2004/9/4

今がいとおしい

明日は、来ないかもしれない

君に今夜という言葉は
存在しないかもしれない

これが最期かもしれない

君という存在が、次の瞬間
消え去ってしまうかもしれない

君という体が
明日には影になっているかもしれない

もしかしたら
今の君は、もう過去の
幻影なのかもしれない


そう思うのは何故・・・

生きている実感を
狂おしく捜し求めて

まぶたを閉じたくなくなってしまう

2004/9/3

歴史を築く実感。

私は、ある日突然
感じ初めた。
今も感じ続けている。

それが真実でも
思い込みでも
どちらでも構わない。

毎日、朝起きて
そう心に響く。

自分がそんな
大それたことを
考えてしまうなどと
想像すら出来なかった

上野と私の
毎日の生活は
何も予測できず終いで、
ひたすら、突き進んでいる

歴史の一部であると
心臓が訴えてくる


だけれど、
私達は、無論
大きな人間ではない。
肝っ玉の大きい方でもない。

いつも、全身で
日々の変化を受け止めている

怖くてしかたのない夜は
数え切れない


そんな人間たちで
歴史は創られるのか。
私にはわからない。

わからないまま
ただ歩くだけ
ただ歩くだけ


2004/9/2

上野は、働く。
来る日も来る日も
働く。

今日も、明日も、あさっても
働き続ける。

急がず、走らず

ためらうことさえせずに
ただひたすら
歯を食いしばる。

上野が筆を握る
そんな時間は、
一日のほんの一瞬だけだ

それだけが、この男に
唯一、許された
限られたチャンス

だが、知っているだろうか
上野の絵は、
育っていく。

前に進むというより
進化している。

自分に与えられた
極々小さな
神からの機会を

この男は
心から感謝している
筆を握りしめている

彼の絵が進化していく・・・


2004/9/1

たとえば、交差点で。

行く先、信号が
全部青になるとき

前に真っ直ぐ
歩けたとき

思い通りに
向う岸へ
着けたとき

それは、偶然である。
それは必然でもある。
全て上手くいっているような
錯覚におちいりそうになる

だけど、たどりついた岸で
君が幸せかどうかは
わからない

運命とは別問題である。

2004/9/4

一日、一日が勝負。

今日という日がチャンス。

そのチャンスもいつまでも
あるわけじゃない。

一体何に向かって
走っているのか。

何に向かって突っ走るのか。

走者に、
一日の中で、
立ち止まる瞬間は
与えられない。

考え込んだり
戸惑ったり
落ち込んだり
怖がったり、
したくても

そんな自分を
一瞬で乗り越える

そんな連続。

私は、加速している。

2004/7/18

その画家と
私は話さなかった

しかし私の心は
聴き取っていた

口にはせず、
その男が心の奥で
つぶやいたことを

口から零れる
言葉たちは

一瞬にして
その恥じらいを失う

沈黙こそが
その画家の本音であった


2004/7/16

まだまだ、
こんなものでは
納得できない

僕にはやるべき仕事が
山積みだ

今日は、ビールも一杯だけだが
10年後にはワインで乾杯

体中から、汗がフキあふれても
僕は、この絵のことが心配だ

日が昇って、日が沈んでも
僕は、この絵があきらめきれないんだ


まだ未完成のこの瞳、
何故に太陽は日を照らすのだ

曲がってはならない、白い線
何故にこの手は震えるのだ

僕は、とにかく
あきらめきれないのだ

2004/7/15

それはある日、
突然やってくる。

人生をカウントダウン
し始める日


足し算が
引き算に
変わる日

失うことを
受け入れられなく
なる日

10年も20年も
過去を振り返って、
架空の青年を
演じる日

戻りたくも
ないはずなのに、
似非物語を
語りはじめる日

これまでの
私を全部
精算しようと
往生際が悪くなる日

時間は誰にも
とめられない

過ぎさった月日は
取り戻せない

ならば、
私は声に出さずとも
そっと波に訊いてみよう

“私の人生を
あなたは愛してくれるか。”


2004/7/14

あなたがその向日葵だった
そうなのだ。


その汗ばんだ手で、
それがあなたなのだと
確かに判った。


髪も、指も
ジーンズの破れも
油にまみれて
あなたらしい

そうなのだ
夏の太陽を待ち焦がれる
油の原石が
ここにいたのだ


2004/7/13
先日の講座風景が、
サイト掲載されました。
関心がおありの方は、
「京都の30歳!」サイト内
京都橘女子大学交流会を
御覧下さい。




2004/7/13

この世に7月13日を
特別な日だという人が
たくさん生きている。

私は、何人も
そんな人に出会っている。

知り合うたびに
響き合って、
投げ掛けるほどに
私の居場所を
教えてくれる

この眼に見えざる
神の手が、
主導権を奪われた
運命の糸が、

また私に語りかけてくる


届いた。
2004/7/12

今朝、翻訳原稿が
届いた。
母国語がスペイン語である
中学生の数学評価について
スペイン語になおすのだ。

私は、10代のころに
まだ小学生の在日外国人
である子供達が
日本語の授業に
ついていけない
現状を初めて知った。

自ら選択して
来日したわけではない
子供達に
言葉の不自由という
壁を見過ごすことが
どうしても
当時、納得できず
小学校や関係施設を
渡り歩いたが
結局、スペイン語が
できない人は
要らないと
断られたのである。

