少子化という言葉の罪 

「少子化」という言葉のせいで、出産・育児を体験している人が「えらい」と思われがちになってやしませんか。出産・育児は確かにたいしたことですけど、他人に誇るようなことじゃないですって。そのへんの「恥ずかしさ」をマヒさせた気がするんですね。例えば、立会い出産だって、それをやる人に異論は無いけど、それをしたから親として立派だと思い込むのもどうかと思いますね。気持ち悪いから見たくない、という男もいっぱいいるわけです。でも、わたしが以前本にそう書いたら、「そんなやつは親になる資格はない」なんていわれましたからね。じゃぁ、立会い出産なんてポピュラーじゃなかった頃の人たちは父親じゃなかったのかよ、って。出産とか育児に男がどう対していくかは、もっとカジュアルに語られてほしいですね。子供が絡むとみんな立派なこと言いたがるし、メディアもそういう報道になりがちでしょう。育児パパ、なんて気持ち悪い言葉は早くなくなってほしいです。やる人は昔からやっているんです。人それぞれ、カップルそれぞれでいいじゃないか、と思ってしまいます。えっ、ぼくですか?妻の仕事が忙しいのでやらざるえないんですよ(笑)。エッセー『男の出産』著者 松久淳(31)

少子化かぁ・・・、しかし、このご時世に子供3人以上産んでいる人なんか「えらい」なぁ。。。なんて思ってしまう。っていうかぁ、「えらい」のよぉ!他人に誇るようなことだと思う。まぁね、一人産むくらいでは誇れないかもしれないけど、昔と違って、核家族化が進み、ちょっとした時に、子供を預けられるジィジ・バァバが近くに居ない昨今、一人育てるのもシンドイと思うこと多々ある訳で・・・。そんな時に、やっぱり夫の存在、育児に前向きな夫が居ると、助かるんだなぁ。。。もちろん、夫に甘えてばかりいるわけでもないし、そんな夫も、「自分はエライ」なんて思っていないと思う。子育てばかりでなきく、いろいろな場面で夫婦が協力し合って家族を築いているのに、この方のモノの言い方は、ちょっと違うような気がする。って、そう思うのは私だけ?(笑)。人それぞれ、カップルそれぞれでいいじゃない。と思っているのなら、こんな事言わないで、ほっといてほしいわん。(怒)