運動


 運動は大好きです。幼少時代からずっとです。汗して体をいじめることに本能的に求めているのかもしれません。キツイ練習程燃えるのはそれが原因かも。運動は堅い表現なのでスポーツに替えます

 スポーツに目覚めた転機は北海道にあります。当時の担任の先生はバスケ部の顧問だったので、自然な流れでバスケ部に入りました。そこから10年以上のバスケ人生が始まったのでした。北海道は2年間住んでいたので、その間は部活にうちこんでました。まあ小学生なので週に4日ぐらいだった気がします。

 中学に入ると特に考えもせずにまたまた自然な流れでバスケ部に入りました。当時はバスケは人気があったような気がしてます。熱心な顧問のハードな練習で20人ぐらいいた部員も7人に減ったが、練習がハードな分、強かったですね。3年の時には区で優勝して都大会にも出場しました。やっぱり優勝は気持ち良かったなあ。プレーはチームカラー同様、猪突猛進系でした。技というより勢いでした。一度だけ200点入れたことがあります。

 高校でも当然バスケ部に入りました。都立高校なので区で優勝したメンバーが入るとなるとヒーロー扱いされるもんだと期待して入部したのですが、大きな間違いでした。中学とは全然レベルが違って私以上のキャリアがごろごろいました。高校レベルになるのに1年はかかったと思います。ただ今思うと自分でも感心するぐらいバスケに熱中してました。朝7:30から自主練習して、休み時間は5分でも体育館でシュートの練習をして、放課後は全体練習をして、練習後は家の前で練習して、夕飯を食べた後はバスケのビデオを見ながらストレッチをしてました。狂ってますね。合計すると10時間ぐらいになる計算です。試合に出るようになったのは自分の代になってからですが、6番目の選手として殆どの試合には出てました。中学とは違ってディフェンシブな選手に変貌しました。地味なプレーが多かったのでヒーローになることはなかったけれど、引退式の時に顧問から「今までで一番の6番目の選手だ」という言葉をもらったのが勲章となってます。一生の宝物ですね。

 大学でもバスケ部に入りました。中途半端にやりたくなかったので体育会にしました。正直レベルはそんなに高くなかったので、高校の財産でプレーしてました。一年の時から主力メンバーとしてプレーすることが出来たので、高校とは大学では純粋にバスケに打ち込める状況ではなかったので、高校ほどの情熱を注ぎ込むことなく過ごしてた気がします。当時は一生懸命やっているつもりだったんだけどね。たださすがに4年になって自分の代になると必死になりました。プレーのレベルも随分上がった気がします。自分のバスケ人生の中で一番うまかった時期は大学四年だと思います。

 社会人になるとバスケをまったくしなくなりました。なぜかというと、あれだけ打ちこんだものだから中途半端にやりたくないという気持ちがあったからです。あそこまでは今は出来ないから、プレーの質も落ちてしまう。それが耐え難いことだったから。そして半年以上もスポーツをしない時期が続いた。体重も増え、一時は80kgを超えた。

 体重は増えるし、なんだか精神的にも煮詰ってきて、何かやろうと思い立ちました。そして考えに考えた末、格闘技を始めました。どこでも練習できるし、日常生活にも役に立つし、精神面も鍛えられるのが気に入ってます。あと個人競技もやってみたかったし。個人競技は逃げれないからね。もうかれこれ2年近くになるなあ。体つきも変わって来ました。

 ただ格闘技をやるにはベースの筋肉が必要なのですが、定期的にジムに行けるわけではないのでどうしようかと悩んでました。ある日、某トレーニング雑誌で日常生活で出来るトレーニングの特集をしているのは見かけた。これはいけると思い、腕立てとか腹筋とかジョギングとか手軽なメニューを組みやり始めました。2000年の1月から始めました。しかし長続きせずまたまた悩みはじめました。そして今まさに4ヶ月以上も続いている、あるトレーニング法にたどりついたのです。簡単なことです。朝、腕立てと腹筋をするだけです。ポイントはどこでやるかです。実は会社でやってます。これが無理なく楽しく出来るのです。朝一番で会議室で激しい息遣いでやってます。ハーハー言ってます。

 ちょっと長いねえ。デザインを考えねば。