横浜人活弾圧事件
 
 横浜人活弾圧事件で、国労組合員は。、懲戒免職無効判決で17年ぶり復帰することになった。このことに関して、北海道新聞は、次のように伝えた。
 
 旧国鉄時代に横浜市の職場で暴行事件を起こしたとして懲戒免職処分となり、その後、無罪と処分の無効が確定した国労組合員4人が、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(旧日本鉄道建設公団)に17年ぶりに「職場復帰」することが24日、決まった。
 同機構は旧国鉄の権利義務を引き継いだ組織。懲戒免職となった組合員5人のうち、定年に達した1人を除く4人が3月1日に復帰する。
 1987年の国鉄分割・民営化の際、JRに採用されず、その後3年間に転職などに応じなかった1047人は解雇された。しかし、今回の5人は民営化以前に解雇されたため、民営化の3年後の解雇対象にはならなかった。
 組合員はJR東日本などへの現職復帰を求めていたが「懲戒処分を無効とした横浜地裁の判決でもJRへの復職は認めておらず、働く場を得るため支援機構への就職に応じることにした」としている。
 
 また、国労等は、次のような声明を発表した。
 
声      明
 
 本日、旧国鉄横浜貨車区「人材活用センター」に所属していた5名の国鉄労働組合員(藍和夫、岡本明男、金井四朗、清水敏正、遊佐修造)の懲戒免職無効、労働者としての地位確認請求事件(国労横浜「人活」刑事弾圧事件)について、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(旧鉄建公団、以下「機構」という)との間で「懲戒免職が違法・無効であったことの確認及び定年に達している金井を除く4名の職場復帰を認める」旨の合意に達しました。
 国土交通省丸山博鉄道局長は、これを受けて原告団、家族、弁護団、国労及び支援団体の代表者に対し「この間の当事者の皆様及びご家族の方々の筆舌に尽くしがたい御労苦を拝察すると痛恨の思いがいたします」とのコメントを発表しました。
 国鉄改革法が国会で成立した5日後の1986年12月3日、横浜貨車区「人材活用センター」において、管理者に4週間の傷害を負わせたとして、5名の国鉄職員が逮捕され、3名が公務執行妨害・不退去罪で起訴されました。93年5月14日、横浜地方裁判所は、暴力行為の不存在はおろか「管理者の挑発の策謀があった」等と指摘し、でっち上げ事件であったことを明らかにしたうえで無罪判決を言渡し、これは一審で確定しました。これに基づき3名には刑事及び費用補償、2名に対しても被疑者補償がなされました。
 一方、当時の国鉄当局は、5名に対し、86年12月26日、懲戒免職処分の事前通知をし、翌87年2月正式に免職処分の発令をしました。
 しかし、これに対して裁判所は 
 @ 横浜地裁 94年2月 1日 仮処分判決 
 A 東京高裁 95年6月30日 仮処分の控訴審判決 
 B 横浜地裁 02年8月29日 本訴判決
 でいずれも懲戒免職無効の判断を示しました。
 Bの判決は03年9月4日確定し、その後国鉄を承継する日本鉄道建設公団(10月1日からは機構となる)との間で解決に向け精力的な交渉を続け、本日全面解決に至ったものです。
 5名の切なる願いであったJRへの職場復帰は残念ながら実現できませんでした。しかし国鉄の分割・民営化という国の政策の実行過程のなかで、これに反対する国労の弱体化、壊滅を狙い、意図的に仕組まれた謀略事件であった本件で無罪判決に加えて、懲戒免職処分の無効を確認させ、国鉄を承継する機構に職場復帰を勝ちとったことは大きな勝利です。
 この勝利は昨今の厳しい政治、社会状況のなかにあって、不当な弾圧にくじけることなく、17年余の長期間たたかい抜いた原告とその家族の筆舌に尽くしがたい労苦と奮闘があったればこそもたらされたものであり、同時に一心同体でともにたたかった弁護団、たたかいの当初から一貫して支援してきた「勝ちとる会」、国会議員、学者、文化人をはじめ、この国の民主主義と人権擁護のために熱い想いを寄せていただいた広範な人たち、そして何より幾度もの全国規模での署名、カンパ等物心両面で支えてくれた国労組合員と全国の働く仲間の支援と連帯のおかげであり、心より感謝申し上げます。
 
 私たちは、これからお礼と恩返しにかえ、本件と軌を一にする1047名の不採用問題の一日も早い解決、JR職場の労使関係の改善、すべての争議の勝利解決、働く者の権利確立、人権擁護のために奮闘する決意です。
 ご支援いただいた全国の皆さん、本当にありがとうございました。
 2004年 2月24日