《白  浜》
白浜 円月島

 浪人生活の間、ある短期大学の学内食堂で仕事をしていたのが縁で、そこのご主人が白浜(白良浜)で食堂をしているという話があり、 夏休み期間同行して仕事をさせてもらうこととなった。

 7月に入って、講義もまだ少し残っているのを坂元君に託し、一緒にアルバイトをする仲間の一人山崎恵子さんと、急行『きのくに』 の車中の人となった。主人夫婦は他のバイト生と共に車で先乗りしていて、必修の講義が残っていた私と遅れて参加した彼女の2人が取り残された為、汽車で行ったわけなのだが………。    

(車中にて)

 中年の御婦人2人と、ちょうど向き合う形で同席となったのだが、座った時からこちらをジロジロ見ている。

  何故だろうか? 私等2人して、大きなボストンバッグを片手に殆どどちらからとも話しすらせず、下を向いたり窓の外ばかり見ていたものだから…………。

案の定、

 「何処から来はったん?」

 「新婚さんでしょ、どちらへ?」

と言って、自分等の持ってきた菓子や果物を分けてくださる。無下に断るわけにもいかず、弁解するわけにもいかず黙って頂いたのですが、 はたちの私と17才の彼女が新婚さんに見えでもしたのかな。彼女は少し大人びて見えたし、私自身も老け顔であったのは確かなのだが。その御婦人2人が、 御坊で下りられた時には、少なからずホッとしたものだ。

  7月16日昼過ぎ、白浜駅に私達2人は降り立った。到着時刻を伝えておいたので、役場にお勤めの弟さんが、わざわざ昼休みを割いて迎えにきてくださっていた。

 「有り難うございます。」

 「イイヨ、イイヨ、ちょうど出向く用事もあって、その途中立ち寄っただけだから。」

 「スンマセン。」

   ……………………。

   店は白良浜の南端(三叉路)の所で、バス停の真前にある。大きな旅館が山手すぐにあり、海岸への降り口も目の前にあって、店を構えるとしては 最良の場所といっても良いだろう。未だ夏休みに入ってはいないが、海岸にはアチラコチラにカラフルな水着も見える。平日でもあるので、白浜・田辺近辺の高校生が試験休みで 遊びに来ているんだろう、その様な風情の輩がウロウロしている。男の海パン姿を見ていてもアホらしいので、店内に入って開店準備の手伝いをする事にする。 夏休み前迄は夜しか開けていないので、その準備及び仕込みの作業をする。ホテルや旅館のお客さんが、宴会を終えて夜中10〜12時頃一杯機嫌で『腹減った』と言って よく入ってくるからだ。

   主人曰く、

 『昼は海水浴で太陽光線を充分浴びていて、皆が皆水分を補給したいと思っているので、味付けは出来るだけ薄味ですんなり食べられる様にしたってや。 そして晩の客に対する味付けは、少し濃い目にしてや。旅館は案外薄味やから。』

そういえば、後日晩の仕込みをする時、うどんの出汁に追い鰹を少ししていた様だ。

アルバイト生は4人なのだが、男は私一人のみ。何故?何故?

 「何故(?)って、茂君。早朝と夕方の仕込みや、夜の店番任すためにだよ。」

 「ホンマ?」

 「本当も本当。夜の店番ワシ一人にやらす気か?」

  そうまで言われると、私一人男が入ったのも頷けんこともなかった。私の1日の仕事は、午前7時半から午後1時迄と、午後6〜7時の約1時間及び 9時から11時半迄の間と飛び飛びの時間帯である。(女の子達は奥さんと同様、午前9時から午後6時迄なのに。奥さんは、その後少しの間残ってはいるが。)

  本格的に食堂の仕事に入る前日、千畳敷付近の浜辺で、浜鍋をする為皆で遊びに行った。ハマチや蛤、野菜等は市場で仕入れてきたが、他の具は現地調達。 早速スキンダイビングで鮑採りをし、拳大のが3つほど採れて大満足していたら、ご主人と弟さんはさすが地元の人、ざるに一杯になるまで採ってきた。 刺身にしたり塩焼きにして食べたりし、味噌仕立ての浜鍋等で持ってきた握り飯は、いつのまにかカラッポに。

 見上げると、千畳敷見物の人々が垣間見える。向こうの人もこっちに気がついたのか手を振ったので、こちらからも振り返してやった。

 「ア、あのフレアスカートのねえちゃん、ヒラヒラしてる。水中眼鏡じゃなく、双眼鏡を持ってきたほうがよかったかな?」

と独り言を言ったら、突然ゲンコツが “ゴン” ときた。後ろを振り返ると、恵子ちゃんが目ん玉吊り上げて拳固を振り上げている。

 「何すんだョ!」

 「変なこと、考えてたんでしょ。」

 「別に…………。」

 「嘘!」

 「 ……………。」

 8月の土用波が来る時まで、同じパターンの仕事の繰り返しが続いた。初めのうち午後の休憩時間は、界隈の喫茶店巡り―白浜なのに‘東京’って名前もあった― をしたり、週刊誌等を読んだりしたのだが、行ったりするのも飽きてきたし(本当は小遣いが底をついた)、すぐ下の浜辺で寝転んでいたり、又防波堤に腰を掛けたり寝転んで、 持参した文庫本を読み漁り、夜の休憩はすぐ裏にあるスナック『バラード』に、入り浸っていた。

 ママの息子さんが私と同年輩であり、

 「東京の大学に行って、こっちに帰っても来ない。」

と、嘆いておられた。

 バーテンの青ちゃんと大変仲良くなり、スナックでの遊び方(ナフキンやマッチ等小道具を使って)を教えてもらった。7月にここに来てからアルバイトを終わる迄、 夜のみならず昼の間も『バラード』に入り浸っていたのに、代金を支払った記憶がない。

 「お兄ちゃんはイイヨ!」

 「 ……………? 」

 白浜での仕事も打ち上げとなって、最終日に田辺のレストランで、打ち上げパーティを開いて頂いた。ワイワイ、ガヤガヤ、ご主人のお母さんも総出で、 飲食の後(奥さんは、未だ子供さんが小さいので先に帰られた)酒を飲まなかった弟さんの車に乗って帰る途中………。

 白浜スカイライン に入ってすぐの左カーブを、眼前から軽トラックが突っ込んできた。

 「ア〜!」

と叫ぶ間もなく、右サイドをガリガリ。弟さんは、左急ハンドル及びパニックブレーキで事無きを得たが、相手の軽トラックは、一回転半して横倒しの状態で止まっていた。 ご主人は後から単車で追ってきていたので、逐一見ていたらしいのですが。

 助手席のひとみチャンと後部右の恵子チャンは、3日間ほど耳鳴りが続いたと言っていたが、私は後部座席の真ん中、ヘッドレストの無い席なので、 全治2週間の『ムチ打ち』。

 「ア〜ァ、何てコッタ。」

後で、悔やんでも仕方がないか。

 先方の運転手は、飲酒運転でもって、尚且つ首の骨を折って重傷とか。自業自得といえばそれまでなのだが、そうとはいえ、心配でならない。

大阪に戻る日、弟さんが、

 「これに懲りずに、来年もまた遊びにおいでよ。」

その言葉に、来年の再会を約束して白浜を後にした。