![]() |
![]() |
![]() |
||
米国都市再生調査報告 − 今は昔、都市開発・再開発の夢に舞った時があった − |
||||
Date:2001-1-19
Author:Seiichiro kanno
| 調査を終えて一言 |
今は昔・・・10年ほど前、1990年前後に産業構造の大きな質的な変革を遂げることによって生じた遊休地を活かしながら、
あわただしい都市空間の中に「潤い」、「ゆとり」をとりもどす都市再生の決め手の一つとしてウォーターフロント、リバーフロントを積極的に活用していこうという動きが都市開発の大きな潮流となっていた時代があった。 |
![]() |
■街づくりと商業空間[ショッピングセンター] 都市の活力としての商業・ショッピングセンターは、1950年に現在のセンタの基盤が出来上がった。 この時代は「モノ社会」の成長期であり、規模の巨大さ(大きさは日本人の感覚を超える)を競い合う時期でもあった。 しかし、現在米国では、次の時代の価値を先取りした、なおかつ豊富な話題性を提供しうる様々な試みが行われていた。 >>フェスティバル・マーケット・プレイス 米国の総合デベロッパ「ラウス社」が、ボストンに「ファニュエル・ホール・マーケットプレイス」を開発するときのコンセプトで、その後の都心部の商業機能を活性化し中心市街地を再生させる切り札となった。 ・ ファニュエル・ホール・マーケットプレイス/ボストン ・ サウスストリート・シーポート/ニューヨーク ・ リバーセンター/サンアントニオ ・ ホートン・プラザ/サンディエゴ ・ アンダーグラウンド/アトランタ ■地域活性化とコンベンションセンター 日本を含む世界でコンベンション都市宣言する都市が増えた。コンベンションに参加する来客が、ホテルや輸送機関の利用、飲食などを通じて地域に及ぼす経済効果は計り知れないものがあり、地域活性化にも大きな影響を及ぼすことになる。 ハード面だけの整備にとどまらずに、仕掛けるべきソフト面についてもアクションプログラムを基に努力が必要となる。例えば、コンベンションの核となる目玉づくりや姉妹都市コンベンションなどの企画、アフターコンベンションとしての「食・遊・寝」要素の確立、コンベンションビューロの組織化と活性化などが施設の整備と並行して手がけていくポイントと考えられていた。 ・ ニューヨーク・コンベンションセンター[1986年オープン] ・ サンアントニオ・コンベンションセンター[1986年リニューアルオープン] |
| ■ニューヨーク・コンベンションセンター[ニューヨーク] | |||
| 1 | エントランス | 2 | エントランス・ホール |
![]() |
![]() |
||
| コンベンション開催中シャトルバスが到着すると参加者があ ふれる・・・交通機関の整備が望まれていた。 |
「クリスタルパレス」の名のように16、000枚ものガラス(5×5 feet)を使用した建造物。メンテナンスに多くの人手と費用を要 している。 |
||
| 施設紹介 | Newyork
convention Center ・施設名称:Jacob K.Jabits NEWYORK convention Center ・運営主体:Ogden Allied Facility Management Corp. 1986年4月に5億ドルの巨費を投じて完成したニューヨーク初の専用コンベンション施設である。施設名称は、建設計画に尽力したニューヨーク選出 のジャコブ・ジャビッツ上院議員を記念して、ジャコブ・ジャビッツ・ニューヨーク・コンベンションセンターとなった。 ニューヨーク市が土地を提供、ニューヨーク州が土地整備費用を負担、ニューヨークコンベンションセンター開発公社が債権を発行して建設された。 運営はニューヨークコンベンションセンター運営会社が年間1ドルで州からリースする形をとっている。 ハドソン川岸の再開発地区に建てられていひときわ目立つ総ガラス張り(16,100枚)のセンターは、「クリスタルパレス」と呼ばれ親しまれている。 2000年までの施設スペースの使用は民間の企画エージェントによって予約済みの状態である。 |
| ■サウス・ストリート・シーポート[ニューヨーク] | |||
| 1 | 全景 | 2 | ピア17 |
![]() |
![]() |
||