10年経って、
今日、私の夢が
かなえられた。

10年越しの
子供達への
想いよ、届け


作家にも
20年、30年
・・・50年越しの
想いがあるはず

夢をかなえる
ということは、
夢が叶う日まで
あきらめないこと

私達には
人生の最期の日まで
夢を見る
特権がある。


2004/7/11

また上野が、ノリ始めた。
上野は、決して急がない。
決して慌てない。
焦ることをあまり知らない。

かといって、
自分に満足して
傲慢なのかといえば
そうではなく、
常に自身の
欠点・弱点と
葛藤している。

不思議なことに
彼は決して
走らない男だ。


2004/7/10

名刺って何だろう
と不意に思う。
午前中、大学の講座で
学生さんに
お話しなんかしてきた。
学生さんは
もちろん名刺など
持っていない。

先生、職員の方々
とのみ深ぶかと
おじぎして
名刺を交換する。
フルネームと
肩書きを確認する。

学生さんとは、
名刺がない分
友人になった第一日目
のような気持ちだ

画家の名刺の
役割を考えている
ところである

2004/7/09

スローライフ
という名のごとく
スロービジネスの幕開けも
遅々として
近づいている。

もはや、要領よく
テキパキと超高速で
大量の仕事を
こなす時代から
時間を惜しまず
品質にこだわり
絶対的な保証付きの
“ヨイモノ”が
喜ばれる時代が。


・・・スロー主義の私には
とても都合のいい
解釈の仕方である。


2004/7/08

瞬間とは、
どれだけの時間
のことか

1秒
0.1秒
0.001秒

では瞬間とは、
どれくらいの速さの
ものか

10km/h
100km/h
1000km/h

そして、瞬間とは
どれくらい忘れられない
ものなのか

  生まれて初めて
  絵に出会った瞬間

  生れて初めて
  画家に憧れた瞬間

  生まれて初めて
  これが最期であろう
  絵を終える、その瞬間・・・



2004/7/07

知人がオセロゲーム
の夢を見た。

黒が、社会の悪人で
白が、社会の善人の。

一手が加わるごとに
反転する、オセロの板。

黒が入ると
途端に黒い線と面が
現れて

白が入ると
さっきまで黒かった
やはり線と面が
白に戻る

こうも一手の力で
たやすく左右されるか
プレーが終わった
コマたちよ。

私の知人が言う。
“ところが、決して
白にも黒にも
変わらなかった
ものがいたんだよ。”

