これまでの人生で
心に残った
名言・ことわざ等を
取り上げてみたいと
思います。
1. 「心訓」
2. 「雨ニモマケズ」
3. 「為せば成る」
4. 「実るほど」
| 「心訓」 福沢 論吉 |
| 1. 世の中で一番楽しく立派な事は 一生涯を貫く仕事をもつ事です。 1. 世の中で一番みじめな事は 人間として教養のない事です。 1. 世の中で一番さびしい事は する仕事のない事です。 1. 世の中で一番みにくい事は 他人の生活をうらやむ事です。 1. 世の中で一番尊い事は 人の為に奉仕して決して恩に着せ ない事です。 1. 世の中で一番美しい事は すべてのものに愛情をもつ事です。 1. 世の中で一番悲しい事は うそをつく事です。 |
| この方が皆さんの大好きな しかし、ご縁の薄い 福沢 論吉 です |
| 天保5年(1835)〜明治34年(1901) 大阪堂島に生まれ、漢学・蘭学を学び、 万延元年(1860)に米国に渡る。 安政5年(1958)現在の慶応義塾のもととなる 蘭学塾を奥平藩屋敷(東京・築地)に開く。 |
| 「雨ニモマケズ」 宮沢 賢治 |
| 雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち 欲はなく 決しておごらず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆる事を 自分をかんじょうに入れず 良く見聞きし分かり そして忘れず 野原の松の林の蔭の 小さな萱葺きの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って、看病してやり 西に疲れた母あれば 行って、稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って、恐がらなくてもいいと言い 北にケンカや訴訟があれば つまらないから止めろと言い 日でりの時は涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩き みんなにデクノボーと呼ばれ 誉められもせず 苦にもされず そういう者に 私はなりたい |
| 明治29年(1896)〜昭和8年(1933) 花巻に生まれ、花巻農学校の教師を経て 30歳の時羅須地人協会を開き農業を指導 37歳の若さで亡くなるまでに 「雨ニモマケズ」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」 等を発表する。 |
| 「為せば成る」 上杉 鷹山(ようざん) |
| 為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり |
| 寛延4年(1751)〜文政5年(1822) 出羽国米沢藩の第9代藩主、江戸時代屈指の名君 藩主引退後、剃髪し「鷹山」と名乗る 伝国の辞 一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして 我私すべき物にはこれ無く候 一、人民は国家に属したる人民にして 我私すべき物にはこれ無く候 一、国家人民の為に立たる君にて 君の為に立たる国家人民にはこれ無く候 右三条御遺念有るまじく候事 |
| 「実るほど」 詠み人知らず |
| 実るほど 頭を垂れる稲穂かな |