| ピアに係留されている船は一般公開されており海へのロマン を漂わせている。ウォール街の高層ビルが林立しており独特な 空間となっている。 |
フルトンマーケットの海側にあるピア17は、オフィス勤めの人 や観光客をウォータフロントに結びつけ、水辺に人の集まる空 間を提供している。 |
||
| 施設紹介 | Sauth Street
Seaport ・店舗/レストラン:131店 ・延床面積:19,517u 最先端の技術の粋を集めて世界の経済情報を握る、金融の拠点ウォール街、ワールド・トレードセンター、ワールド・ファイナンシャルセンターなどの あるロア−・マンハッタン地区にイースト川に面し、古い吊り橋ブルックリン橋が丁度よく見えるところ、ウォータフロントとして有名なサウス・ストリート・ シーポートが多くの人を集めてにぎわっている。 19世紀、運輸交通の花形として船が中心になっていたころ、ロアー・マンハッタン地区の港は、人と文化と美味しい食べ物が集まる世界一の場所とな っていた。海運が衰退するにつれてフルトン港も寂れ、漁船だけが泊まる魚市場としての機能しか残らなかった。 この地域の歴史的建造物の保存を目的に設立されたサウス・ストリート・シーポート・ミュージアムが中心となり行政や民間の協力によって、昔のような 賑わいを取り戻す復興計画が1980年にまとめられた。 ラウス社が中心となり開発が進められ、1985年3億5000万ドルを投じたウォーターフロント・フェスティバル・マーケット・プロジェクトが終了した。 隣接して市営のフルトンフィッシュマーケットもあり、その特色を活かして、シーフードレストランや専門食料品店が集められ、港湾博物館などの文化施 設も導入されるなどビジネス的な側面とそこを通じて文化歴史的な遺産を伝えていくといった文化的側面の二つの柱が共存する形で成り立っている |
| ■ファニュエルホール・マーケットプレイス[ボストン] | |||
| 1 | ファニエルホール | 2 | クインシーマーケット |
![]() |
![]() |
||
| シティホールから望む米国独立運動家たちの集会場として使 われた歴史的な建造物ファニエルホール(レンガづくりの建物) |
クインシーマーケットを間に2棟のマーケットがあり、一日中 人が絶えない商業空間を形成している。 海に面し市庁舎やオフィス街を背景にしており、多くの人が 観光や買い物・食事に訪れる。 |
||
| 施設紹介 | Faneuil Hall
Marketoplace ・店舗/レストラン:140店 ・延床面積:20,353u ボストン市庁舎脇の階段を降りて行くと、白い塔の上にバッタの風見がのった煉瓦づくりの古い建物が正面に見える。 これが1742年に創建されサミュエル・アダムスやジョン・ハンコックなど米国独立運動家達の集会場として利用されていた「ファニエル・ホール」である。 このホールの後ろには、中央にドームののった全長160m余りの白い長い建物が、1826年に建てられボストンの台所といわれていたクインシー・マーケ ットである。この歴史的な建造物を保存すると同時に商業の中心として再生することによって旧市街地を活性化を促す計画が、ラウス社のフェスティ バルマーケットプレイスのコンセプトで開発が進められ1976年にオープンした。 ラウス社の注力と行政地区やウォータフロントに近く夜間でも比較的安全なナイトライフを楽しめることもあり昼夜を問わずに多くの人が訪れる「エキサ イティングな空間」に生まれ変った。 この影響で周辺地区には、新しいオフィスビルが建ち、隣接する埠頭にはホテルが建てられ、倉庫群は商業施設、オフィス、住宅に改装されている。 |
| ■リバーサイドモール[サンアントニオ] | ||||
| 1 | エントランス | 2 | リバーフロント | ショッピングセンター内 |
|
![]() |
![]() |
||
![]() |
||||
| ストリートレベルからのエントランス(2階部) | サンアントニオ川に面して川からのアクセス も可能でリバーフロントのショッピングセンター。 |
内部は3階、1階はリバーレベル、2階はス トリートレベルのエントランス、3階はファッシ ョン関係の小売店中心として店舗構成となっ ている。 |
||
