NOTE


 NOTE:覚え書き・音・音符・記憶 etc.

  1

 放課後の図書館。このあいだからここは一番落ち着く場所であり、心地よい昼寝の場所になっている。このあいだある発見をしたから。
 図書館の奥のほうに、題名も何もない一冊の本が埃をかぶっていた。そしてこの本が僕に贅沢な眠りを与えてくれたのだ。
 この本を読み始めると決まって眠ってしまう。そして目が覚めると1章分だけページが進んでいるのだ。そして眠っているあいだに不思議な夢を見る。その内容は“太古の記憶”の話らしい。なんとなく読むのがもったいなくてあまり読んでいないのだけど・・・。今日もまた読んでみようかな。

      緑の記憶
ある午後の美術館。
やわらかな陽射の差し込む美術館内の小さなカフェでコーヒーを飲んでいた時。
その緩やかに流れる至福の時に、美術館の脇で森の吐いたため息。
その緑の風の旅の記憶。世界中を旅してまわった風の記憶。
 ・・・
ある街で風は楽器を奏で、音楽を作り、人々に深い眠りへと導いた
別の街では星烏やカケスと一緒に、曲芸飛行をして遊んだ
通学途中の小学生の帽子を飛ばし、追いかけっこしたり(後で怒られたり)
風車と戯れていたら、お礼をいわれたり
春という衣を着て、香りのルージュをひいて、ファッションショーをしたり
松の木や、栗の木、どんぐりの木の仲人を頼まれたり
天使の流した涙を、跡の残らないように拭き取ったり
 ・・・
いつまでも終わることのない風の旅。
いつまでも刻み続ける緑の記憶。
いつかまたあの森へと、
そしていつかその風は美術館に展示される日がくるでしょう。
 目が覚めると、やっぱり1章分ページが進んでいる。そしてなぜかそれ以上ページをめくることができない。1日1章しか読めない不思議な本。あと何章ぐらい残っているのだろう。そのことが気になったけど心はなぜかすっきりしていた。まるでこの本は心のビタミン剤なのかと思ってしまうくらい。
 読み終わったらこの本は消えてしまうんじゃないか、そんな気がしていた。こういう話にはよくありそうだから。だからたまにしか読んでいない・・・。
 気分もすっきりしたし、さ、帰ろうかな。


  2

 よく晴れた日曜日の午後、遠足の前日。準備も済み、庭で紅茶を飲んでいた。この年になっても、こういうイベントの前にはうきうきしてしまうものなのか、落ち着かなかった。小学生でもないのに・・・。思わず笑ってしまう。
 そこで紅茶を飲み終わってから、学校の図書館に行くことにした。あの本を読んで落ち着こうと思って。それに日曜日の学校ってどこかいつもと違って、神聖というか・・・、好きだった。

      夜の記憶
それは夜の水族館。
静まった水槽の群れの中で、藍くぼんやりと光る水槽が1つ。
夜光虫がまるで宇宙のように光り輝いていた。
夜光虫の集まっているところは銀河か、それとも・・・
ここは水槽という1つの宇宙。
その1匹の夜光虫の記憶。宇宙を旅してまわった夜光虫の記憶。
 ・・・
 鯨座への旅
まるで海のような水槽で、鯨と海水浴を楽しみ
その後ピノッキオとおじいさんと鯨の体内を冒険
 海豚座への旅
イルカと超音波を使って上質な会話
その後はイルカの出す泡で水球、シルバーリングを作ったり・・・
イルカは遊びの天才だ
 魚座への旅
カレイ、ヒラメとにらめっこ
マンボーとボーっと昼寝
飛魚と高飛びをあらそい
あんこう、蛍烏賊と明るさ比べをしたり
さてさてこれからどの星座に行こうか
今度はアルゴ座に忍び込んで、外の世界を旅してみよう
あっまずは北と南の十字架に旅の安全を祈らなきゃ
白鳥や鷲や鶴でもいい、乗せてもらって空を飛んでみたいし
ポウセ童子チュンセ童子と星めぐりの歌も歌ってみたい
 ・・・
いつまでも終わることのない夜光虫の旅。
いつまでも刻み続ける夜の記憶。
いつかまたあの水槽へと、
そしていつか水族館で再び淡く光っている日がくるでしょう。
 目が覚めると、手にはまだ本があった。まだ読み終えてはいないことに、ほっとした。そしてすっかり落ち着いていた。
 でもこういう日は無理に落ち着かないで、浮かれていないともったいないと思い直していた。


  3

 また来てしまった。放課後の図書館に。今とてもつらくて、あの本が読みたかったのだ。
 でも手に取ったものの開けない。このあいだ読んだ時残りのページがとても少なくなっていたから。本がなくなってしまいそうで、読み終えることが恐いのだ。でもこの複雑に絡まってほどけない気持ちたちの前では開くしかなかった。

      永遠の記憶
猫のあくびで向かえた月曜日の朝。
週の始まりにはとてもいい日だった。昨日までの雨とは打って変わって晴れわたっていたから。
でも猫は不機嫌だった。
猫のいつもの日向ぼっこポイントには、まだ水溜まりができていたから。
猫はその水溜りを抜け、近くの芝生を昼寝の場所と決めたようだ。
その瞬間ときの話。
猫が水溜りを通ったとき、小さな虹の塊ができた。
しかし、虹はすぐに水滴を跳ね上げながら水の中へと溶けてしまった。
その時跳ねた水滴の記憶。その50億という長く、そして永遠に続く水の旅の記憶。
 ・・・
最初はただ岩の間で眠っているだけだった
ただひたすら・・・
でもそのうち、地上15kmのジェットコースターに乗ったり
塩を食べなきゃいけなくなったり
空を昇ってみたりと繰り返した
それがしばらく続いた。結構単調だったけど、楽しかった
そして急にもっと楽しくなった
アノマロカリス、トリケラトプス、メタセコイア、もちろん人間の体内も冒険したこともある
たまに露葡萄になってしまって、食べてもらえるまで何十年とかかって、じっと甘くなりながら待っていたこともあったし
北の花畑のもっと先で何百年と凍っていたこともあった
もっとまれなのは何万年かに一度、昔知り合った仲間と再会すること
そういうときはしばらく一緒に行動したりする
確か初めてのデートは、そう・・・
シクシク
初恋の人だったんだよ、もう何万年会ってないことか・・・
ま、まだまだ旅してないところはたくさんあるし
これからどんどん旅行地は生まれるだろうし、やりたいことは山ほど・・・
そうそ、僕だって涙は流すんだよ
 ・・・
いつまでも終わることのない水の旅。
いつまでも刻み続ける永遠という記憶。
いつかまたあの人へと、
そしていつかまたこの本に書きこまれる日がくるでしょう。
 読み終えてしまった。本は裏表紙を残すのみになっていた。このまま閉じてしまったらなくなってしまいそうで・・・。
 その時、急に数枚の紙が本に挟まれた。よく見ると僕の記憶のようだった。
 そっか、こんな僕でも記憶を刻んでいるのだ。そう思ったら、からまってしまった気持ちたちがすうっとほどけてたようで、シャワーを浴びた後のようなさわやかさだけが残った。


ーこの本って僕の記憶を食べてるんだ、だから落ち着くのか・・・ー


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