最初から、意思を
変えなかったもの
絶対不動のもの
それは、
オセロ社会の
一番端で
気付かれもせず
生きていた
四隅のコマだった。


2004/7/06

流行りのアートが
青い旗を振る。

すると、いとも簡単に
世界が青くなる。

もっと流行りのアートが
黄色い旗を振り返す。

すると、青い世界も
黄色に一変。

流行らないアートは
旗を振ろうが
振る舞いが
気付く人さえ
見つからない

そう、それくらいに
人間には、自然すぎる
アートなのだ。

流行らない画家は、嘘も偽りもない
自然の法則に従った
最も人間らしい
仕事をしたのだ。

2004/7/05

恋愛と仕事
というテーマは
絵描きの重要課題である

愛すれば
愛するほど
彼女を見失しなう


追いかければ
追いかけるほどに
彼女は逃げ去ってしまう


吐息のように
やさしくなでてても
筆から、彼女に
愛は伝わらない

恋が上手な男は
絵も相当である

女の扱いを
知っているので
彼女の
かゆいところに
手が届く

彼女の
気持ち良さを
探り当てる

恋と絵描きは
切っても切れない
関係である

2004/7/01

ある演芸人が、
このように言ったのを
私はよく覚えている。

ー自分が、ああもこうも
どんなことをしてでも
上手くいかなくなったとき

悩みぬいても
どうしていいか
途方にくれるとき
志す道に
とことん向いていない
と思わされるとき

そのときが、
いちばん自分が
グッと伸びるとき

それを芸人生活30年で
学びました。ー

こんなことをきっと
上野は、ふと予感したのだ。

2004/6/30

順調というのは
嬉しいものだ。

スランプ続きを
嫌というほど
味わって、
耐えて耐えて
ひたすら耐えて、

それでも
まだまだ耐え忍んで・・・

もうとっくに
懲りているのに
それでも耐えて・・・

粘りぬいた
勝者のみに与えられる

次への階段である。


2004/6/29

思いがけず、
事が運んでいく。

スラスラと
絵筆が動き出し
どれもなかなか
気に入る出来栄えに。

こんな日が来るまでに
一体この男、
どれだけの年月を
費やしただろうか

2004/6/28

この男は
秋まであと2週間のつもりだ

夏を、半月で過ごしてしまう。
生きる速度を
計り始めたらしい。

1日が24時間でも、
この男は、
そうさせない。

アトリエでは、
秋まで残り
あと14日。

2004/6/27

休日くらい
すきにしたって
いいじゃないか

休日くらい
休んだって
いいじゃないか

日曜という日くらい
堕落したところで
わるいことが
あるものか

そんな風に
心底思いたいんだ

と絵描きの右手が
叫んでいた。
2004/6/26

道の選択を
許された絵描きは
幸いである。

今年もまた夏になり
線香のけむたさに
道を迷うものがあれば
選んだことに
喜ぶものもいる

道の選択が
許された絵描きは
幸いである


2004/6/25

額にはまった絵から
人間が飛びだして
アトリエ中を歩き回る
というのを
みなさんは
信じられるだろうか

筆を躍らせる
画家の右腕が、
『一枚の絵』を
演奏し終えるたびに
拍手の前の
沈黙が訪れる。

だまって辛抱強く
待っていると
突然、頭に
虫の知らせのように
脳にほとばしる

“あいつがまた、やってくる”

と耳打ちするのだ。

すると、油絵の具たちが
ムクッと浮かびあがり
たちまち四肢をあらわにする。

そいつを、描くのだ。
額に逃げ帰ってしまう
その前に
足を、指を、鼻を、
胸筋の影具合を
筆でなぞるのだ。

もちろん、これは
私の架空ごとである。


2004/6/24


「ある男」

とある男が訪ねてきた。

ーこの隣は、空いてるかい?ー

と尋ねる。よく見ると、
私は長椅子に座っていて
この空いた場所に
座りたいらしい。

私はよく考えもせずに
即座に、首をたてにふった。

男は座るや否や、
またその隣の
長椅子に腰かける女に
こう話し掛けた。

“その隣は、空いてるかい?”

そしてまた同じようにして
次の長椅子に移動する。

それでも、男は
まだまだ隣の長椅子が
気になっているようすだ。

  --- 男は、一度も椅子に
     満足しないのか・・・

ちょうど、そのとき
私は目が覚めた。
一日の始まりである。

2004/6/23

洞察力を高めておく。
魂という名の、原動力が
常に活発であるように
何でも見聞きする。
だから読んで、描くのだ。

2004/6/22

時代性という
スペイン語の言葉は、
一過性という
意味を同時にもつ。
では、時代に乗ることは
不変的ではないのか。

だが、時代とは
一過の時が繋がって
できたものではないか。

では、いつも時代に沿う
ものが不変的かどうか

その時代は、素晴らしいと言われて
後から見れば、感動できないものがあり、

その時代も、素晴らしいと言われて
後から見ても
やはり感動するものがあり。

時代の挟間で
真実が散在している

2004/6/21

作業が心地良い瞬間。

切羽詰った
苦労と努力の
後にやってくる
幸運の報い。

にらんでばかりでは、
画面も居心地が
悪くなって
今にも逃げ出しそうである。

そんなときもある。

2004/6/18

色、色、色。

目を凝らし、白目が乾くとも
にらみきってやる。
そんな顔には、無頓着と
いう風な作品たち。
打てども響かない
この画面。
あまりに言う事を聞かないと
壊されてしまう
というのに。

いつか、画家が寛容にならねば
白いキャンパスには
決して色が現れない

作家は、脳に絡みついた
あの多重の糸を
先ずは、ひもとき
やがては、あの鮮やかな
組み紐に仕上げるべく
格闘する。

2004/6/17

良いことの後には
悪いことがありがち。

苦しい後には
楽しいことが待っている。

画家は、これに充分慣れる
必要がある。
絵筆を生かすたびに
一瞬で天地が逆転するのだ。

自らの一手で、
一日が変わってしまう。
だから、山谷には早く
慣れた方がいいのだ、
と画家の背中が
言い聞かせているように
見えていた。

2004/6/16

小旅行。
アトリエでは、あまり見せない
彼の表情が印象的である。

作家は人間であり
作家も人間である。

初夏の光を素肌に触れ、
緑を深く吸い込んで
エネルギーを蓄えこむ。

魂の井戸に、
やっと手が届いた

2004/6/15

某美術館のオープニングに
立ち会う。

初めての世界
初めての顔ぶれ
初めての刺激

個々の作品が、重要なヒントで
耳を澄まして、入ってくる発言は
ひとつひとつ、濃厚な味がする。
感じたことのないニガミ。
この画家は、どのようにして
この苦味をキャンパスに 伝えきるだろうか。



