SLEEP



 あの日のように、またこの公園への道を歩いている。
あの日とはまったく違う気持ちで・・・。


 あの日の少し前から僕は眠れなかった。
正確には眠れないわけではなく、眠っても物音などですぐに目が覚めてしまうのだけれど。
 眠れなくなったのはこの間の誕生日からのこと。
 僕の机の本棚に数年前から1冊の本が置いてある。
その頃読んだ時には、主人公がとても大人のように見え僕も彼のようになれたらと憧れていた。
だからその本は最もお気に入りの一冊なのだ。 その憧れとこのあいだの誕生日で同じ年になってしまった。
でも今の僕は・・・。憧れとはほど遠い存在に思える。 やりたい事も決まってない。
毎日ふらふらと何となく過ごしてしまっている今の僕がとても幼い気がするのだ。
 それ以来眠れないのだ。

 眠れなくなってから、僕は新聞配達のバイクの音でも目を覚ましていた。
今までそんな事はまったく知らなかったけど、 この地区は3時頃から20分おきぐらいに3台のバイクが通る。
 起きてしまった後は、目を開けて部屋を見渡す。
天井には昔から張ってある夜光の月のポスターが光っている。 壁にかかっているコスモウオッチの星達が妖しげに光っている。
そして窓のカーテンがぼんやりと明るい。まだ日が昇る時間ではない。 道路の照明の明かりが入ってくるのだ。
 それを見ては、いつも前に雑誌で読んだことを思い出していた。 夜間のこういう照明はストレスを与え眠れなくなるということを。
眠れないのはこのせいじゃないけど、でもなんとなくこの照明のせいにしてしまおう。 そう思って、もう一度部屋をぐるりと見渡し目を閉じる。
とりあえずもう少しでもいいから寝なくては。
 この時間、外は音がまったく無くしーんとしている。
でもしばらくすると聞こえてくる不思議な音もある。空気の音だ。
暖かい日、少し涼しい日。晴の日。雨の日。曇りの日。
天気によっても違うし、似たような天気でもちょっとづつ違ってくる。
眠れない事の代償としてこんな素適な事を気づいた。
 そうやって耳を澄ませながらボーっとしたり、物音で目を覚ましたりをくりかえしている。 そして3代目のバイクの音が聞こえてくると、ベッドを抜ける。
パジャマを着替え、顔を洗う。鏡の前には少し疲れた顔をした僕がいる。 眠れなくなって以来、すこしやせたかもしれない。
僕は鏡の中の自分に向かって笑い、頬をパンと叩いた。
 痛い。
 でもこうでもしなきゃ最近やっていけない。 自分自身馬鹿だと思いながらも、元気がでた気は少しだけする。
 準備が終わると星座早見板を持って散歩にでかける。目的地は近くのお気に入りの公園。
そこでベンチに座って空が明るくなって星が見えなくなるまでソラを見上げている。
星を見るのは昔から好きで、時計とか早見板は昔から持っていた。 でも今の自分には早見板とにらめっこが続く。
 西には沈みかけのアンドロメダ。その傍には・・・。
 そうしているともやもやした気持ちが少しは晴れてくる気がするのだ。 本当はすっきりして欲しいけど。
 これがこのあいだの誕生日からの日課になってしまった。


 そしてあの日。その日は何故かちょっと違う気がした。 目が覚めた時いつもよりカーテンの向こうが明るい気がしたのだ。
いつもなら3台目の配達のバイクで起きるのに、気になって2台目でベッドを抜けてみる。 いつものように鏡の前の自分をチェックして散歩に出かける。
家を出るとちょうど3台目のバイクの音が近づいてきた。 そのバイクの明かりが僕の家の前で止まった。
そしてうちのポストに新聞を入れていったので、
「お疲れ様です」と声をかけた。
 まだ暗かったためか、配達の人は僕に気づいていなかったようで、突然の声にびくっとして振り向いた。 そして「あ、ども。」とにっこりと微笑むと、バイクにまたがり行ってしまった。
僕のほうはといえば、その微笑みになんだか嬉しくなり、バイクが去ったあとも一人微笑んでいた。  そしてふと思い出したように公園へと歩き出した。

 歩きながらソラを見上げてはじめて気がついた。
 今日って満月だったんだ。
 西の空で沈みかけの月がこっちを見ていた。 いつもよりカーテンが明るかったのはこのためか。
 普段はあまり気にかけなくて「月があるな。」程度なのに、満月となるとどことなく特別視してしまうのは何故だろう。
 満月の光って神秘的で、どこか奇しいものがあるなぁ。
こんなに月をじっくり見ることっていままでほとんど無かったけど、 こうしてみると昔の人が、狼男を考え出すのも解る気がする。
 ボッーと月を見上げながら歩いていたら、いつのまにか公園についていた。 この公園、照明が少ないため危ないとの声が多いが、星を見るにはよかった。 ベンチに座り、しばらくそのまま月に見入っていた。 確かに何かでてきそうなほど奇しいし・・・。
―満月で変身するのは狼男だけじゃないんだよ。―
 そんな声が不意に耳元で聞こえてきた。驚いて辺りを見まわす。
やっぱり誰もいない。いや、こんな静かなところで、誰かいたらすぐ気づくはずなのに・・・。
奇しいと思いながらも、その声の内容は僕の心にすんなりと入ってきていた。
だって普通なら「誰って?」聞き返すはずなのに、 どこから発せられたがわからない声に対して小さい声で「どういうこと?」って聞き返していたから。
―気づいて。―
「満月の夜にはなにか特別なことが起こるの?」
 そしてさらに聞いてみた。どこに向かって話していいのかわからず小さい声になってしまったけど。 本当にその声に届いているのかもわからないくらい。
―別に満月だけではないの。星月夜にはすべての光が同じ力を持っているのだけれど。 この場所では、周りの光が邪魔しているから・・・。どうか、気づいて。―
 まるで願い事でも話すかのような声に対して
「何に気づけばいいの?」と声を返す。
でも声は返事をしない。消えてしまったのだろうか。 そんな事を考えながら、ふと月を見るとすでに沈みかけていた。
 沈んでしまったから声は聞こえなくなたのだろうか。 満月の夜・・・。何があるのだろう?
 しばらく考えながらボーっとしていたらいつのまにか空が明るくなり始めていた。 あ、次の満月まで一ヶ月もあるよ。それまでにさっきの意味を解かないと。


 今もまだ探している。何をしたらいいのか。でもこれからはゆっくりとね。
で、自分なりの答えを声に報告するために、今こうして公園に向かって歩いている。


 あれから何に気づけばいいのかわからないまま、とりあえず本屋に行き、 天文情報誌を手に取った。次の満月の日を調べるために。
 星を見るのは好きだけど、別にこういう本買ったりしないし、 望遠鏡使ってみようとも思わないし・・・。昔から中途半端だったんだ。
 しばらく雑誌をもったまま立ち尽くしていた。
自分が昔から中途半端だった事に気づき驚いていた。どうすればいいのだろう。
どうすれば今の状態からそして中途半端な自分から抜け出せるのだろう・・・。
 少し考えてから、雑誌を元の棚に戻し、アルバイト情報誌を持ってレジに向かった。
 こうなったら天文にはまってみるのもいいかもしれない。
そうすれば何か見えてきそうな気がする。


 こんなとき人にあってしまったらどう見られるのだろう。
今はただこうして公園に歩いているだけでも嬉しくて頬がゆるんでしまう。
そして公園につく。さっそく月の出るほうに話しかけた。

「ねぇ、聞こえてるかな。僕ね・・・」



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