■ 「あのおばあちゃんの店」(著者:トミ)
僕が幼稚園から小学生入りたての頃、2つ上のいとこの兄ちゃんと、近所のたあく
んの、河内花園駅前悪ガキ3人トリオが、よく遊びに行っていた、あのおばあちゃ
んの店は、今はもう、ありません。
幼かった僕たちは、店の名前が分からず「あのおばあちゃんの店」と呼んでいまし
た。店は駄菓子屋さんで、ベッタンやビー玉、ゴム人形など、僕らの遊び道具が沢
山並んでいて、まさに僕らの宝箱でした。
当てものも沢山あったのを覚えています。3人で当てものをした時、僕だけハズレ
て悔しそうな顔をしていると、オマケに少しいいものに交換してくれました。
店を閉めるという噂を聞いた時は、残念でなりませんでしたが、おばあさんは、僕
らに、ビー玉やゴム人形などをいくつかプレゼントしてくれました。
今思うと、あのおばあさんは、僕らの事を自分の孫のように可愛がってくれたのか
もしれません。
あれから十何年か過ぎた今でも、あのおばあちゃんの店があった場所を横切ると、
当時の事を思い出すことがあります。
■ 「駅前の顔(第1回)」(著者:透明人間サミー)
近鉄の高架で河内花園の駅前がまた変ることになる。いつのことやらわからんが。
私が幼少の頃、駅のホームの位置は、不二家と駐輪場の前にあった。
学校の遠足に行くのも、この広場で集合したことがある。
反対車線は、喫茶店「コーヒーK」の前にあり、囲いの隙間からホームに入れる
ぐらいだった。
当時は車両も4両編成だったが、6両になるときに今の場所に移った。
昔は駅前のマーボのところには「藤波さん」というふつうの民家があった。
再開発の会議で藤波さんにお会いすることがあるのは、今もどこかに土地を持っ
ておられるからかもしれない。
COSMETICS NAKAIの前には、岡島採取場(いまはなくなった岡島園芸の前身で種や
苗を売っていた)があって、「ショッピングランド花園」はもちろんなかった。
今のショッピングランドの前のホームの下の部分は土手になっていて、春にはつ
くしも出て、つくし取りをしたこともある。
不二家さんは当時パン屋をやっていて年末には餅つきをしてお餅も売っていた。
コトブキさんは雑穀屋をやっていて、秋になるとおじいさんとおばあさんが焼芋
も焼いていた。
双馬亭のところは今の主人のお父さんがやっていて、うどんやお寿司お好み焼き
もあった。
回転寿司の水軍(もう閉店しましたが)は高椅歯科があって、フミヤさんのとこ
ろは、中川さんという下駄屋さんがあった。
フクダさんとCOSMETICS NAKAIだけは形は変ったが今とお同じ商売をしていた。
■ 「思い出の踏切り」(著者:やじうま)
3人の子供を岩田保育所に預けてていましたので・・・6年前に終了(約15年間)
花園バスターミナルの所の開かずの踏切り周辺には思い出が有ります。
踏み切りが現在の広さに拡張される前、大阪ガスまでの道が開通していなかっ
た頃踏切りを渡ってすぐ右向かいにパチンコ屋が有りました。人に聞いた話し
では昔映画館だったと聞いています。
そして踏切りの所に交通安全の地蔵が立っていますが、かなり昔花園駅で電車
の大事故があり多くの方が亡くなられたそうですね。
たまたま今年の6月高校の同窓会で当時の校長先生(生駒在住、現在86歳)と東
大阪の話しをしている中で、その事故の電車に乗っておられたとの話しを聞き
びっくりしました。
■ 「駅前の顔(第2話)」(著者:透明人間サミー)
昭和20年後半から30年代にかけて、当時の花園商店街(ラボモール花園)は東大阪
でも布施に次ぐぐらいに繁盛していて、奈良県の生駒辺りからも買物に来られてい
た。
空き店舗もほとんどなく、魚屋さんも八百屋さんも肉屋さんも2店以上あってお互
いに競争しながらも繁盛していた。
夏になると、店の前に涼み台を出して、ステテコ姿のおっちゃん達が将棋をして楽
しんでいた。
朝早くから夜遅くまで店も開いていたが、今の時代のようにせかせかしていないの
で忙しいながらも気分はのんびりしていた。
駅の南側の「じゃんぼ花園」はもちろんなくて、辺りはほとんど田んぼで、後に住
宅地になって今に至っている。
線路の北の「さくら通り」は当時どぶ川が流れていて、その隣には芝居小屋があり、
旅芸人の一行が芝居をやっていた。
私もその芝居小屋でなにかやった記憶がある。学芸会だったかなあ?
