私の70年の歴史
昭和6年 1931年 麹町区(現千代田区)生まれ
昭和11年 1936年 5才 自宅前の道路の角々に土嚢が築かれ反乱軍が銃を構える中を
伯父に負ぶわれ避難した五一五事 件
昭和16年 1941年 10才 アメリカ、イギリスと開戦
、中学2年 学徒動員で港区 ヤナセ自動車で働く
昭和20年 1945年 14才 アメリカの空爆により、5月25日千代田区平河町の自宅を焼失
同年8月戦争終結
昭和28年 1953年 22才 千葉大建築学部卒業後、東京都庁20年、西武セゾングループ15年
で退職、自営で現在に至る。
生育期の小学生時代からの10年は都市の中では食糧は無く、本も自由には買えず焼け出された
街での楽しみは麹町から戦災を受けなかった築地まで風呂に行く事だった事が思い出される。
戦後すぐの街は、田村泰次郎の小説「肉体の門」に書かれた、アメリカ軍人と腕にすがる女性が
有楽町駅周辺のガード下にたむろしていたり、ラジオドラマ 「君の名は」で名をはせた、数寄屋橋
もまだ其のままで、通学路(東京工業専門学校)だった事が思い出される。