魔法少女ハイパーひかり(#3)-うるさいキミは-

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  …明日はきっと、いいことあるさ−なにか
あっても、次の日にはきっといいことがある。
そう思うからこそ、人は生きて行ける。
  …もちろん、もっとひどくなることだって、
ある。
  月曜の朝、ひかりは絶句した。
  あおばが、自分と同じ制服を着て、のんき
にトーストを食っている。
  ひかりは、拒絶反応を示した。土曜日の夕
方にはじめて家に来た女の子が、もう家族の
一員である。気にくわない。そして、あおば
がひかりと同じ制服を来ているから、同じ学
校に行くのだろう。気にくわない。
「なんで私と同じ制服着てるのよ?」
  ひとこと「おはよう」と言うべきところを、
攻撃的な口調で尋ねた。あおばは、ひかりに
顔を向けた。
「あ、ひかりちゃん、おはよう」
「おはよう…じゃなくって!その制服…」
「それ、あんたの制服よ」
  あおばの代わりに、望が答えた。
「お母さん…」
  ひかりが、望に何か言おうとしたところで、
あおばが立ち上がった。
「あら、あおばちゃん、もう行くの?」
  望が尋ねた。
「はい。先生にご挨拶しなくちゃいけないか
ら。じゃあ、ひかりちゃん、学校でね」
  そう言うと、あおばは独りで家を出た。
「お母さん…」
「なに?」
  ひかりは、ちょっとためらったが、思い切
って、言ってみた。
「学校休んで、いいかな?」
  望は、鼻で笑った。
「あおばちゃんがいなくなるまで、ずっと休
むつもり?」
「いえ、そのつもりはありません…」

  ひかりは、普通の時間に登校した。普通の
服装で、普通の歩幅。ただ、少し歩くのが早
くて、胸がいつもよりずっとむかむかしてい
た。
「ひかりぃ、おはよー」
  美樹が声をかけてきたが、ひかりの方は、
全く聞こえていないようだった。
「どうしたの?」
「ぶつぶつぶつぶつ…」
  美樹が、不思議そうにのぞき込んだ。
「…ぶつぶつぶつぶつ…」
「あ、じゃあ、私、先に行くね」
「…ぶつぶつぶつぶつ…」
  恐い調子で学校について、教室に入って、
自分の席についても、いや、ショートホーム
ルームが近付いてくるほど、このつぶやきが、
また恐ろしくなってきた。−いやな予感−。
これが、頭の中でどんどん大きくなってきた。
今日に限っては、岡田の詭弁の相手なんかで
きないし、美樹や亜紀と話をすることさえで
きない。
  そして、予感が的中するか、幸運にも外れ
るか、が決まる瞬間がきた。
  扉が開き、担任が入って来た。
「さて、今日からこのクラスで一緒に過ごす
ことになった…東あおばさんです」
「はあ、やっぱり…」
  ひかりは、力無く、頭を垂れた。
  これで、一日のほとんどを、あおばと過ご
さなければならないことが、確定した。
「東あおばです。よろしくお願いしまーす」
  かわいく見せようとしているのがみえみえ
だよ、と言いたくなった。
「つくったって、すぐにメッキは剥がれるぞ」
  岡田がはっきりと、しかし小さい声で、言
い切った。
  ひかりは、あおばに良い印象を持っていな
いが、岡田は嫌いだ。胸がすくような言葉を
聞いても、嬉しさ半減だ。もっとも、これだ
け酷いことを平気で言えるヤツは、このクラ
スには他にいない。
  ひかりは、あおばの顔をちらりと見た。い
い顔はしないだろう、と思ったのだが、意外
なことに、あおばは、笑っている。
  担任が何も言わないところを見ると、教室
の前の方までは、聞こえなかったのかも知れ
ない。
  しかし、あおばの視線を辿ると、どうも、
岡田を睨んでいるらしい。同じ位置にいた担
任には聞こえなくて、あおばに聞こえたとな
ると、担任の集中力が一時的に欠けていたの
か、さもなくば、あおばが人知を越えた聴覚
の持ち主なのであろう。ひかりは、もちろん、
後者を支持する。
  で、ひかりは岡田の方を見た。…対抗して
いた。笑顔で、あおばと睨みあっていたのだ。
「東の席は、あそこだ」
  担任が、あおばに、名字で呼びかけた。
「東?」
  担任が、もう一度呼びかけて、やっとあお
ばは我に返った。
「はい?」
「聞こえなかったのか?あの席に座りなさい」
「あ、はい」
  みなが、あおばの方に視線を向けている中、
ひかりだけは岡田の方が見た。…やはり、と
いうか…岡田は、あおばとの睨みあいに勝利
したと思っているようだった。