その芝居小屋は後に映画館になり、パチンコ「三春会館」になり今に至っている。
映画館といえば「ショッピングランド花園」の横の駐車場の辺りにもあった。
当時はテレビも無い時代だったので大衆映画が全盛だった。
■ 「花園の印象」(著者:masu )
花園・・・と聞いて真っ先に連想するのは「スクールウォーズ」かな。
このドラマを毎週見てて、幼少ながら
「う〜ん、これが青春だ!!」
「イっ・イソップぅ〜死ぬなッ!!」
「和田アキコのエプロン姿に結構ドキッ!!」(「永○園広東風カ○タマ」のCM
を見たら、もうメロメロ(オイ))
などと色々な事を思いながら、よくブラウン管の前で感泣したものです。
(かなりマセガキ)
前振りが長くなりましたが、そんな私が初めて花園に来た時の第一印象は
「思ったほどラグビー色が出てないな」でした。
確かに「ラグビー酒場」などもあるのですが、
町全体で見るとやはり「普通の町」と言う印象が強いかな。
素人意見ですが、もう少し「花園特有の施設」みたいな物があったらいいのでは?と
思いました。
そうそう、駅近辺には美味しい食べ物屋が沢山あって、
私の様な「くいしんぼう万歳野郎」には堪らないですね。
機会があれば、是非食べ歩きをしたいと思います。
■ 「ちょっとした自慢?」(著者:トミ )
我々、花園(もしくは、その近郊)に住む者は「東大阪市立 英田中学校」に
フリガナをつける事ができます。
さて何と読むのでしょうか?
わかりますか?
わっかるかなぁ〜?
わっかんねぇ〜だろなぁ〜
大半の人は「あいだちゅうがっこう」というフリガナをつけると思いますが、
実は、これで「あかだちゅうがっこう」と読むんです。
すごいでしょ!?
実はここ「英田中学校」は、僕の母校なんです。
僕が3年生の時にエンジョイしていた教室がある校舎は、今はもうありません。
僕らが最後だったのかな?結構、思い出深かったんだけど・・・
いまは綺麗な校舎になってます。
■ 「変わる花園・変わらない花園」(著者:ビッグレッド )
もうすぐ再開発が始まる花園は、私の生まれた町です。
正確には「玉串元町」になるんですが、小学校が「花園小学校」だったので、
まあ勘弁してやって下さい。花園に生まれ育った事でラッキーなのは、なんと
言っても「花園ラグビー場」のお陰で日本中にその名が知れ渡っていること
です。
特に私が通っていた大学は、ラグビーの名門校でファンが多いので、
「花園の生まれだ」と言うだけで「えーあの花園!凄いねー」と言われるので
誇らしかったものです。
ただ京都の花園と混同している人も多く「えっ?花園ラグビー場って大阪にあるの?」
と言われることも多かったですが...
昨年の正月、久しぶりに花園を散策しました。よく通った駄菓子やスーパー、
それに一年生の時使用した小学校の木造校舎などが無くなっており、時の
流れを感じました。毎日野球をして遊んだ原っぱ(「ちびっこ広場」と呼ばれて
いた)は、とっくの昔に別の小学校に変わっています。
再開発により、今住んでいる人が住み易い、活気のある町に変わって欲しいと
思う反面、昔ながらの懐かしい顔も少しは残しておいて欲しい。よそ者の勝手
なノスタルジーと叱られそうですが、そんな風に思っています。
「昔のアルバムより」(著者:トミ)
ラグビー場の近くに住んでいる、おばちゃんの家で、昔の写真を何枚か見せて
もらいました。
そこには昔の花園の姿がありました。いまの花園の面影はまったくなく「ここ、
どこ?」というような写真ばかりでした。
今では桜通りといわれる道路になっているけど、このあたりにあったドブ川も
もっと昔は澄んだ水が流れていたんだろうなぁ。
そういえば、小さい時にこのドブ川の横道を通って、近畿自動車教習所の横に
あった広場までよく遊びに行ったものです。
そこの広場は、いまでは駐車場になってます。
「裏野球」(著者:トミ)
別に悪いことをする野球ではない。
家の裏道でやるから「裏野球」というのだ。
道幅は1メートルちょっと。それでもバットをおもいっきり振ってた。
ゴムボールをプラスチックのバットで打つ程度なので、ボールはあまり飛ばない。
まして小学生の力だから、10メートル飛んだらいいところ。
1チーム9人もいらない。1チーム1人で十分遊べるスポーツ。
それが「裏野球」なのだ。
その裏道は、とても狭く、今思えば、よくこんなところで野球が出来たな・・・
という感じがするぐらい狭い。
そしてもうすぐ、この道はなくなり、広い道になる予定だ。
「一力神社か!?」(著者:トミ)
ホントに、つい最近の話ですけど、これは一生の思い出話になるかもしれない。
僕が就職活動をしていた頃の話、何社か受けたけど、自分の希望していた会社
になかなか入れませんでした。
そんなある日、昼食を河内花園駅前の一力食堂に食べに行きました。
ここの玉子焼きがうまいので、玉子焼きとキムチとご飯を注文し、最後に余った
ご飯にお茶をかけて、お茶漬けをしました。とても美味しかったです。
空になった茶碗に、ヤカンのお茶をそそぐと、なんと!なんと!!なんとォ!!
茶柱が1本、竜のおとしごのようにたっているではないかぁ〜〜ッ!
何かいいことあるんちゃうか?と思ってたら、その夜、希望していた会社から
内定の電話が入りました。茶柱パワーおそるべし!
ホームページ管理:Osamu Nakai o-nakai@cnakai.com