城島 健司 《プロフィール》 1976年6月8日生まれ 身長182 体重84 別府大付高ーダイエー 1994年、福岡ダイエーホークスに一人の男がやって来た。
その名は城島、負けず嫌いで、責任感が強い人物である。
当時のダイエーは、ベテランがチームを引っ張っていた。
秋山や、石毛、工藤など、西武黄金時代を築き上げた3人の
姿が見られた。城島がいた時期は、この3人はダイエーに来た
ばかりだった。だがダイエーは、3人の新戦力は花を咲かすことは出来ずに
この一年間は優勝出来ずに、チーム状況も余りいい状態ではなかった。
城島は、新人ながらも数試合だけ経験したことがあった。
でもキャッチャーというポジシヨンは、リード面にしろ
常に投手の良さを最大限に生かし、いかに得点を最小現に押さえるか。
そうすることによって、試合展開を自分たちのペースに持っていけることが
出来る。城島は、この一年間で捕手の難しさを知った。
そして彼は、ヤクルトの正捕手・古田敦也選手を尊敬することとなる。
古田は、野村監督と共に、弱者チームヤクルトを何度も優勝させ
日本中にその素晴らしさを広めた。古田は投手一人一人の実力を引き出し、そして盗塁を何度も阻止している。
そして、打撃の面でもチャンスで確実に打っている。
そんな古田を、城島は誰よりも憧れている。城島は、直接古田との会談を持った。
古田は、捕手としての大切さや、知識的な事を城島に教え込んだ。
最後の城島に教えた事は、仲間を信頼し、そして最後まで自分の信じること。
城島は、古田からいいアドバイスを得たのである。だがそう簡単には、自分の思う通りのリードが出来なかった。
その結果、大量点を許していた日も少なくはなかった。
同じチームメイトの、工藤選手は城島を必死に励ましていた。
自分をあまり責めるなと助けていた。城島は年々、力を付けてきた。リード面、そして打撃面など
少しずつ古田さんに近づいていた。
気が付かないうちに、城島にとって古田は目標の人に
なっていたのである。今年ダイエーは、優勝争いを演じていた。
その強さの原因は、若手の活躍が目立っているからだ。
松中選手や、井口選手、永井選手、その中に特に
城島の活躍が多く見られた。城島は、一試合七打点を稼ぎ、大暴れをしていた。
リード面では、工藤投手や、永井投手、永井投手など
高く評価していた。城島のリードに決して頭を振らず
ひたすらそのリード通りに投げていたのである。
特にベテランの工藤投手は、迷わず懸命に全力投球が
出来ると話す。
工藤投手だけではなく、監督の王監督も城島を高く
評価している。城島は仲間から信頼され、自分に自信を
持っている。ダイエーは、二位ロッテとの直接対決が始まっていた。
第一戦の相手投手は、エース黒木投手で
ダイエーもエース工藤を、両エースの投げ合いが
繰り広げられていた・・・ダイエーは、なかなか黒木の前に打線が沈黙していた。
工藤も調子が悪かったものの、城島の好リードで
三振の山を築く。そして城島のツーベースヒットで、ツーアウトからチャンスを
作り、味方がタイムリーを打ち、結局工藤の完投勝利で
第一戦を勝利で飾った。二戦、三戦と勢いでダイエーは、連勝し、首位をがっちりキープ。
城島は、この三連戦ですっかり自分に自信がついたことだろう。
自分でも気づかない間に、大きく成長していた。
そしてチームにとって、主力選手になっていたのである。だが城島の野球人生は、まだ始まりにすぎない。
この先、色々な困難が待っているかも知れない。
でも城島は、持ち前の負けず嫌いで乗り越えていくことであろう。
頑張れ城島・・・