魔法少女ハイパーひかり(#1)-ステッキの悪夢-

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「じゃあ、よろしくね。しっかり見守ってる
から…」
  待てと言いったとしても、待ったなかった
だろう。
  初対面の人間に、いきなりステッキを手渡
して「これ、魔法のステッキなの」と言うぐ
らいの人、だ。
  なにより、ひかりの性格では「待って」な
ど、とても言えない。
  手にステッキ…老紳士に似合いそうなもの
でも、乗馬に使いそうなものでもない…カラ
フルで、一見するとプラスチック製。それに、
一生懸命に飾り立てられている。中学生が持
って喜ぶようなものではないばかりか、これ
を持って街を歩くと、世間の風がつらくあた
りそうである。−特に、同じクラスの男に見
つかれば、だいたい次の日に何が起こるか、
わかる。形、ベースカラー、装飾…明らかに
女児向けのアイテムだった。
  ひかりは、苦虫をかみ潰したような表情で、
消えて行く少女を見つめていた。
  ひかりにステッキを手渡した少女は、自分
をあおばと言っていた。もっとも、ひかりに
とっては、名前なんぞどうでもよろしい、で
あろう。今目の前で、人が消えて行くという、
信じられない光景があるというのに、ひかり
には、ステッキのデザインが信じられない。
  ひかりは背が低く、ときどき小学生に間違
えられることがある。背の高さで悪口を浴び
せてられたこともある。それも手伝ってか、
子ども扱いされるのが、ひかりには許せない。
なかでも、女児向け玩具などは、彼女の最も
嫌うものであった。口の悪い同級の男子に、
間違いなく「お似合いだ」と言われるだろう。
  あおばがすっかり消えていなくなったら、
すぐにひかりは、あたりを見まわした。
  目撃者がいないか…。
  ゴミ箱はないか…。
  魔法のステッキなんか、好きで持っている
わけではない。嫌いなものを好きだと誤解さ
れ、そのうえ、嘲笑、うしろ指ぐらいは、覚
悟しなければならないとなると、目撃者も気
になるし、とっとと捨てたくなる。
  幸運なことに、ひかりを見る人は、いなか
った。そして、次の日は、この地区の、不燃
物ゴミ収集の日だった。
「ゴミ箱…あ、あった!」
  集積場所に、プラスチック製品やらなにや
らが、集められていたのを、ひかりは見つけ
た。
  一直線に、集積場所に歩いた。少しでも早
く、女児玩具を廃棄するために。
  しかし−
「あ、ひかりちゃん?」
「わっ!?」
  男の声に、ひかりは、飛び上がってしまい
そうなぐらい、驚いた。
「ごめん、そんなに驚くなんて思わなかった
よ」
  後ろから、聞き慣れた声がきこえた。
「つ…塚原…せんぱい…」
  同じクラスの男子たちより、親きょうだい
より、いちばん見られたくない相手に会った
ような気がする。
  こんなところで会うなんて…さいあく。
  しかし、塚原の方はというと、ひかりの顔
が見えないからか、この場を離れようとはし
ない。
「ゴミの中に、なにか落した?」
  塚原先輩は、ステッキを捨てることなど、
考えていないようだった。
  −もしかして、ステッキに気付いていない
かも知れない!ここは、適当にごまかせば、
どうにかなるかも知れない。ひかりは、顔は
塚原の方には向けずに「なんでもないです」
と言った。
「ちょっと、考え事をしてて…それだけです」
「へえ、そう」
  ひかりは、目を固くつぶった。この状況、
とぼけ倒したい…もうあとは祈るしかない。
「ところで、その玩具、どうしたんだい?」
  きた、か…。祈っても無駄だってことは、
分かってた。どうせ見えてるんだから。
「これ…ですか?」
  ひかりは、塚原先輩のほうを向いて、おそ
るおそる、たずねた。
「いとこがいるの?」
「え?」
「いとこに女の子がいて、プレゼントするん
じゃないの?」
「あ、そ、そうなんです!そうです。はは…」
  適当に話をあわせて、笑った。もちろん、
塚原先輩はけげんそうな顔をしている。もっ
とも、塚原先輩は、それ以上の詮索はしない。
「もう遅いね。送って行ってあげようか?」
  せっかく言ってくれているのに、ひかりは
断った。
「いえ、いいです!ひとりで帰れます。すぐ
そこですから!」
「たしか、ここから歩いて十分以上はかかる
んじゃ…」
「そうですけど…お気持だけ…それじゃあっ!」
  ここまで変だと、さしもの塚原先輩も「大
丈夫かな」とつぶやいてるだろう。しかし、
とりあえず、逃げ出すことには、成功した。
「ひえー、まずいまずい」
  しばらく走ってから、立ち止まった。
  だいぶん、日も暮れてきた。
  あらくなった息を整えて、また歩き出した。
「いとこがいるって嘘ついたけど…」
  ついさっきのことを、ひかりは思い返そう
として、はたと立ち止まった。
  普通だったら…「ひかりは女児向けの玩具
で遊ぶ趣味がある」は論外として…「妹がい
るの?」と聞くはずだ。それで「妹はいませ
ん」と答えて、「じゃあ、いとこ?」とくる。
それなのに、塚原先輩は、真っ先に「いとこ」
と言った。一度「私は姉しかいない」と言っ
た記憶がある。きっと、妹がいないのを、覚
えていてくれてるんだ。
  そう思うと、嬉しくなってきた。
「それに、私の家も知っててくれてるみたい
だし…ふふふ、ふふふふふふふ…」
  歩きながら、思わず笑い声が洩れ出てしま
う。
「気味悪いな」
  そうだ、気味悪い。それでも、ひかりの頭
の中は、塚原先輩のことで一杯…だったのが、
急に引けた。
「お、お…」
−岡田に見られた!
