RECORD  ー記憶ー


 忘れられない記憶たちがいます。
 彼等は大抵なんであんなことしたんだろうという、自分の未熟さから出たものだけれど。 時々その一つを思い出しては、頭の中で真っ赤になっている自分がいて、 心の中でごめんなさいと何度も唱えている自分がいます。 きっとみんなそういうことはあるのだろうし、 彼等は自分が成長するためには、忘れてはいけないものなのでしょうね。 それでも彼等を忘れたい。僕の中から出ていって欲しいと願ってしまう。
 だから彼等の一つを書かせてください。
 …。
森唎

 ある時、思い出して離れない記憶が頭の中を駆け巡って嫌だったので、 何となしに手紙を書いてみようと思った。
柄の綺麗な便箋を買ってきて、そこに忘れたい記憶のことを書き留めてみる。
そして彼等を、ついでに便箋を封筒に閉じ込め、 そのまま知らない住所と適当な名前を書いて投函してしまえば、 記憶も一緒になくなってしまう気がしたのだ。

 後はどうなるかはわからない。 きっとあて先不明のまま、返却先もなく捨てられるのだろう。 郵便屋さんが中を見るのだろうか。 そうやって別の人の記憶に宿るのもいいと思った。

 そうやって忘れていくことを繰り返し、自分にとって一つの儀式っぽくなった頃、 (といっても2、3通しか出してはいないが)1通の手紙が届いた。
その手紙には差出人が書いてなくて、 ちょっと開けるのを躊躇ったけど、 僕も同じようなことをしているんだと思って開けることにした。

 あなたからの手紙を読みました。 そしてもっとあなたの記憶を聴いてみたくなって手紙を出しました。 何で住所がわかったのかとか、私は誰とか聞かないでください。 あなただって似たようなことをしているのですから。 いえあなたのことを責めているわけはありませんよ。 同封した封筒に手紙を入れて投函していただければ私の元に届くようになっています。 宛先はいりません。
 それではお待ちしています。

 誰だってこんな手紙をもらったらびっくりするだろうなぁ。
当然僕も驚きながら、そんな変な感想を持ってしまう。
疑問はたくさんある。
手紙にもあるようにどうして住所がわかったのかとか、 この聖さんは本当に僕からの手紙を読んだのかとか、 何の変哲もない普通の封筒がどうしたら聖さんの元に着くのかとか…。
 でもそういう疑問とは別にとてもわくわくしている自分もいる。
こんな不思議な出来事は大歓迎だよって心臓がリズミカルに言っている。

 それからしばらく奇妙といえば奇妙な文通が続いた。
確か始めて送った内容はこんなだった。

 小学生の低学年のことです。
あの頃って虫とか小ちゃい生き物も遊び道具にしちゃうもんでしょ。 僕もそれをしたことあるんだけど、 その後親にそのことおもしろかったって話したらひどく怒られてね。 ちょっと忘れたい記憶かな。 だから今でも虫さんに会うとごめんなさいといってます。 でも蚊とかゴキさんとか殺してますけどね。(笑)
森唎
P.S.あなたのことも教えてください。

 今思うと自分の手紙もコピーとかしてとっておけばよかった。
聖さんの手紙を読み返したとき、 自分がこのときどんなことを書いたのか思い出せない時があって気になったりするから。
 聖さんは僕の願いに答えてくれて、自分の記憶も語ってくれた。
それは丁度僕が手紙に書く年齢と同じ頃の記憶で、僕が記憶を送ってできた空白に聖さんの記憶が埋まっていった。
それからは僕も忘れたい記憶ばかりでなく、楽しい記憶も書いたりしていた。
記憶を交換していると言うと変な感じだけど、実際そういう言葉がぴったりだと思う。
聖さんの記憶にはこんなのがあった。

 小学生低学年…。
おじいちゃんの家に遊びに行ったとき、倉庫で遊んでてね、古いレコードを見つけたの。 で、引っ張り出してきて動かしてみたんだけど…。 レコード針を置いた途端に、辺り一面草原になって、一人の女の子が音楽に合わせて踊って遊んでるの。 私も一緒になって踊って遊ぶんだけど、その女の子知ってるような気がしてしかたなかったの。 それで音楽が終わるとおじいちゃんの家の中に戻ってた。
後でね、仏壇のおばあちゃんの写真見たとき、あって思ったの。 その女の子の面影があったから。 もう一度会おう、会って何か話をしようって、レコードかけたけどだめだった。 そのレコードは今も大事に倉庫で眠ってるけどね。
P.S.そのレコードの曲名なんだと思う?

 その時はそういう楽しい記憶を持ってる聖さんをうらやましく思ったりもした。
でも自分の楽しかった記憶を書き出していると、自分がどんなに幸せに時を過ごしているかを実感できた。
だけどその後でなんであんな風に忘れたい記憶を手紙にしていたのかと自分が嫌になったりもしたけどね。


 文通を重ねるごとに次第に記憶が新しいものになっていく。
こないだ送ったのはこうだった。

 今回はこの文通を始める少し前のこと。
ある本を探していて、本棚中を調べまわっていたら、昔の日記が出てきたんだ。 今はつけてないけど。 というか例えば自分が死んで、日記がでてきてそれを誰かが読んでしまうと考えたら書けなくなったんだけど。 だって読まれることを考えて書くと自分の気持ち全ては書けないし、それだったら日記なんてつける意味ないかなと思って。 文章に残すよりは、僕の身勝手な記憶の中に残しておくほうがいい気がしてたから。 で、話を戻すと、その日記の中に何も考えない無邪気な頃の自分がいて、なんだかとっても微笑ましくなってきちゃって…。 無邪気な子どもって見ているだけで幸せだよね。
森唎
P.S.今回は記憶より、日記を書かない理由の方が長くなっちゃってゴメンなさい。

 それからいつもより遅れて返事がきた。
なんで遅れたのかなと思ったけど、手紙を読んだら遅れた理由がわかる気がした。
これほど読まなきゃよかったと思ったことはなかったし、自分の書いた最近の記憶を恨んだ。
もう少し昔の記憶にすればよかったと。

 この文通を始める少し前のことね。
今回は私の一番忘れたい記憶かも。
ある夜そらを見上げていた私は、車にひかれてしまったの。 なんで見上げてたかっていうとね。…。ゴメン、書けないや。 別に見通しが悪い道路だったわけでもないのだけど、道路の真中でぼーとしていた私も悪いのかもね。 だからそれで文通が始まったの。これで最後の手紙だよ。
P.S.今までありがと。

 僕が手紙を出したのがわかった理由。 封筒に宛名がいらない理由。
そんなことは知らなくてもよかったのに。
ずっとこの文通を続けられたらよかったのに。

 聖さんに会って話したいことがある。
きちんとありがとうと言いたいし、なにより聖さんの記憶は僕の中で生きていると。
そして僕はこれから二人分の記憶をつくるからと言いたかった。

 だから僕はあのレコードを探している。


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