2004/6/14

“雨が降ると気がめいるよ”

以前、上野が口にしていた。

一日中、シトシト薄暗い日を
過ごしていると、

テンションも何だか
上らなくなりそうで。
勿論、上野は天気で左右されない。
自然に対して、わりと寛容なたち
だろう。

作家の周囲360度に、
作家自身が理解を示すこと。
案外、難しそうである。
自己主張する職人は、
自分が主張したい分だけ
360度の人々の意見も
聞く必要があるかもしれない

でなければ、誰も作家に
振り向きはしないのだ。

2004/6/13

寒い地方では、人は閉鎖的になり
暑い地方では、人は開放的になる
そんな傾向がある。

先日、とある南米人とカフェテラスで
聞いた言葉だ。
気温が違うくらいで、人間の性格まで
変わるのか?
と思いかけたが、
人間が先で、自然が後ではない。
これが、真実だ。
自然から人間が生まれた。
とすれば、気温が上下すれば
己ずと人間も何かに影響されている。

大事なことは、
何故、ここで自然の法則に
無償に反抗したくなったのかだ。
それが、人間というやつ
の特徴なのかもしれない。

2004/6/12

“仮に、我が子が良く見えすぎたらどうか?”

画家が問う。

“我が子を、良い子としか思えなかったらどうか?”

画家は、投げ掛ける。

“子を思えばこそ、悪いところを探すのだ”
と誰かが応える。

“他人に耳を傾けるがいい”
“そうすれば、その子の本性が
少し見えてくるから”

2004/6/11

天気予報をあてにした。
雨が降ると言うから
自転車に乗らなかった。
自転車より時間を要し

お金もかかるがバスを選んだ。

結局、雨は降った。

自転車が乗れる程度に
確かに雨は降ったのだ。

世間が、雨が降ると言おうと
自然科学が力説しようと
雨が降ったら、傘をさして
自転車にのらない方がいい
という考えがあろうと、
最後に決めるのは、自分である。
天気予報に罪はない。

2004/6/10

絵を描くことと
画家になること、
これは全く別問題のようだ。

画家になろうと描くのに
描くのみでは、生きられない

2004/6/9

上野は、とにかく耳がいい。
プロであれ、素人であれ、
彼の画を観た者のことばを
決して聞き漏らさない。

たとえ称賛されても
真正面から受け入れない。
ときに批判を浴びても
動じない。
そんな人間へと変わりつつある。

この男は、とにかく耳がいい。
ひたすら、人間という生き物に
耳を傾けている。

2004/6/8

画家は言う。
“誰も教えてくれなかったんだ”
     ー“誰かに、教わるものなのか?”
画家は応える。
“いや、誰からも学べないものだ”
     ー“じゃあ、どうしてわからなかったのか?”
画家は訴える。
“教えられるままに、そう思ってしまったんだ。”

学問は、すべてを疑うことから始まる
と聞いたことがある。
疑わなければ、何も改善されないし、
発見もないのだと。
本当に、そうやって疑うべきかを
疑っていたあの頃。

疑うことは、必ずしも
信用しないことではない。
その真実を確実にするための
手段にすぎないかも
しれない
     ー画家が身をもって、
      証明しているかのようであった。

2004/6/7

“基本があるって、知らなかったんだよ。”

突然、もらした瞬間だった。
筆を握って10年選手になるこの画家。
10年後に発した本音であった。
“基本が、あるんだよ油絵にも。”
その後に続く言葉が見当たらない
という風に、頭をもたげたまま
画家は動かずにいた。

否、言葉の重みに耐えかねる
ように、じっとこらえているかの
ようにみえていたかもしれない。


2004/6/6

“絵が画家を選んだ。”

というのをお聞きになったことが
あるだろうか。
赤ん坊が、この世に生を受けたとき
その命がパパとママを
選んできたという説がある。

選ばれた画家は、アルマ(魂)を
伝えねばならない。
その声を響かせねばならない。
もの言わぬ平なキャンパスの
よき通訳者でなくてはならない。
でなければ、その画家を指名しなかった
だろう

2004/6/5
一枚の絵をじっと眺めていると
ときどき浮かび上がる瞬間がある。
立体的に描いてあるとかじゃなく
そこだけ目をひくような感じという
わけでもない。

