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癒しの楽器 パイプオルガンと政治 草野 厚 著(文春新書)  15.2.18. 



          
 確か筆者はODAについて新書本を書いている人だと思っていたので、こうした「文化行政」(?)の分野について著書をものしているというのが、意外な感じだった。
 

 で・・・ほとんど一気に読みきった。
 切り口は鋭く、いままで知られていなかったこの分野における「問題点」を、見事に炙り出したという感じだった。
 

 そもそも、「パイプオルガン」がコンサートホール等に付き物のようになったのは、いつごろのことだろうか・・

 六本木に「サントリーホール」ができた時、あのワインヤード方式のホールがとても斬新な感じだったのと、ベーゼンドルファーというピアノ、更にはホール内に設置されたオルガンの存在が、とても印象的だったことを、今でもはっきり覚えている。。就職してしばらくした頃のことだったっけ・・・

 自分の印象としては、「サントリーホール」後日本のあちこちでオルガンが付置されたホールが建設されていったように思えるのだが。。。
 

 ま、それはともかく、本書では、自治体等のホールにおけるオルガン設置の経緯やビルダー選定の経緯に的を絞り、「問題」を指摘したものである。

 具体的には、オルガンやその器であるホールの設置には首長の意向が強く働いたことや、ビルダー選定には特定大学の特定の教官が関わっていること等を指摘して、検討が十分だったかどうか、また選定は公正になされたのかどうか、こうした点について、本書は、実は疑問を投げかけているのだ。
 

 多くの地域の事例について、実証的なデータや証言をもとに、そうした「問題」を極めて具体的に明らかにしている点が、この本のすごいところだと思った。

 圧巻だったのは、国立のG大のオルガン購入の経緯だ。
 技術面での検討を行う委員長がビルダー選定の委員長と兼務であったのだが、それは国立大学を所管する文部科学省の会計執行面での通達違反であることを突き止めたのだ。そして文部科学省会計課の担当官から、「事前に知っていたら呼んで事情を聞くべき話だった」という証言まで引き出しているのである。
 ちなみに、その兼務している教官は、この本の中で、あちこちの自治体のオルガン導入についての選定委員を務め、特定のビルダーのものを推奨している人として、名指しされている人である。

 そういえば、G大学といえば、20年ちかく昔、大変著名なバイオリニストの不祥事があったなぁ、と思ってしまう(本書にも触れられていましたが^^;)

 やっぱり、芸術家は、芸術に打ち込んでいる分「純粋」であり、かつ行政手続きなどにきっと配慮がないから、無防備にそういう事態を招いてしまうのだろうか・・・・
 

 いずれにしても、本書は、大学の研究者のというよりジャーナリストのすべき仕事のような気はしないではないが、とにもかくにも、すばらしい「実証研究」の成果だと感じられました・・・
 
 

 しかし、私はこの本を読みおえて、ある別のことを思わずにはいられなかった・・・

 それは、この本の中でもちょっとだけ触れられていたが、オルガンにしてもホールにしても「首長が設置しようと思えば設置できるという状況」についてである。
 自分の理解では、本書が指摘する問題の根本には、そうした「状況」があって、パイプオルガンに関してこの本が指摘したのは、その状況が生み出すもろもろの問題の一部でしかないのではないかということである。
 

 「首長が設置しようと思えばできるという状況」というのは、地方自治体がハコモノを建設する場合に国から非常に手厚い支援を受けることができた「状況」である。

 その「支援策」とは一言で言うと、こういうことだ。

 すなわち、地方自治体はホール等を建設しようとするとき、建設にかかる経費を確保するため地方債を発行することができるのだが、ある仕組みが適用されると、その償還(すなわち借金の返済)に充てる費用の非常に多くの部分を、国が面倒を見てくれるのである。

 自治体が地方債を発行するときには国(昔は自治大臣)の許可が必要だった。
 国はその許可の権限と、地方交付税交付金という財源を地方に配分する権限を組み合わせ、そうした支援策を構築したのだった。
 ちょうど1億円のバラマキの「ふるさと創生」という事業があったころと時期が重なっている・・・

 しかも地方債は、理解に誤りがなければ、一般的には国が引き受けてまで見つけてくれることが多かったはずだ。
 したがって、自治体としては、この仕組みのもとで「自治大臣の許可」さえもらえれば、ホール建設のための借金ができ、そのお金を貸してくれるところを国に見つけてもらえ、更には、その返済についても、全部ではないにせよ、国に面倒を見てもらえるのである。

