魔法少女ハイパーひかり(#2)-とつぜんの居候-
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どんより曇空のような、けだるい感覚。し
かし、心地よさの方が勝っている。こんな気
分がしばらく続く。意識があるようで、はっ
きりと考えるちからが湧いてこない。ふわふ
わと漂っている。そのうち、いきなり何かに
押されたように、目が覚めた。
ひかりは、目だけを動かして、部屋の中を
見まわした。天井があって、壁があって、カ
レンダーが見えて、机もあって、本だなもあ
る。そして、どこかで見た少女が、じっと、
ひかりを見つめていた。
誰だったか…まだうまく動かない頭で、ぼ
んやり考えてみようとしたが、その前に、あ
おばが叫んだ。
「おばさん!ひかりちゃんが起きましたぁ!」
遠くで、ひかりの母親が「お昼食べるか、
ちょっと聞いて」とか言っているのを聞いた。
「…だって。どうする?」
だんだん意識がはっきりしてくると、そこ
にいるのが誰か、思い出した。
彼女は「あおば」で、記憶に間違いが無け
れば、あおばはひかりに子どもじみたステッ
キを手渡している。
「食べないの?」
ひかりは、何も言わずに、布団を顔のあた
りまで引き上げ、あおばから顔を隠した。
「分かった。食べないのね」
あおばは、立ち上がった。
「じゃあ、私は外に行くから、食べたくなっ
たら、おばさんに直接言ってね」
−言われなくても、そうするよ、本当は食
べたいけど、あんたがいるところで、食べた
くないのよ−ひかりは、独りになった部屋の
中で、いまいましそうにつぶやいた。
遠くでドアが閉まる音が聞こえた。どうや
ら、あおばが外に行ったらしい。ひかりは、
ようやく布団から這い出した。
「あら、起きたの?」
母親の望は、ダイニングでコーヒーを飲ん
でいた。
「ん…起きたよ」
「お昼、食べる?」
「ん…」
「じゃあ、そこで座って待ってなさい」
ひかりは、母親の言われるままに、椅子に
腰かけた。
「ひかり」
「なに?」
「昨日、家についたとたん、気絶してたでし
ょ?」
「ん…そうみたい」
ひかりは、倒れる前のことまでしか覚えて
いない。ただ、記憶が無いなら、倒れていた
のだろうと推測がつく。
「あなたねえ、本当に熱を出してたのよ」
「そうなの?」
熱を出すような心あたりは、特に無い。か
ぜをひいていたとか、体調が悪いとか、拾い
食いをして、食あたりになったとか、そうい
ったことはなかった。
もっとも「知恵熱」とかいうように、ちょ
っとしたことで、熱を出したりするものでは
ある。
「よくあることじゃない。何かあったら熱を
出すって」
ひかりは、あからさまに不快そうな表情を
見せた。
「そんなにガキじゃない…」
「おとなだって、熱を出すわよ。ちょっとし
たことで」
望にとっては、娘がむすっとするのは、い
つものこと。そのまま受け流す。
「とにかく、大したこと無いって言ってたの
よ。それなのに…あおばちゃんね、ずっとそ
ばにいたのよ。『熱を出したのは、私のせい
だ』ってね」
ちょっと、きた。
ひかりは、こういう話に弱いわけではない
けど、胸が締めつけられるような感覚を、知
らないことはない。じわりと、ちょっと息苦
しくなるぐらい、それぐらいには、感動した。
でも…と、思った。ひかりは、あおばを許
すような気には、まだなれなかった。他人に
変なものを押しつけ、他人の家に勝手に上が
り込んでくる女の子は…男の子でもダメだけ
ど…さすがに友達になれない。そして、こう
いう「お涙頂戴」の話に、素直には乗れない。
「どうしてあの子を泊めることにしたの?」
「ああ、あおばちゃんね。うちでしばらく面
倒を見ることにしたのよ」
「へえ…」
ひかりは、泣いたり怒ったりはしなかった。
一晩看病してくれた「恩」というか、悪い人
じゃないと思えるようになったこともある。
でもそれよりも、諦め、だ。なんとなく、あ
おばが、この家に融け込みはじめているよう
な気がしていたのだ。これは、くるだろうな、
と。
「でも、どうして家で面倒見ることになった
の?」
「どうしてなんでしょうね…」
