《東京周辺》

 


 前期試験も滞りなく終わり、真面目に講義に出席していて(私の悪友2人は、時々見かけないときもあったのだが)冬休みまで後2日となった日、キャンパスで織田に呼び止められた。

 「おーい、茂。」

 「あれ?久し振り。最近来てたか?」

 「来たり来んかったり、不定期便です。」

 「今年頑張っとかんと、4回(4年生のこと)に上がってから辛どくなるぞ。」

 「分かってるって。今日呼びかけたんは、何やけど…………。」

 「ひょっとして、ひょっとする(旅行か)?」

 「イブの日、相模湖のYH予約取れたから、一緒に行かへんか?」

 「やっぱりな。」

 「何がやっぱり?」

 「彰から呼び止められたら、講義の写しか、それとも何処かに出掛ける話しかあれへん。」

 「坂元も、東京に遊びに行くって言っとったから、向こうで合流する話はついてる。」

 「で、あいつは?」

 「今日も、来てへんかったみたい。京橋で一緒やなかったから。」

 「大丈夫かいな。」
 

  なんやかんやで、話はとんとん拍子に進んで、休みに入ってすぐ東京に行ったのだが、余りに急な旅支度だったもので、まきこに連絡も取れなかった。向こうに着いてから、連絡が出来るかどうか不安だ。
叔父の家には、『2日目と3日目の晩、泊まらせて。』と電話を入れて了解も得たが。(叔父にも、急な奴だと言われたが。)

 こいつらと出掛けるときはどうも急でいかんし、又新幹線や特急ばかり使いよる。俺としては少ない小遣いで、遣り繰りしてるってのに。
 東京に着いたら、坂元とは新宿の京王プラザホテルのロビーで待ち合わせをしているので、そこで待っていると外から入ってこず(部屋に通じる)エレベーターから出て来よる。 二人して、

 「ここに泊まってたん?」

 「そうだよ、君らは?」

 「相模湖のYH泊まりだよ。」

 「オ〜ォ!」

 何言ってやがんでぃー、ホンマ。最上階のティーラウンジで、ランチ・セットを奢らせ少しばかり散財させて、気分を晴らすしかなかった。 型通りの東京見物に出ることにする。“東京タワー”より昼間の東京都内を展望して、そして“皇居”へ。

  ♪あれが二重橋

      記念の写真を撮りましょうね

 誰が、ムクツケキ男3人の写真を撮るものか。

 『3人で撮ると、真中の一人が早死にする。』と言う謂れもあり、一人ずつでは撮ったが。東大の“赤門”や、早稲田の杜にも行った。(大学巡りやりにきたの?)

 「本当は、早稲田に入りたかった。」

とは、坂元の弁だが

 「頭が、ついていかなかった?」

 「そうそう、そうですヨーダ。」
 

 中央線を真っ直ぐ西へ進み、三鷹、国分寺、立川を過ぎ、八王子まで来ると夕方のラッシュに乗ったのも何処へやら。神奈川県に入り“相模湖駅 ”に着くと、降車するのは我々2人と数人のみ。乗車する人は? ?

夕闇の迫るなか、霧(靄?)も発生してきた。

 「俺らの泊まるYHは?」

 「湖畔の方だ、と聞いたんだけど。」

 「知らんと来た訳?」

 「住所は知ってるヨ。」

 「エラソニ ユウナ!」

 私も行き当たりばったりはよくするが、それにも増して織田という奴は。本当によく調べてから、予約したんかいな。場所を知らんということは…………… ?