一点を凝視しているとスゥーっと
眼球に接近して、怖いくらいに
間近に迫る。
面白いことに、必ずどの絵でも
そうなるとういうワケではない
とういことだ。

2004/6/4
いつになく、強い匂いが漂うアトリエ。
画家が乗り出した。
太陽の進むが速いか、筆先のすべりが早いか。
めきめきと絵が育っていく。
男の指が、方向を指し始めた。
何かを啓示しているのか
我々に示唆しているのか。
キャンバスを突き抜けて
上野の鼓動が響き渡る。


2004/6/3
人にとって昔とは何か。
いつからが過去で、いつまでが過去か。
こんな主張もある。
過ぎ去った時間を、再び心に描いたとき
はじめて過去として存在する。
もう一度、思い出されるから
過去は過去として生き続けることができる。
では、思い起こされなかった時間や出来事は
どうなるであろうか。
過ぎたままにしておけば、過去でさえも
無くなってしまう。

2004/6/2
過去とは、8秒前を意味する。
とは学問的観点からである。
その8という形からすると
上の円と下の円が組み合わさっている。
つまり1〜9の間で、繰り返した形で
表されているのが、8であり、
8を描いていくと、線の切れ目がなく
どこまでも描き続けることができる。
何度も繰り返すという特徴から
8が過去の意味を持つとされた。
学術上の定義である。

2004/6/1
“数字の0はいつ生れたか”
とその画家は問いかける。
“1が先が、0が先か・・・”
画家は主張する“後から生れたのがゼロだ。
何かがあるから、何もないことに
気付いてしまう、そんなものだ”
執拗に画家は問い掛ける。
“では、いつからが過去のことなのか”
一晩、猶予をもらって
時間を1から、否ゼロから
考え始めた・・・

2004/5/31
昨夜、絵が動き出した。
足元から見え始めた人物。 少しこちらの世界へ
足を踏み入れたようだ。

2004/5/30
今日は、絵が眠っている。
確かに、ゆっくりと休んでいるようだ。
今日という一日は、描き手に7日目の
ご褒美を与えようとでも言うのか。
彼らが目覚める前に、アトリエをすり抜けよう。

2004/5/29
描きたいから、描くのか。
絵の方が、無理に画家に強要するのか。
お互いが共鳴しあって造られるのか。
まるで、操らり人形のように、
するすると動く筆。

2004/5/28
画面に人物が仲間入りしてから
アトリエの空気がやや柔らかくなった
かのように感じる。
絵の世界から、息吹を感じる。

2004/5/27
アトリエを覗くと、新しい顔ぶれがいる。
1人、2人・・・大作に表情が浮かび上がった。
物言わんとする優しい眼差しに
悪夢が通り過ぎたあとの、
ひとときの幸せを感じさせる・・・

2004/5/26
獲物を狙う鷹。
彼にはそれが一番適切な表現だろう。
目覚めて寝床につくまで、
一時も絵のことが離れないようである。

2004/5/25
仕事の傍ら、日々めまぐるしく描く。
描くというより、作品に噛みついている。

2004/5/24
アトリエに入ると一瞬目がくらむ。
油の香りだ。異常としか思えない。
上野は大作に着手し始めている。
作業速度が、年を追うごとに加速していく。


6/18 現代日本の視覚展 手強し


三重県立美術館で
開催中(6/15〜20)の
第三回現代日本の視覚展の
オープニングに参加しました。

マイパートーナーこと、
タダ(上野忠靖:洋画家)が
出展するので、立会いに行きました。
全国から、(タダはまだまだですが!)
いわゆる大御所の方々が
参加・来場されていました。
NHKをはじめ、各テレビ局の撮影、
インタビューが行なわれる中、
私は体が凍ってしまうほど
緊張しました。

中には、高さ5.5mに及ぶ巨大ボルト
バルーンという作品があり、
作品設置に携わりましたが、
生憎、美術館の天井が5mと
あと50cm足らないとやらで、
ついにボルトは斜めに立てかけられ
作家の方が
“こんなはずでは・・・”と
嘆いてらっしゃいました。

でも、私をはじめ若手の間では、
かなり人気を博しており、
“チビッコなら絶対、体当たり
するよね”
などと大はしゃぎする始末・・・


タダの作品の評価について、
目立った反応が見られずとも
確かに、一度は足をとめてしまう
位の強い匂いが漂っていたようだ。
絵の前を、そのまま通り過ぎる人は
1人もいなかった。

背後から観察していると、
来場者の方々が、タダの絵のところへ
来られると、
何やら、作品を静かに凝視し
絵物語と対話しているのが
本当によくわかる。

また新しい悩み、
また新しい気づき、
また新しい喜び。

画家から絵が飛び立つのを
私は見た。



5/27 上野 忠靖 展覧会ご案内

展覧会名 アートフロンティア第三回現代日本の視覚展
会期 2004年 6月15日(火)〜 6月20日(日)
会場 三重県立美術館
住所 三重県津市大谷町11
TEL 059-227-2100
●全国の選抜作家約40名参加 

