SNOWMAN

彼に会ったのは雪の日だった。

 せっかく来た学校も1時間で終わり。「早く帰るように」との事だった。 まあこの雪じゃあ電車も止まるか止まらないかのギリギリの線だろう。
 何となく帰ることが勿体なくて、図書室の本棚の影に隠れてずっと本を読んでいた。 先生も生徒もみんな帰ったようで静かになった頃、図書室から一冊の本を持って抜け出す。
誰もいない教室で、勝手にストーブをつけ窓際に座って、さっき持ち出した『夏の入口』を読み始める。 既に何度読んだことだろう。何だか暖かくなれる本なんだ。
 少し経って、ここにコーヒーでもあったら最高なのにと思って、いったん本から目を離し外の雪を見た。 こんな日なのに雪が光を反射しているせいなのか、空は随分明るく、見える景色全部、地面も、空も、雲も真っ白に輝いている。 しばらく見入っていると、校庭の真ん中辺りに大の字に寝ている人が目に入った。 こんな雪の降る中を・・・?

 その人(男の人だった)は目をつぶっていた。 まるで眠っているかのように。 微かに手が動いているので、起きているのだろうと思い、声をかけてみた。
ーこんなとこで何してるの?ー
「っん」と言って彼は目を開けた。
「ほら、雪の中って暖かいじゃん。それにこうやって大の字に寝てると気持ちいいし、上が綺麗だ。」
 そう言って腕だけ動かして空を指差す。 腕に積もっていた雪がさらさらと落ちる。 「君もやれば」と言われて、何だか子供みたいにうきうきしてきて、早速大の字に倒れ込む。 首筋と手に雪が触れて冷たい。
ーなんか冷たいよ。ー
「じゃ、目綴じてみ。」
 言われたと通り目を綴じた。なんか不思議な感覚だ。 冷たいはずなのに、そんなの感じなくて、かえって暖かいものに包まれているような・・・。
「なっ、何となく暖かいだろ。」
ーなんとなくわかる。すっごく気持ちいい。あー、何かコーヒー飲みたい。ー
 ゆっくりと目を開いた。ああ、空が振ってくる。
「コーヒーィ? わからないでもないけど・・・。それより音聴こえてこない?」
ー音?ー
 何も聴こえてこない。 目を綴じたら、また何か感じられそうな気がして再び目を綴じた。 何となく聴こえてくる。とても曖昧な音が。雪の積もる音。 それよりも深くから聴こえてくる不思議な音。
ーこれ何の音?ー
 彼の方を向いて聞いてみると、彼も気配を感じたのかこっちを見て、
「雪の声だよ。雪って日が出たらすぐ溶けちゃう。これは雪がその短い間に何かを語ろうとしている声なんだ。」
 と言う。思わず納得してしまった。そんな事あるはずないのに。
ー何でそんな事わかるの?ー
「んー、何でだろうね。ところで、何で君はこんな時間にいたの?」
 教室で本を読んでいた事を話す。 彼は1時間遅れてやっと来てみたら休校になっていたというような事を話してくれた。 でも、何か濁らせた言い方というか、はっきりしない言い方だった。何でだろう?
「何でこんな日に、本なんか読んでたんだ?」
ー寂しかったから。ー
「独りぼっちで本を読んでたからじゃなくて?」
 上半身だけ起き上がって、彼の方を見下ろしながら言う。
ーそうかもしれないけど、そうじゃないんだ。何でかわからないけど寂しかったんだ。だから、本を読んでいたんだけどね。ー
 彼って不思議だ。初対面なのにこんな事を話してしまった。
「それって、天気のせいかもしれない。雪の日って家にずっと綴じこもっているでしょ。それを体が覚えていて、寂しかったり、帰りたくなかったりするんじゃないのかなぁ。」
 彼も上半身を起こし、こっちを向いて言う。
ーそうかもしれない・・・。ー
「人間って不思議だね。」
 そう言って彼は微笑んだ。思わずこっちの動きが止ってしまうほどの笑みだった。 そしたら急に雪に触れていた部分が冷たくなってきた。 耐えきれず立ち上がって雪を払う。彼は平気なのだろうか?
ー冷たくない?ー
「ああ、へーき。それより寒いなら、教室戻らないと風邪ひくよ。」
「何で平気なの?」と思ったけど、そうは聞かずに「君は?」と聞いた。何となく教室に戻って欲しいという口調だったから。
「もう少しここにいるつもり。」
ー理由を聞いてもいい? 何で?ー
「もう聞いてるし・・・。」
 彼は笑って言う。でも全然嫌な感じはしなくって・・・。
「すぐ溶けちゃうんだからさ、もう少し聴いていたいんだ。」
ーそっか、風邪には気を付けてね。じゃ、また明日学校で。ー
 そう言って戻ろうとすると、彼はまたどさっと寝転んで目を綴じた。 微かに手を振っているように見える。

 教室に戻ってから、名前を聞くのを忘れていた事に気がついた。何年生だろう。 教室から校庭を見ると、彼はまだ寝ていた。何となく見ているのが悪いと思い、再び図書室へと場所を移した。 棚に寄り掛かりながら、本の続きを読む。
 何か眠いなぁ。どっかで雪見しながらコーヒーでも飲も。 家に帰るのはまだまだ後でいい気がした。

 次の日、教室から校庭を見下ろしてびっくりした。人型が2つ。 1つはへこんでいるけど、1つは膨らんでいた。 まさかと思って、掘り起こしてあげようかとも思ったけど、彼の眠りを妨げる事はしてはいけない気がした。 きっと雪が溶ける頃には、起きてくるだろう。
 休み時間に、購買部で季節外れのコーヒーコールドを買った。 膨らんだ人型の横に置くために。

 2、3日して、校庭の雪もすっかり溶けた。 校庭の真ん中には、空のコーヒーの缶があるだけだった。 『聴いてくれてありがとう。』という彼の声が聴こえた気がした。

ー雪を踏むと、ギュギュと鳴るのは雪の悲鳴なんだってー
ーTHE ENDー


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