人生には,気が狂うかと思われるほどの悲しいことが、二度や三度はあるものです。
信仰を持っていてもです。それが人生というものです。イエスさまはそういう私たちのところへ来てくださいました。そして私たちの悲しみを判って下さり、慰めて下さいます。
どんな悲しいときも主は共に居て下さいました。・・・・・・
 そして、二重の言葉を与えられました。最初は「それでも共に居てくださる、それでも慰めてくださる」という言葉です。極まる悲しみのとき、「それだからこそ共に居てくださる、それだからこそ慰めてくださる」という言葉です。


み腕の中で  金田福一薯