかった私は、
どうしてあげたらいいのか解らず、
無我夢中で、夜中1時頃から朝まで起きて、
クララの側で、ずっと背中をなでて慰めてあげた。
夏休み中だから出来たんだけど。
明日から学校という日の前の晩から、
大分家にも慣れて来ただろうと言う事で、
繋いでいた紐をはずして、
また夜中泣き声で起こされるだろうと思いながら、寝た。
そしたら、寝ている私の所にクララが来て、
一緒に寝ようとする。ビックリした。
私のベッドは二段ベッドの上で、
側に置いてあったオルガンずたいに上がって来たのだった。
どうして今まで繋がれていたから、家の様子なんてわからないはずなのに、
私のいる場所がわかったんだろうか?
その日から、私達は、ずっと一緒だった。
家族が一緒に寝ようと連れていっても、
絶対に私の所に帰って来てくれた。
この事があって、私達は、お互いに信頼しあった関係になった。
もう、私の中でクララは猫ではなく、一個の独立した人格であった。
常に側にいてくれて、常に愛情をくれて、素敵な思い出を一杯くれたクララも、
遂に逝ってしまうと分かった時、私は私の一部を取られるような辛い思いをした。
せめて私の誕生日まで生きてと、言ったけど、寂しい目をするだけだった。
病状が日に日に悪化して、とうとう動けなくなった時、覚悟を決めた。
せめて笑顔で、お別れしようと。
次に会う日を楽しみにしている親友のように。
意識のあるうちにクララに、「今まで本当にありがとう」と心から言った。
次の日、もう、意識もなくなっていたクララは、
最後の命の炎を必死に燃やしているようだった。
その時、奇跡は起こった。ずっと、側にいて喋りかけていた私と母に、
「にゃー」とはっきりした声で、泣いた。意識がもうないはずなのに。
その声は、「ありがとう」とも「またね」とも、聞こえた。
それから1時間後のp.m10:51にクララは、逝ってしまった。
クララほどの存在が、もう得られないと家族は知っているので、
動物は飼わない事に家族会議で決めた。
その日から、日常会話の中で、普通にクララの名前は出てくる。
思い出話しをしているのではなく、そこにあたかもクララがいるように。
私達家族にとっての、クララの存在は、大きすぎて説明できないけれど、
動物を飼っている人なら、この気持ちは理解出来るでしょう。