私は昭和14年(1939年)満州・奉天市(現中国東北・遼寧省瀋陽市)にて生まれ、終戦の年、昭和20年(1945年)奉天春日小学校一年生でした。 翌年昭和21年8月に3歳年上の姉と当時37歳だった母親と、母子3人で引き揚げてきました。商社マンだった父は、終戦の前年(1944年2月)に奉天の自宅、奉天市大和区宇治町第6号にて病死しております。
私たちは、姉の話によると奉天にて3回引っ越しているらしいのです。 父が亡くなった後、千代田通りにあった畿久屋デパートの隣のビル(春日町界隈と思う)に引っ越して住んでおり、そこで終戦となったのですが、あと一ヶ所はどこに住んでいたのかは姉も記憶になく今となっては不明です。 母は昭和58年(1983年)に亡くなっており、母が元気なうちに、もっといろいろと奉天当時のことを聞いておけばよかったと悔やまれます。 人は誰でも親が亡くなってから昔のことを知りたく思うものでしょうか。
奉天にて遊んだ友達に「ちらんなおゆき」 (知覧直之? 漢字は知りません)という同年代の少年がいました。彼のことを「チンダンゴチーゴ」とあだ名していたことを覚えています。 不思議に名前だけを覚えています。 彼と遊んでいたのがいつのことか、何処に住んでいたときか、彼がどこの家の子なのか、全然記憶にはないのです。
一緒に学校へ行った記憶もないため、たぶん就学以前のことと思われます。私が4−5歳の頃かも知れません。 また彼は私より若干年下だったかも知れません。 宇治町にいたときか。
彼が無事に帰国して元気にしているのか、これだけは不思議にずっと考えていました。 いちど出来ることなら会ってみたいものだと思っています。 名前以外の記憶に乏しいのですが、帰国後どうしてきたのかだけでもただ知りたく思います。
尋ね人: 名前 ちらん なおゆき
あだ名 ちんだんごちーご (奉天での幼少の時の)
生年 昭和(13)14年〜16年生まれ
満州・奉天に(昭和17年ごろから20年頃の間に)いたことのある人
何方か「ちらんなおゆき」の消息をご存知の方は、ぜひE-mailにてご一報くださるようお願い致します。
E-mail : maxym@pop16.odn.ne.jp
参考:
- 奉天春日小学校同窓会事務所 〒227−0052 横浜市青葉区梅が丘12−2 小久保 廣照 様
- 奉天会 事務局 〒158−0084 東京都世田谷区東玉川2−22−11 澤田 武彦 様