上野 忠靖関連HP
http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/7472/
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Hinoki/7372/____index3.html
メール連絡先tl-23035@jade.plala.or.jp

6/15(火)オープニングパーティー開催です。
宜しければ、是非会場へ
お立ち寄り頂きたくご案内させて
頂きました。
京都からの若手作家も参加致しております。

ご多忙中かとは存じますが、
どうぞ宜しくお願い致します

5/26 上野 忠靖まもまく展覧会シーズン突入

マイパートナーこと上野 忠靖;
通称タダは、油絵若手作家である。
国内でデビューしてからまだ
三年と若いが、バルセロナからの
作家生活からだと通算で7年目に至る。
気持ちとしては、ボチボチ
10年選手に入ってくる。
だいたいパートナーのことをよく言うのは
どうかと思うが(謙虚さに欠ける!!スミマセン)
タダが2004年の勝負時期に突入した。
実際、今年に入って2回目の展覧会となるが
6月から年末まで、5件の展覧会開催に向けて
突っ走る。勿論、朝も夜も関係ない毎日が
続いている。
本当に作品に噛み付いているとしか思えない
上野 忠靖、今後の活動に期待。


5/13 スペインまもなく王宮挙式

スペインのTV放送で、間もなく開催される
王子の結婚式番組がやっている。
内容は、結婚を祝福して各国から送られる寄贈品の
紹介や、披露宴で用意されるデザートの数々、
挙式当日のウェディングドレスについて、
また式招待客の宿泊ホテル(マドリードでも
最上級レベルのホテル)のロビーやお部屋の
紹介などでした。
一番面白かったのは、披露宴のデザート。
なんてったって、そのためにコンクールまで
開催されて、選出されたお菓子職人がその
一部を披露してくれた・・・のだけど、
わりかしシンプルなホワイトベージュの
正方形したケーキの上に二人の顔写真が
プリントされた板チョコが写ってる。
もっとなんか10段くらい積み重なった
高い高い摩天楼のようなケーキと思ったのに〜ぐしゅん
もしかしたら、当日はほんとにそんなのが見れるかもっ
5/11 サグラダファミリア教会 VTR翻訳

最近、バルセロナにある某大学内で サクラダファミリア教会の設計に関する講義が 開かれました。その際のVTR翻訳したのですが、 ガウディの人間性がここまで崇高なものとは 知りませんでした。 講義は、実際に教会の写真を用いて お話しされていました。 ガウディは、これといった設計図を 残しているわけではないので、 設計を自ら現代建築家の手で作成していかなければ ならないようです。ガウディの思想を いかに汲み取って構想していくか これが設計のカギのようです。

で、以上。

4/22 ラジオにメール(小自慢でスミマセン!)

アルゼンチンの“ラジオ・ミトレ”で
私のメールが放送されました。
つまり、同番組のリスナーとして、ちょっとメールを
送ってみたところ、“日本人女性からです!!”
と番組は大喜び。“皆さん、彼女と日本語を
学びましょう”。やはり陽気に伝えていました。

で、以上。


4/06 ビルゲイツを抜いたIKEA! 

    
スウェーデンの家具屋IKEA(イケア)の創始者、
ビルゲイツを抜いた!

世界一は、イングバード・カンプラ氏

スウェーデンのホームファーニッシング業界の
巨人、イケアがマイクロソフト社を抜いて
世界一にのしあがった。

日本法人イケアジャパンは2002年7月に設立。
日本の第一
店舗目のオープニングは、
2005年下旬(東京予定)。
北欧デザインは日本において大変注目されており、
現在イケアグループは、22カ国に159のレギュラー店舗、
14カ国に21のフランチャイズ店舗がある。

イケアの創始者カンプラ氏が、
17歳のときに高校に通う学費を
稼ぐため始めたのが
家具の小売店だった。
これまでは、マイクロソフトのビルゲイツが
No.1であったが(アメリカの雑誌fortune)、
スウェーデンのビジネス誌によると、
このイケアのイングバード・カンプラ(78歳)が、
世界で最も稼ぐ男になったそうである。
(スペイン地方紙より)

    

3/28
御所のしだれ桜が満開でした。
桃林も赤・白・濃桃と全開。


3/27 春のセンバツ甲子園 
    
    “菊川高校VS八幡商業”
     まさかの逆転サヨナラ 静岡の常葉学園菊川高校。
     どちらが勝っても不思議ではなかった試合。
    
    知人の息子さんが、
    同校のピッチャー(2年生)だったことがあって、
    去年の夏からずっと楽しみにしてました。
    甲子園でもめずらしい、
    9回オモテ逆転後の逆転。
    人生で、おそらく初めての大きなプレッシャーと
    戦っている姿。
    自分でも、どうにもできない勝ちたい気持ちと
    ミスへの恐怖感
    いろんなことを想像しながら
    観戦させて頂きました。
    