辺り一面に闇が広がりはじめた中、ポツン と木陰の間から灯が一つ。

 「アレダ、アレ。」

やっと、今日の宿に辿り着けた。ホンマ、ヤレヤレ。

 まきことも連絡が取れて、『明日の夕方ならOKよ!』との返事を貰ったが、明日といえばクリスマス、そしてその夜。ハテどうしようか、何も考えてなかった。

 織田や坂元は、この件(彼女と逢う事)については、何も言ってないので知る由もない。

 翌朝、再び坂元と落ち合い、原宿、六本木等を巡り歩き、昼前に国電で“大船”へ向かう。

 昼食がわりにと思って、駅構内の立ち食いでウドンを摂ったのだが、そのウドンの不味いことったら。『醤油の中に、ウドンが浸かってる。』と表現した方が良いのか、ただ汁がだだ辛くて飲めた代物じゃない。大阪では、汁は飲み干すものだが、東京はそうじゃないと言う事(?)。周りで食べてた連中が、奇異な目で私達のことを眺めとったが。

 オイラ、しーらね。

 横須賀まで出て、港の方へ向かって歩いていき、アメリカ軍の基地(軍港)へ入る引込線に沿ってウロウロして、丁度その引込線の入る倉庫群近くのネットフェンスを 覗いたら、警備兵が近寄ってきて、大声で叫んできた。

 「何をしている。入るんなら正面ゲートの方へ回れ。」(勿論英語でだよ)

 坂元はブツブツ色々言っていたが、その兵は小銃も持っているし、ぶっ放されてもヤバイので、早々に立ち去ろうと促して、逃げるようにそこを後にした。 通称“ドブ板通り ”はまだ夕方までには早すぎるのか、シャッターは閉まったまま。ネオンの灯もなく、ケバイ化粧のホステスも見当たらないこの時間は、ただ殺風景な荒びれた裏道の様。

――― 決して表街道とは言えないだろうが ―――

 彼等2人は、今日は熱海の温泉泊まり。『明日・明後日、伊豆半島巡りをする。』との事。私は、『残る2日叔父の家に厄介になり、叔父と一緒に日光や浅草巡りをする。』と言って、大船駅で彼等と別れた。

――― 今はもう正真正銘の‘オジン’だが、若い頃からオジンくさかった??? ―――

 約束の時間までにはまだ充分余裕もあるしミニ周遊券を持ってる事でもあり、鎌倉まで戻って江ノ電で長谷へ。そして邪宗門で暫く時間を潰し、大船から京浜東北線で石川町まで戻る。

 夕闇迫るなかを街燈の形作る影を追いながら、山手の坂を登り切り“外人墓地 ”へ。
この墓地に相対した場所に “山手十番館 ”があり、ここで港―ヨコハマ―の夜景を眺めながら食事を摂る。

 折りしも今日はクリスマス、賑やかな元町の街を人を縫うように歩く。

 「ネ、貴方。」

 「ん?」

 「貴方、お酒飲まなかったわね。」

 「大学2回の夏、クラブの打ち上げコンパでエライめに合って、それ以来無茶飲みはしなくなったけど。」

 「飲んでいないんだ、余り。それじゃ関内や伊勢崎は、行くのは止めよ。イイヨネ!」

   …………………………………

 「なぁ、来年俺も4回生だろ。それで大分以前手紙でも書いたと思うけど、『俺の 卒業出来るだろう旅行 の旅先で落ち合って、一緒に旅をしような。』と言ってたこと。」

 「うん、覚えているよ。それで何処に行くの?」

 「それが、………。」

 「それが ?」

 「でけへんかもしれん。」

 「何故 ヨ! 」

   …………………………………

 「何故 ?」

 「ちょっと大きな長期旅行、ほら前の旅(九州)の織田等と一緒に行こうかという計画が出来つつあるんだ、これが。もうそろそろ草案から、実行計画段階に入ってきた感じで。」

 「何処へ、何処へ行く積もりなの?」

 「多分 外国かも? 奴等、2人の悪友が居るんだけどね、卒業単位云々の事を考えなあかんのに、どっか行きたい、どっか行きたいばかり言いよる。俺も乗らん訳には………… 。」
 

   ……………………………
 

その夜遅くに、叔父の家に帰り着いた。