ここでは、あまり知られていない歴史の裏話を紹介します。
なお、全部本当です。
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No,2 婆さん避けてお堀に落ちた日本初の車
日本に初めて自動車がきたのは1900年。
サンフランシスコ日本人会が大正天皇(当時は皇太子)のご成婚記念に
発明されたばかりの自動車をおくったものです。
高田商会が早速組み立てて試運転♪
が、「馬のひいてない馬車が走ってる!」と老婆が近づいてきたため
ハンドルを切り損ね堀の中へボチャン。
・・・宮内省は当然、ご乗用不可としたので、
日本初の車はあっけない最期をとげてしまった。
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No,3 佐々木小次郎、ヨボヨボ?
1612年、巌流島にて勝負した”武蔵vs小次郎”
小次郎といえば美剣士というイメージがありますが
武蔵との決闘の時、すでに老齢だったと思われます。
逸話から推し量ると、60〜70代。
武蔵は29歳だったので・・・勝負はもうついてた?
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No,4 家康、鯛の天ぷらで死す
これは結構有名ですね。
当時、最新のグルメ「鯛の天ぷら」。これがおいしい!(らしい)
バクバクたべて、腹痛をおこし、
1616年没。英雄も人だった。
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No,5 室町幕府、将軍をクジで・・・?
本当です。
室町幕府四代目将軍、義持は我が子に将軍職を譲りました。
が、その子が19歳で死んでしまいました。
また、義持も病に倒れてしまいます。
困った幕府の首脳は、義持の余命が後わずかと分かり
次の将軍を決めようと死の床にある義持におうかがいをたてるも
「もう子はいない。だから勝手に選べ」と投げやり。
そこで義持の兄弟四人の中からクジで決める事にしました。
・・・皆、真面目だった。
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No,6 庶民も苗字を持っていた!?
江戸時代、苗字は庶民は持ってはいけなかったというのは常識だったのですが・・・
半分あってて、半分嘘。
半分というのは表向きでは禁じられてたけど
実はたくさんの人がもってたのです。
いろいろな記録にたくさん残ってます。
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No,7 ライト兄弟は5人兄弟
ほんとです。終わり。
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No,8 マッチは産業スパイによってできた
日本でマッチが民間に広まったのは1877年ごろ。
その後、中国などに輸出するようにまでなった。
この国産マッチ製造に協力を頼まれたのは、留学生の清水誠。
当時、安全マッチはスウェーデンのヨンコピンク社の発明で、
製造法は企業秘密。見学不可。普通じゃ教えてもらえない。
そこで清水はヨンコピンク社に資金を出してる金融筋を動かして見学許可をもらい
新聞社にも手をまわしカモフラージュ。
工場も秘密を盗まれないよう必死になるが、清水は大事なとこはつかみとって
マッチ製造に着手、成功。
・・・そのご彼は数々の賞をもらったそうな。
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No,9 昔の人の歩き方は・・・
現代人は両手を振って歩きますが、これは軍隊の歩き方が
日常に定着したもの。江戸時代は皆、手を振りません。
武士は左手で左袖、右手は扇。それを袴のひざにあてて上体をのばして歩きました。
農民は胸の前で腕を組み歩き
商人は前掛けを巻き上げ、その下に両手をいれたり
前で両手を合わしたり、握り合わせて歩きました。
ヤクザは右手を袖の中。左手は袖口を持ったり帯に差し込んだり。
大家さんは両手を後ろに組んで歩き。
浪人は右手がふところ手、左手は左刀。
・・・ドラマではほとんどされてません。
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No,10 赤穂浪士は悪役だった
忠臣蔵の浅野内匠頭といえば「名君」というイメージがありますが
これは人々が美化した結果です。
1701年、浅野家断絶のとき領民は大喜び。赤飯を炊いたりしています。
また、松の廊下の刃傷事件も浅野内匠頭の逆恨み。
朝廷から江戸に来る勅使の接待役だったのですが
そのためのお金をケチったのを吉良上野介が当然注意したのを
怒って斬り付けたのです。
・・・小刀はまず突くのが基本。基本すら忘れた浅野内匠頭だった。
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