  休憩時間には、転校生だけに、あおばの周
りには、人だかりができた。
  ま、今のうちだ、絶対あおばはクラスで浮
いた存在になる。ひかりは、そういう不謹慎
なことを思いながら、あおばの方を眺めてい
た。
「ひかり、東さんって、昨日、ひかりの家に
いた人でしょう?」
  美樹が尋ねてきても、ひかりは、視線をそ
のままだし、不機嫌そうなままだった。
「そう。居候してるの」
「なんか仲良くなさそうだけど…」
「はい、おっしゃる通りです」
  ひかりは、ぶっきらぼうに答えた。
「…機嫌悪そうだね?」
「見てのとおりです」
  美樹は、そそくさと、ひかりから離れた。
触らぬ神に祟り無し、だ。
「ひかりちゃん、具合悪いの?」
  次に声をかけてきたのは…あおばだった。
  二人の周囲に、数秒間、冷気が湧いた。
  ひかりは、そっぽ向いて、口を利かない。
これでは、あおばも、とりつく島がない。
あおばを拒絶するひかり、話すきっかけを
見つけられずに苦しむあおば。二人そろっ
て、重苦しい。
  あおばは、「元気出しなさいよ」とだけ
言って、ひかりから離れた。
「誰のせいだと思ってるんだよ…」
  ひかりは、独り、つぶやいた。

  放課後、ひかりは、とっとと家に帰った。
「クラブは?」
「今日、調子悪いから休む。美樹はクラブに
出るんでしょ?言っといて」
「うん…」
  美樹が教室を出ようとした時、あおばが彼
女を呼び留めた。
「ひかりちゃんと同じクラブ入ってるの?」
「うん、今日は週に一度のミーティング」
「ふーん」
「ところでさあ、東さん。クラブは?うちに
来ない?」
「うちって?」
「クラブ。歴史研究会なんだけど」
「う…ん」
  あおばは、ちょっと沈んだ表情を見せた。
「東さん、どうしたの?」
「歴史には興味はあるけど、ひかりちゃんと
同じクラブなんでしょう?またひかりちゃん
を怒らせるかな、と思って、ね」
「今日は、凄かったもんね」
  美樹が、うんうん、と二度うなずいた。
「東さんが原因?」
「だと思う…」
「そう、か」
「ひかりちゃんの事が片付いたら、クラブに
行くよ」
「分かった。じゃあ、私はミーティングがあ
るから」
  美樹が教室を出たあと、なぜか、岡田がい
た。
「岡田君は?クラブは?」
「俺は、帰宅部」
「へえ…不健全だね」
  岡田の顔が険しくなった。
「喧嘩売ってるのか?」
「思ったことを言っただけよ」
「自分の感情に忠実に生きるのは、なかなか
難しいよな。人間が本来持っているはずの社
会性をふっ切るわけだからな」
  と、岡田がぽつりと言った。
「岡田君こそ、喧嘩売ってない?」
「売り言葉に買い言葉だ」
  岡田は、にやりと笑みを浮かべた。
「岡田君と私、あわないみたいね」
  あおばは、教室を出ようとした。
「そうだな。ただ一点を除いてな」
  岡田の一言に、あおばの足が止まった。あ
おばは、「何が言いたいの?」と、首をかし
げた。
「子はかすがいって言うだろ?」
「そういう冗談は嫌いだ。いつから夫婦にな
ったのよ?」
「そのままの意味じゃなくて、一人の女子中
学生が、俺と君とをつなぎ止めているんだ」
  あおばは、必要以上に大きな声で「はあ?」
と言った。
「ごめん、岡田君、あなたの言ってること、
本当に分からない」
「いや、分からなければいいよ」
  そう言い残して、岡田は、扉のすぐ近くに
いたあおばを追い越して、独り、教室を出た。

  ちょうどそのころ、あおばは、家に帰って
いた。
「あら、月曜日はクラブがあるんじゃなかっ
たの?」
  母はなんでも知っている…というわけでは
ないが、望は、このぐらいのことなら、知っ
ている。
「調子悪いから、休んだ」
  ひかりは、どたどた、ある意味元気そうな、
力強い足音をたてて、自分の部屋に入った。
  望は、煎餅をかじった。
「どうしたものかしらねえ…」
  お茶をすすってから、望は、つぶやいた。

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