望は、ざるに茹で上がったパスタをあけて
いる。
「…魔法にかかったからかな」
ひかりはそれを聞いて、ドキッとした。
「な、なに、それ?」
言葉が震える。昨日の魔法のステッキとリ
ンクしているような錯覚にとらわれたからだ。
「不思議なかんじがあるじゃない?」
母親はというと、そんなこと気にもしてい
ない様子だ。
「魔法はおいといて…。実は、頼まれたのよ」
「誰に?」
「あの子のご両親に」
「あおばの親、知ってるの?」
「ひかり、他人様のご両親を『親』なんて言
っちゃだめでしょう」
「あおばのお父さんとお母さん、知ってるの?」
「ええ、あおばちゃんのお母さんとは中学の
時、一緒だったわよ。変わっててね…。それ
が、ちょっと前に手紙を送ってきて、あおば
ちゃんを泊めてあげて、ってお願いされたの
よ」
ひかりは、望の後ろ姿を見ながら、「断れ
なかったの?」と尋ねた。
「断れなかったんじゃなくて、断らなかった
のよ」
まあ、そりゃそうだろう。望は「あおばち
ゃん」を嫌ってるわけじゃなく、むしろ親し
げに「ちゃん」まで付けている。
「あおばちゃんと親しいって言うより…なん
て言うかな…お母さんに似てるんだけど…普
通じゃないじゃない?あの子」
とひかりの母親は、あっけらかんと言った。
「そりゃまあ、そうだけど」
「泊めたくなるじゃない?」
「ならないって…」
ひかりは、頭をかかえたくなった。そのう
え、「しかも、食費を供出してくれるのよ」
とまで言った。
「えーっ!あの子から食費を徴ってるの?」
いやな気分になった。ひかりには、子ども
からお金を受け取るという行為や性根が、気
にくわない。
「そんなに嫌な顔しなくてもいいでしょう?
下宿費全額出すって言われて、そこまではい
らない、って言ったんだから…」
「それでも良くないよ。だいいち、あおばが
どうやってお金を儲けてるの?」
しばらく、沈黙がキッチンを支配した。
「ご両親からのお金よ?」
日曜の昼下がりは、暇だ。ミートソースス
パゲッティを食べると、ひかりは、自分の部
屋でぼんやり、なにをするでなく、コミック
を見ていた。
少し前に、友人の美樹から電話がかかって
きたが…
「暇だけど、朝まで熱があって…うん、ごめ
んね。また明日」
…と言って、切ってしまった。
なんとなく、やる気にならない。だるくて、
寝転んでいるのが、今はいちばんいい。
そこへ、誰かがきた。
「お見舞に来ました」
「亜紀を連れて来たよ」
美樹と亜紀、別に姉妹でも漫才コンビでも
なく、友達だ。
二人は、どかどか上がり込んで「元気そう
じゃん!」と大声で喜んだ。
「ナイフある?」
亜紀が尋ねた。ひかりが「なにするの?」
とおそるおそる尋ねると、亜紀はきょとんと
している。
「りんごの皮をむくだけなんだけど…」
そのやりとりを聞いて、美樹は笑った。亜
紀も笑った。つられて、ひかりも笑った。
いつもの調子も出てきて、いろいろ無駄話
で時間を潰した。
「ところでさあ、ひかり」
亜紀がなにげなく切り出した。
「なに?」
「誰か…下宿してる人、いるの?」
「え?なんで?」
ひかりの口から出た言葉は「下宿してる人
なんかいないよ」と言っているのと同じだ。
あおばの居候は決定しているというのに、す
ぐにばれるというのに、一瞬、隠そうと思っ
たのだろう。もっとも、亜紀には通じなかっ
たが。
「だって、向かいの部屋って、物置になって
なかったでしょ?」
ひかりは、ちょっとうつむいて、心を決め
た。
「うん、約一名」
「それって、どんな人?」
亜紀のうしろから、ぼそりと美樹がつぶや
いた。
「下宿人は、格好良い少年で、やがて恋に落
ちて行く…」
「そんなこと、絶対にないって」
ひかりは、笑った。
「なんでそういうこと言えるの?」
「同い年ぐらいの女よ、相手は」
「それは、残念…」
美樹がつぶやいた。
そのすきに、今度は亜紀が尋ねた。
「このステッキ、なに?」
−とうとう、きた。
美樹はすぐに興味を示し、今は亜紀の手の
中にある「魔法のステッキ」をのぞき込んだ。
「これは、子どもむけの、玩具じゃ、ないわ
ね?」
美樹がつぶやくと、亜紀は「へえ、そうな