    若くて、初めてのチャレンジでも
    老若男女の心に
    感動の雨を降らせることができるんだ・・・

    私自身が、本当に良い勉強をさせて頂きました。
    心からお礼を申し上げます。ありがとうございます。
    
    
    

2/23 本日PC修復しました。
今日まで、1ケ月程パソコンが故障していました。
メール等、連絡が途絶えてしまい皆さんに大変ご迷惑を
おかけし申し訳ございませんでした。

大分と以前のお話しになりますが、1/17の雑誌「京都の30歳」での交流会感想を・・・
☆雑誌「京都の30歳」での交流会・・・本誌に物語の主人公として登場した方々を交えて、少人数でゆっくりお話ししてみようという企画

“みんなハッピーになりたくて、ここにやってきた”の一言です。
初対面でありながら笑顔を目にするほどに、
今日こんな日が欲しかったのかも
と聞こえてくるよう。
参加者の方々、お一人お一人悩んで生きてきた分だけ、
この会場では純粋なスマイルを浮かべていらっしゃったのでは。


門番


同じ人生を歩む人は、この世界に二人といない
ライフは私らしいはずなのに、自分らしく生きられない
みんな初めから、誰とも違う我道を歩んできたのに
他人の道と比較してみたり、歩いてきた道を見失ったり
選んだ道をくやんだり、歩く意欲をなくしたり

前に進みたい
ここから逃げ出したい
誰かに認めてもらいたい
何もかも投げ出したい
あの人のようになりたい
私を全て消し去りたい
今日も生きていると感じたい


背伸びをしたり、隠れてみたり
大きくなってみても、小さくなってみても
結局どこにも行けなかった

所詮、私は我道の門番でしかない
昨日までの
明日からも
きっとここから始まって
そっとここへ帰るとしよう

                                         (
まりこ


1/6

皆さん、京都学生国際映画フェスティバルをご存知ですか?
いずれ、スペイン全土に向かって、
スペイン学生映画を、京都で発表するため

字幕翻訳 を手掛けようとたくらんでいます。

11/13
この間、京都賞授与式の受付で、京都国際会館に行きました。
受賞者である文楽の吉田氏に、御目にかかる瞬間があり、実に腰の低い
謙虚な方という印象を受けました。

ワインのはなし

突然ですが、スペインには「ワイン特選原産地制度」というのがあります。
つまり、No.1のワインで、 リオハだけです。

以上。


10/10 淡路島にスペインのドッグトレーニング名門校BOCALAN日本校がある。
介助犬などの訓練士を養成する非常に素晴らしい学校。スペインから来日されたスペイン人講師について
セミナーを主に通訳することになった。盲動犬訓練のセミナー通訳にも入った。
スタッフの熱意と学生の集中力はすばらしい。初めて、訓練生が犬に“待て”や
“座れ”などの指示をだして、犬が素早く従う様子をこの目でみた時は、
本当に心が熱くなった。 ここから羽ばたいていかれる訓練士や介助犬が、一人でも多くの方に、
役立たれることを心より願う。

9/16  8月前半から最近まで、愛知の渥美半島付近にあるトヨタ自動車の田原工場で
スペイン語通訳の仕事で単身赴任してきたばかり。田原とは、名古屋からJRで45分の
ところにある豊橋駅から渥美線に乗り換え、その最終駅:三河田原のことである。
さらにバスで30分ほどで田原工場に行ける。
田原は、実〜に、すがすがしい土地。朝5時に、コケコッコーで目が覚めて、自転車にのれば
前のかごにカマキリ発見。両刃をたてに私に挑戦的な態度。そっと地面に降ろしてやっても、帰宅する頃迄、まだそこいらにいる。それが、そこはかとなく可愛くて仕方が無い。
誰かとすれ違えば、決まって声をかけあう。“こんにちわ、暑いですね。”

 工場内では、始めにエンジンの高性能さに驚かされ、最後は、現場の人の熱意に
感動して涙して業務終了となった。まさにプロジェクトXの真実をこの目で確認してきたとしか
言いようが無い。スペイン語はといえば、アルゼンチン人との間に立ったのだが、
初日は正直、私は今までポルトガル語でも勉強してきたのか、いやはやこれはイタリア語
かしら?と思いそうなほど、アルゼンチンスペイン語のスペイン語らしさに圧倒された。
そして、スペイン語圏一国一国を、自分がどれだけ尊重してこなかったのかと、心から
恥かしく思った。

私が勉強してきたつもりになっていたのは、教科書のスペイン語であって
人間の肉声ではなかったのだ。海外にいたとか日本で学習したかは、二の次であって
そばにいる人間の出身・故郷・文化を前提に通訳をすることが大前提なのだと、自分の人間性の
小ささを思った。