 こんな制度ができたら、自治体はこぞってハコモノ建設に走るに決まっている。
 なにしろ元手なしで、ど〜んと立派なホールなどが、零細な自治体にもできてしまうのだから・・・
 

 そして、重要なことは、この制度は自治体の独自性を極めて大切にしているということだ。

 文化庁も「補助金」という形でホールの建設の支援を行っていたというが、多目的ホールでなければいけないとか、小さな村などには出さないとか、いろいろな条件があった。

 ところが、この「地方債発行許可+地方交付税交付金」という支援策は、そんな「規制」はない。
 極論すれば、小さな村でも、すぐ隣の自治体に立派なホールがあったとしても、ユニークだが使い勝手が悪いものであっても、支援がうけれたのである。

 その結果、全国津々浦々に、「分相応」な立派なホールが次々に建設されたのであった。

 ホールにかぎらない。体育館だってそうだし、とにかくいろいろな「ハコ」が極論すれば田んぼのまんなかや山奥にまで、全国津々浦々、たくさんできることとなったのだ。
 

 しかしねぇ・・オルガンのようなものでも、この本が指摘しているような「問題」があるというなら、他のハコモノ、公共事業ではいったいどんななんだろうか・・と、思ってしまう。

 オルガンの事例は、芸術文化に関する事項であり、かつ大学の先生が当事者となっているから、ちょっと人目を引くが、推測だが、この手の話はほかにも全国各地にたくさん転がっているのではなかろうか・・・
 ・・・というか、オルガンの話などは可愛い話で、もっと重大な話がたくさんあるのではないかという気が、しないではない・・
 

 思うに、決して自分がこつこつためたお金で、ハコを作ったわけではないのだ。
 思いもかけず、手にすることができたカネ・・に近いのではないか・・

 自分のお金なら、よく使い道を検討して、無駄な施設は作らないだろう。
 執行に当たっても、よそで評判の悪い楽器は購入しないはずだ・・

 なんだか自分には、基地対策その他公共事業で立ち退きを命じられたり、補償金をもらった人たちが、そのお金を無駄に使ってしまって、結局後には何も残らなかった・・・という話に似ているように見えてならない。

  
 なお、「地方交付税交付金」は、所得税や法人税の一定割合が自動的に充てられるのもで、もともと国の税金だ。

 誤解を招く言い方かもしれないが、いいかげんな計画で作られたどこかの地方のホールの建設には、その自治体と全く関係のない住民や企業が支払っている税金が使われているのである(もちろん所得税等国税の一定割合は「地方財源だ」という考え方はありますけど・・)。

 で、国も地方も大きな借金・・地方財政にとっては、膨大な地方債の発行残高がのこった・・
 挙句の果てに行政コストを下げるための合併の薦め・・合併しないと「交付税」が減らされてしまうんだと^^;・・
 ・・・いや、合併すると交付金が増えるのだった・・・
 

 こんなことをあれこれ思うと、日本の「地方自治」とはなんなんだと思ってしまう・・・
 ぜんぜん「自治」になっていないじゃないか・・

 おかしな「自治」の制度と、いいかげんな首長(あるいは「いいかげんさを誘う行政手段」?)・・問題の根本は、ここに尽きる・・
 

 なお、「地方債発行+交付税措置」には、更にもうひとつおまけがある。
 閑古鳥が鳴くという批判に答えるために、国が肝いりで公益法人を設立して、自治体が実施する文化事業にも支援をはじめたのだ・・・
 借金の貸し手を見つけてくれて、返すお金も手当てしてくれて、おまけに、建設後の「ランニングコスト」まで面倒を見ているのである!
 国と地方の関係って、いったいどうなっているのだろうか・・
 ここまでくると、呆れて物も言えない・・・

 しかも、この財団は地方から会費を徴収したり、宝くじのお金を入れたりしているが、国の官僚の天下りポストまで用意しているという・・・
 
 

 「癒しの楽器 パイプオルガンと政治」では、以上のような「問題」には突っ込みを入れていない。
 もともとそうした「制度論」は著者の関心の外であるのだろうか・・

 しかし、読みながら、問題の根っこは、ここだっと、私は何度となく叫びたくなっていた^^;