| 施設紹介 | Rever Center ・店舗/レストラン:135店、デパート:2店 ・延床面積 サンアントニオの街中を静かに流れるサンアントニオ川、川沿いに地元の人に「パセオ・デル・リオ/川の散歩道」と呼ばれ親しまれている散歩道が続いている。この散歩道をたどっていくと美しい中庭とガラスのパビリオンの優雅な建物からなるショーケースのような「リバーセンター」のコートヤードに導かれていく。サンアントニオの都市部開発事業の中で、最も画期的なものとして賞賛をあび、2,000万ドルを投じて1988年に完成した。施設の裏側には有名なアラモの砦があり、道路を隔ててコンベンションセンターがあり、散歩道をたどればリバーウォークで一番賑わっている場所があるなど恵まれた環境に立地するショッピングセンターをデザインするにあたって、サンアントニオの歴史的遺産と地域性を活かし、将来に向かってダイナミックな展開を目論んだコンセプトづくりを行った。 建物に囲まれた運河のある中庭には、フードコートの椅子やテーブルが並び、運河を眺めながら食事や話をしたりの思い思いの時を過ごすことができる。何ともいえない心地よさを感じさせる空間となっている。 |
| ■ホートン・プラザ[サンディエゴ] | |||
| 1 | エントランス | 2 | ショッピングセンター内 |
![]() |
![]() |
||
| 斬新な「街の中の街」というコンセプトで開発、舞台装置の ような構造物が回廊のように立っていて錯覚を覚える。 |
有名なジョソップの時計、カラフルなバナー、手押し車の店 などマーケットの気分を盛り上げるアイデアが目につく。 |
||
| 施設紹介 | Horton Plaza ・店舗/レストラン:150店 ・延床面積:83,643u サンディエゴのダウンタウン再生の切り札として、1985年に1億4000万ドルを投じて完成した巨大な複合商業施設「ホートン・プラザ」は、今までの商業施設デザインとは 異なる斬新なコンセプト「街の中の街」のもとに開発された。見上げるばかりの建物が、実は壁であったりといった奇抜な、これまでの概念の建築とは呼び難い建築群 で、まるで舞台の大道具がそのまま出現したようで、訪れた人にとって別世界に誘われたような驚きを感じる刺激的な空間となっている。 いろいろな人が訪れるショッピングセンターにおいて、このような奔放な試みが許されることは非常に難しく、また新しい商業空間の価値のプレゼンターとして機能して いることを見るときに、この成功は意義深い感がする。 アンカーテナントとして4つのデパートを含む160の小売店の他に劇場、美術館、映画館などの娯楽、文化施設から構成されており、単なるショッピングセンターではなく 複合商業空間開発といえる。 |
| ■ギラデリ・スクエア[サンフランシスコ] | |||||
| 1 | サンフランシスコ湾に面した正面 | 2 | テラスから望む中庭 | 3 | 歴史的な建造物を改造した施設群 |
![]() |
![]() |
![]() |
|||
| サンフランシスコ湾を望む傾斜地に建つチョコレート工場を 再開発したショッピングセンター。煉瓦つくりで新旧を調和さ せている。 |
陽光穏やかな気候と海からの 潮の香りが心を和ませる。 遠くにアルカトラス島を望む。 |
歴史的な建造物の保護と新しい活かし 方の意味を印象付ける施設構成。 奥に見える西部で最古の織物工場。 |
|||
| 施設紹介 | Ghirardelli
Squara ・店舗/レストラン:91店 ・延床面積:14,405u ケーブルカーの終点に近い、サンフランシスコ湾を望む傾斜地にある煉瓦づくりのチョコレート工場。働く人の憩いの場として、庭に果樹が植えられ、その下に大理石のベンチが置かれ、工場の建物の上には「Ghirardelli」のネオンサインが輝き、湾に入ってくる船への目印となっていた工場と土地が、人手に渡り壊されることを恐れた市民グループが、これを入手し、新しさと古さとを調和させた魅力あるランドマークに仕立て直す計画をまとめあげた。 1964年11月、今までなかった形態のショッピングセンターとしてスタートした。 歴史的な建造物の保存・再開発のプロジェクトとして、またスペシャリティ・ショップを主体とした商業施設として成功は、他の再開発の羨望の的となり、歴史的建造物の保護と新しい活かし方との意味を強く印象付ける結果となった。 1983年、消費者のニーズの変化などに対応した競争力ある魅力ある施設づくり策が取られ、1986年に現在のような構成の施設がオープンした。 |