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高校生の時、「君にはクリエイティヴィティがある」
と学校の先生に言われた。それは僕にとって最高の賛辞だった。
しかし、他の先生からは、人から学ぶことも大切だよ、と言われた。
そんなんわーっとる。僕は学んでいるし、学んでいた。
老子だったか。学びて考える。それを僕は実践してるつもりだ。
表現する場合。人が言ってる事書いても意味無いだろう。
表現する場合。独自的になるのは当然であり、その裏では「学びの姿勢」があることを
その先生は、わからんかった。まあそれが普通である。
世の中の95%は独自性の無い文章で溢れており、だからこそ大衆は理解できるのである。
つまり処世と商売。それが目的であることを認識した上で本を読んでる人は少ないだろう。
表現とは独自。独自でないなら、表現ではない。ただの記述にすぎない。
クリエイティヴィティがあるというのは誉めすぎと思う。
オリジナリティは、比較的あると思う。
オリジナリティしかない、だったら、笑える。
そうかもしれない。僕は僕次第だから。
自分しかない。
自分しか見てない。
自分のことしか考えていない。
でも僕はエゴイストではないと思う。
僕は優しいと思う。
僕には正義感がある。僕は弱い。でも弱者代表として多数派を倒すべく努力している。
もはや一人の人間など敵ではない。
名文の歴史
「金より自由、愛より自由、幸福より自由」
高校。国語のテストで椎名誠のある文に対して感想を書きなさいという問題?があって、
その文章が論理的におかしかったので、「感想を書く価値の無い文章」と書いて提出
したら、何故か詩を書いてくることになって、上記のタイトルで詩を書き、それについて
解説まで書いて提出した。僕は詩人ではなく思想家なので詩よりも解説の方が重要
だった。国語担任の若い女教師に理解できたかどうかしらないが、返ってきた作品に
採点してあって、100点だった。その後彼女の僕に対する態度が変わったが、
僕のタイプじゃない(笑)
「怠け者のまだ筋の通らない言い訳」
高校の生活体験発表という催しの為に書き下ろした。選ばれた者は
その作品のタイトルが壇上に掲げられた舞台に立って全校生徒の前で読むという
苦行に耐えるのであった。僕はその日、休んだ。作品を練り上げようと頑張りすぎ、
寝込んでしまったのだ。まあ、タイトルが一番秀逸で、内容は(笑)
「私という文化」
まだ書いてない(笑)
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