日記

03
8/22
朝、テレビつけたら「ひきこもり」がテーマの番組やってた。
僕の意見としては単純に、甘えてる、金持ち、ということでしかないと思う。

オタにもヤンキーにも一般ピーポーにも現実主義者にもなれない。
何にもなれないから、苦しい。というのが、引きこもりにはある。
単なるオタなのに能天気な奴よりマシと言える。まあ働かずに落ち込んでるのは
やっぱ最低だが。
つーことはいかにして自分を肯定するかという問題になると思う。
「自分」以外の何かになっちゃって苦しみから逃れるのが「普通」である。
逃れられずに苦しむのが、ひきこもり。
「普通」は大いなる問題を抱えているが、多数派であるため問題にならない。
ひきこもりから見て、オタ、ヤンキー、一般ピーポー、
現実主義者(学歴職種重視や集団主義など)という各種鎧を身にまとってる人間が
恐ろしく見えるのは当然。
(正確には、何かになれば何かに属せるから何かになる。たとえ「着ぐるみ状態」でも、
精神的に独立して生きれるのであれば立派である。何故自分であることが苦しいか
といえば、自分であればあるほど周囲との調和が難しくなり、孤独に陥りやすくなるからであ
る。寂しさが人と人を結びつけるわけだが、精神堕落の危険を多分に孕んでいる。
精神が独立していなければ、対話など成立しない)
各種一般ピーポーには「自分」が無い。あるいは隠蔽している。
僕はめんどくさがり屋なので、そのまんまで生きている。恥ずかしいという意識はある。
でも、めんどい、プラス、「自分のあるがままで生きようキャンペーン」の先導に
立つのだという気概がある。
僕は変人だ。無意識に生きているかわいい女の子たちにいつも笑われているのだ。
何故それに耐えられるのか。ナルでめんどくさがりで革命者だからだ。

僕は気持ちのダイナミックレンジが大きいので、人知れず疲れる。
だからずーっと落ち込んでる人の気持ちもずーっと能天気な人の気持ちも
分かる時もあれば分からない時もある。
ただ、すべての人や自分に対して言えることは、それでいいのか?ってことだよね。
ヒッキー(あ、こういう呼称においては好きでヒッキしてる人も含まれるのかも)
は意識上不幸なので、それでいいのか?と自分に1500回位問いかけてみるのはかなり
有効だと思う。
無意識に生きてる人にそれでいいのかと言っても効果なし。
「は?」で終わり。
みんな正気じゃない。

8/17
夏休みが終わった。やるべきことがやれたか。
後悔度60%。前回の春休みは後悔度80%。良くはなっている。
部屋の掃除がしたいが、すでに深夜2時
8/10
ボブチャンチンが負けた。体系に親近感を感じていただけに
自分も衝撃を感じた。ミルコのハイキックを意識しすぎると、ボブチャンチンの良さが
無くなってしまうかもしれないが、再戦を希望するほど意欲的であって欲しい。全く
かなわないなんて思わないで欲しい。
桜庭はなんでシウバにこだわる?逆に
もう桜庭は終わってるからシウバとしかやらせないのか?
吉田と田村なんて吉田が無駄な消耗するからやめろ。
あと猪木は消えろ。小川も猪木のことは忘れろ。
打撃の時代到来?
TKOってKOじゃないと思う。だからミルコはサップに完勝したわけではないと
思うのだが。


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