 もし日本語の外国人通訳者に、関西人の私が、“なんでやねん”と
投げ掛けたとする。ところがその外国人通訳者が無反応だったら、少し寂しくまた自分を
日本人だと認めてもらえなかったかのような、しっくりいかない感情が生れるかもしれない。
私は、新人の中の新人、経験に乏しい。でもあえて言いたい。通訳の仕事は
スペイン語の通訳の仕事のことのみをさしているのではない。
私が引き受けた通訳とは、アルゼンチンのサラテから44時間かけて飛行機で来日した
家族という守るべきものを背後に背負っていて、日本人に教えてもらう立場であって、
全力投球で挑もうとする皆さんの人生の一瞬に、携わることでした。
そしてこれが今回の通訳としての使命でした。


7/31 雑誌「京都30歳」に上野真理子に関する掲載記事があります。一度御覧下さい。
http://www.kyoto30.com/index.html


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EU・JAPANSymposium2003 ヨーロッパマンガシンポジウム
persaptions of Manga in Europe
ヨーロッパにおける日本のマンガについての考察
大阪国際交流センター 5/25 (日)10:30-17:00
パネリスト

実に楽しかったです。スペイン代表パネリストのマルク・ベルナベ氏のお話しが、一番興味深かったです。
日本語学習をさらに楽しくするため、教育に日本マンガを取り入れているんです。
その新手法について各国からの批判が多いのも事実です。教育の中のマンガの位置付けは?などの声も。

ただ、欠点を見つけることは容易いことかもしれません。
そして、決して悲観的にならず、つねに新しいポジティブな側面を発見しつづけることは
もっと素晴らしいことだと私は思います。
レセプションパーティーで、マルクさんは“せっかくこんないいもの(マンガ)があるのに、
これをもっと他の分野に使わないなんてもったいない!”と言ってました。
私も全く同感!いいものは、世の中に増えていく方がいいでしょう?
マンガを娯楽としてのみ考えず視野を広げ、周囲の反対意見を歓迎しながら道を突き進んで頂きたいと思います。
パーティー会場は、ベルギーフランドル交流センター(博物館もありますよ。)でした。
ここの橋本事務局長さん、実に楽しい方でした。
では、各国の代表者の報告を少しまとめながら感想を書きますと・・・

ドイツ・・・90年代中頃迄コミックで生計をたてる人はいなっかた当時、新聞でのコミック連載も存在していなかった。
そんな中、日本のマンガが初めて入ってきたわけだが、それが『カムイ伝』である。
ところが初版後、打ち切りに終わってしまう。
次に登場するのが『ドラゴンボール』。TVでの放送と同時に行なわれ、大成功。
その後、ドイツでは初めて若い女性・少女をターゲットにしたマンガ『セーラームーン』が後につづいた。
更に、その勢いはとどまる事を知らず、女性向けマンガ月刊誌『DAISUKI』、
男性向けマンガ月刊誌『BANZAI』が出版される。
ちなみに2002年の売上高は1996年度比較で、40倍に膨れ上がる。

イギリス・・・90年代中頃からイギリスにおけるマンガ市場では、日本のマンガが欧米のものより
需要を上回りはじめる。基本的には、ヒーローもの(スーパーマン等)が一番人気の分野で、
マーケットの95%を占める。

フランス・・・Beautiful drawing(美的描写)に重点がおかれ、マンガの芸術完成度は現在も高く、
日本のマンガも、他国と比較するとそれほど評価されていない域も広い。
私自身、知人のフランス人画家に青年期に描いた自作のマンガを見たことがある。
それはとても日本のマンガとは印象が異なり、非常に細密に描かれ、
色彩にしても微妙で繊細な感性を感じずにはいられない大作であった。

スペイン・・・最近2年間だけでも、日本マンガの売上は4倍に跳ね上がっている。
マンガバブルの兆し?と思われるほど。

スペインでの日本のマンガ翻訳版
『クレヨンしんちゃん』Shinchan
『キャプテン翼』Campeones
『セイント聖矢』Caballeros de Zodaico
『アキラ』Akira
『Dr.スランプあられちゃん』Dr.Slump
『るろうに剣心』guerrero samurai...他

数年前、『クレヨンしんちゃん』が出版され大人気を博し、現在もスペインの子供たちを魅了し続けている。
当マンガは、マルク・ベルナベ氏によってカタルーニャ(バルセロナ)で初めて翻訳出版され、
のちに首都マドリード、アンダルシア、その他スペイン各地へと人気の波紋が広がっていった。
スペインにおける日本語学習者数・・・
1991  62,895
2001  132,569

これは、マルク氏が発表した数値である。



作家 上野忠靖を追って (文:MARIKO)