  ひかりのすぐ隣に、自転車に乗っている岡
田がいた。同じクラスの男子生徒だ。
「お前、なに不気味に笑ってたんだ?」
「か、関係ないでしょ!?」
  ほてってるのが、自分でも分かるぐらい、
ひかりの顔は赤くなっていた。
「すごい顔。真っ赤だな」
「だから、岡田には関係無いの!」
「それは、これの…まあ、確かに、俺には関
係無いか」
「なに言ってるの?」
  ひかりの質問には、岡田は答えなかった。
しかし、依然、岡田の自転車はひかりの横を、
ゆっくり進んでいる。
「まあ、あれだけ不気味に笑ってたとはいえ、
他人事と言えばそうなるよな」
  自分のことにしたいかのような岡田の言葉
に、ひかりは、カッときた。
「はっきり、他人事よ!」
  岡田は「ほぅ」と言った。こう言った時の
岡田は、いろいろごたくを並べ立て、しかも
それは、やりこめる、といったものじゃなく
て、おちょくる、と言った方が適当だろう。
しばしば、ひかりにも、このような攻撃を浴
びせているから、彼女もよく知っている、や
りこめられる方がまだましだ、と。
「じゃあ聞くが、一般論として、クラスメイ
トが国道のど真中を踊りながら歩いて、そい
つに、ことの次第を尋ねるのは、責められる
べきことか?」
「そんなこと言ってるから、嫌われるのよ」
「それは、俺が一匹狼になってるということ
か?」
  ひかりは、勢いにまかせて「そうよ」と言
いかけたが、結局は言えなかった。岡田が皆
から嫌われているというわけではない。もち
ろん、ひかりは岡田が嫌いなのだが。
「じゃあ、はっきり言うわよ。私は岡田が嫌
い、それでいい?」
「じゃあ聞くが、踏み切りの中でへらへら笑
いながらバク宙を繰り返すやつに嫌いと言わ
れて、落ち込むと…聞いちゃいねえ」
  ひかりは、既に岡田の前から消えていた。
  夕闇迫る路地で、独りにされれば、ぐうの
音も出ない。
「あいつも、成長したな…」
  相手にされないのが、一番つらい。
「そりゃまあ、ああいうステッキ持たされて
るのからな」
  岡田は、つぶやいた。
  その岡田が駄菓子屋の前の自動販売機で缶
コーヒーを買うころ、ひかりは家についた。
「ただいま〜」
  いろいろあったが、家に帰れば、ゆっくり
できる。ステッキの捨て場所も、じっくり考
えられる。
「お帰りなさい、ひかりちゃん」
  ご丁寧に出迎えてくれたのは…あおばだっ
た。
「あ、あ…」
「そう、あおばだよ」
  にっこり微笑むあおばに、ひかりは悪魔を
見た。これでは、よもやステッキを捨てられ
ない。
「もしかして…」
「ん?ひかりちゃんを見守るために、ここに
お邪魔することになったの」
  決定的な一言に、ひかりは、玄関にへたり
こんだ。
「ひかりちゃん、大丈夫?」
  あおばの声は、ひかりには届かなかった。
  −人生、いろいろある。
  −事実は小説より奇なり。
  −夜書いた手紙は、朝読み返せ。
  そんな言葉が、浮かんでは、消えた。
「もう、いいや…」
  ひかりの、心の底から出た言葉だった。中
学生なりの、人生の悟り。明日は良いことが
あると思う。とりあえず、早くご飯を食べて、
早く寝よう…。
  そして、今思い出したけど、岡田に「ステ
ッキ」のことが、ばれてる…。本当に…早く
…寝よう…。
  そのまま、ひかりは気を失っていた。

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