の?」と言った。
「子どもむけの、玩具にしちゃ、つくりが、
しっかりしてるでしょう?いい仕事してる、
って、かんじよ」
美樹の説明に、亜紀は納得してる様子だ。
「もしかして、ひかり、アニメの格好するや
つ…コスプレだったかな。あれ、やってるで
しょ?」
と、とうとう、ひかりの方に目が向けられ
た。が、話の方向が幸いした。幼児趣味とと
られると泥沼にはまりそうだけど、こっちだ
と、軽く「そんなの、やってない」と、言え
た。
「これ、落し物、でしょう?」
美樹が尋ねた。
「まあ、そんなとこ」
「じゃあ、早く、落し主に届けた方が、いい
わね」
「そう?そうだよね」
ひかりは、作り笑いでごまかしながら、頭
をかいた。
「これ、結構金かかってるわよ、絶対」
「美樹の目から見ると、どれくらい?」
亜紀が美樹に尋ねると「分からないけど、
数万ぐらい、かな。分からないよ」とか答え
る。そう思って見ると…力作であることは間
違いない。ソフトビニル製の安っぽいもので
なく、ずっしりとした手応えがある。高いの
かも知れない。
−でも、なんでこんなもの、あおばが私に
渡したんだろう?言われてみると、高そうだ
もんね。少なくとも、捨てるのはやめとこう。
でもやっぱり、このステッキ、いらない。
「ひかり、さっきからどうしたのよ?」
「べ、べつに」
三人の話題は、すぐに別のものに移った。
いろいろ、ぐちゃぐちゃ話をしていると、夕
方になった。
−ただいま。
あおばが帰ってきたようだった。
「で、さあ。岡田が、チャリにインスタント
ラーメンの箱、のっけてさ」
亜紀は、それに気付かずに話を続けている。
−あら、あおばちゃん、お帰り。
今度は、母親の声、だ。それでも、美樹も
話を止めない。
「そういえばさあ、二組の神山って子、いた
でしょう?…どうしたの、ひかり?」
「え?なんでも…」
三人の中では、ひかり独りだけが、あおば
の声を聞いていた。
−このクツ、誰の?
「でさ、あの子、この前、スーパーの前で見
掛けてさ、スーパーの袋持ってて、ネギが見
えてた」
「なんかあわないよ、それ」
亜紀と美樹は、盛り上がっている。
−へえ、会ってみたいな。
とうとう、あおばが来そうな雰囲気になっ
た。ひかりにとっては、なんとなく、ピンチ。
どうせバレるんだから、ピンチでもなんでも
ないのだけど。
「ダメっ!」
ひかりが叫ぶと、美樹と亜紀の会話が止ま
った。そして、ひかりの顔をのぞき込む。
「へ?なにが?」
「すき焼きがダメなの?」
そう口々に言っているうちに、あおばの足
音が、すこしずつ近づいてくる。そして、亜
紀が、気付いた。
「あれ、誰か来たみたい」
亜紀が言うと、美樹もすぐに足音に気付い
た。…誰かが来る。
ノブが回り、ひかりの部屋のドアが開いた。
「レディース、アンド、ジェントルマン、と
っつあんかっつあん」
あおばの声に、三人そろって、固まった。
あおばは、すぐに「そうか、トニー谷を知
らないかー」と言って、そそくさと立ち去っ
た。
ドアが閉まり、足音が十分に小さくなって
から、亜紀が口を開いた。
「なんだったの?」
「さあ…」
美樹も首をかしげる。
「もしかして、あれが下宿の人?」
「そう…」
ひかりの顔が、真っ赤になっている。その
うえ、苦しそうな表情で、うつむいている。
「どうしたの、ひかり?」
「ちょっと、頭痛い…」
美樹がうなずいた。
「なんとなく、分かる」
すぐに二人は、帰った方がいいと判断した。
「あら、もう帰るの?」
ひかりの母親の望が、玄関まで出て来た。
「うん、帰るって」
ひかりは、熱があるように見える。ぽーっ
とした雰囲気でパジャマ姿のままで玄関に立
っていた。
「またぶり返したみたいで、私たちがいたら、
かえって邪魔になるかも知れないと思って…」
「おばさん、失礼します」
美樹と亜紀は、そそくさと帰っていった。
「ひかり、また熱が出たの?」
望が、ひかりに尋ねると、うなずいて「頭痛
い…」と答えた。
「…でも、熱というより、あおばとトニー谷の
せいだと思う…」
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