《再び 白浜》

 南九州旅行から戻ってから、この旅行の残務整理やらアルバム整理等をしながら、旅で知り合った友達への手紙を認めていたら、 まきこ から手紙が届いた。忘れていなかったみたい、嬉しいかぎりである。早速返事を認め一緒のとき撮った写真も同封し返書を送る。

 旅行が終わっても、色々と忙しい日々を過ごす。但し勉強のほうではなく、G・かほくの活動の件で。最近は殆どハイキングやトレッキングが主体となってはいるが、 京都大原や宇治及び裏六甲仁川へのトレッキング等を消化していったが、我が身の軍資金が底をついてきた。
    (なんせ、日曜日に活動が有るもので、遣うばかりで入るものも入ってこないので)

 夏の “上高地蓼科キャンプ”の活動は、織田に任すことにして、私は再び白浜に仕事に行くことにした。昨年同様、夏休みに入るとすぐにご主人の車で、白浜へ乗り入れた。
 7月15日より、台風の最中店を開けて仕事を始めたが、去年と比べて活気も無く、7月中は店内誠に良く空いていて、客の入りも非常に少なかった。8月に入ると、家族連れが多くなり始め、こちとらとしても、やっと順調な仕事が出来る状態となったが、去年のピークと比べ7割に届くか届かないかの不況。平日の2〜6時頃は、閑古鳥が鳴く始末。日曜日を除くと海岸は人で一杯なのに、店は暇を持て余している状態が続いた。
 バイト生も今年は男の子(隆君)が同行していたので、夜の店番も交代に勤務でき『バラード』に入り浸る時間も増えた。

 今年は最初にバーボンのボトルをキープしておいたので、仕事の無いときは、それをチビチビ飲りながら夜長を過ごしていたのだが。

 「青ちゃん、今夜はもう上がりやから、スリーで頼むわ。」

 「エッ! 何時も多くても2本やのに?」

 「うん。後は帰って寝るだけ。」

 「OK.」

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 「煙草、置いてなかった?」

 「いや、茂さん。忘れてなかったみたいだよ。」

 「ふ〜ん。」

 丁度、その時カウンターの斜め向かいに座っていた、何処かの会社の慰安旅行で来ていたのだろう3人組の女の子の右端の娘が、ソッと出してくれた。自分の吸っている銘柄では無かったが、有難く頂いた。

それで話のキッカケがつき、1時間ほど会話を持ち海岸に下りて浜辺の散歩までしたのだが、連れの女の子達が野暮にも (本当は彼女を守る為?) 探しに来て、一緒にホテルまで戻ってしまいよった。ホンマ、アホラシ。

 も一度、バラードに戻って、飲み直す事に。

青ちゃんから、

 「さては、振られたな?」

と、ひやかされたが。

 「うるさい」

浴びるぐらい飲んで、素直に帰って眠った。

 翌朝目覚めると、奥さんが、

 「手紙が2通届いてたよ。」

と言って、渡してくれた。名古屋の髪の長い方の娘 トンコ(上田さん)と まきこ から。

 『白浜での仕事が済んだら、名古屋に遊びに行くから。』
と手紙に書いておいたので、その返事が来たのかな?

 『8月20日なら デコちゃん (木村)は用事が有るらしいけど、私はOKヨ。』
との返書だ。

 早速昼の休憩時間に、その時行く旨を書き返事を送ることにする。しかし、仕事は8月17日に終わるのでどうしようかな?  今まで一度も行ったことの無い 潮岬 に行ってから、訪れようかな。
 まきこからは、8月最終の土日が仕事も休みとのこと。横浜に行く約束もする。(こりゃ、8月の第3及び第4の週末忙しくなりそうだ。)

 8月10日頃弘美ちゃん(私の仕事中のけんか仲間)が、急に東京の方へ戻ると言い出し―― 大阪からバイトに来ている女の子の友達で、東京の女子短期大学に通っている。――慰留したがままならず、東京に帰る日(12日)の前夜寝床に就いてから、男女は別々の部屋なのだが、私を呼ぶ声がして戸口に立つと、彼女が、

 「ちょっと来てくれへん?」

 「何や。」

 「タバコ、有る?」

 「まだ未成年やろ、おまえ。」

 「いいでしょ、頂戴。」

 「ちょっと待て、………… ん。」

と、私も一服する。

 「でね、わたし仕事のとき、色々うるさい事ばかり言って、悪かったと思っているの。本当にごめんなさい。」

 「もう、いい。ちょっと外に出るか?」

 「大丈夫?」 ……………………………

誰かが咳払いをしたようなので、外に出るのは止めたが。

私も、色々とうるさく細かい事まで言って喧嘩もしたが、こうも素直(?)になられると、今までの事許しちゃおうか、という気になるから不思議。

後で、弟さんから『未成年者に、煙草を吸わせてはいかん。』と、怒られはしたが。