台東区立 朝倉彫塑館
彫塑館の向かいにあった、谷中5丁目の由緒正しいお店?
玄関にあるモニュメント
朝倉文夫がこの谷中に居をかまえたのは、東京美術学校を卒業した明治四十年、二十四歳の時でした。
始めは小さなアトリエと住居でしたが、その後、増改築を繰り返し、現在の建物は、昭和三年から七年の歳月をかけ新築した、朝倉自らの設計によるものです、
当初はアトリエ・住居そして朝倉彫塑塾の教場として建てられましたが、彼自身アサクリックと称した、独特の様式や居室のたたずまい。造園の妙味は、朝倉芸術全体を現している、といってもよいでしょう。
五典の水庭
朝倉彫塑館の中央には、自然の湧水を利用した日本庭園があります。
この中庭は、朝倉が自己反省の場として設計したもので、「五典の水庭」と呼ばれ、儒教の五常を象徴した仁・義・礼・智・信の五つの巨石が配されており、また四季折々白い花をつける木が植えられています。
仁も過ぎれば弱となる
義も過ぎれば頑なとなる
礼も過ぎれば諂いとなる
智も過ぎれば詐となる
信も過ぎれば損となる


書斎の蔵書書架が天井まで
建物は鉄筋コンクリート造りのアトリエと丸太と竹をモチーフにした数奇屋造りの住居で構成されています。
こちらは数奇屋造りの日本間に入る玄関、明かり窓の向こうにお庭が見えます。
日本間から洋間の書斎の窓を望む
屋上庭園にも彫刻が、向こうは上野不忍の池方面
帰り道で見つけた築地塀

この辺は空襲で焼けていないから、びっくりするような古いたたずまいが残っています。

そういえば亡くなった杉浦日向子さん、おばあさんの時代には上野の山から彰義隊の戦争の大砲の音を聞いたとゆうような話が聞かれたそうです。
江戸時代と現代はズーット続いているはずなんですが、なんだか時代劇の書割をみているような気がします。
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