松井 秀喜 《プロフィール》 1975年6月12日生まれ 身長186 体重95 星稜高−巨人 松井秀喜、この男を知るものはいないだろう。
ホームランバッターとして、巨人の真の四番として
成長している。彼は名門・星陵学園出身で、高校時代は通算60本打っていて
今でも記憶に残っている、甲子園では5打席連続ファーボールで
全く打てずに、苦い思いを経験している。松井はプロの道へと進んでいく。1993年、松井は読売巨人に入団した。
当時は吉村選手や、原選手、そして岡崎選手など名選手ばかりだった。
そんな彼たちと同じ球団で、同じグランドで野球出来る喜びを
松井は心から噛みしめいた。松井は、一年目から確実に本塁打を多く打っていた。
94年15本、95年22本、96年36本、97年37本
98年34本と、主砲としての活躍を見せる。だが去年松井は、開幕から長いスランプに陥り
72打席ヒットもなく、本塁打も打てなかった。
その不調の原因となったのは、キャンプ中左足を怪我をしてしまい
フリーバッティングが余り出来なかった状態だった。
松井は決して弱音を吐かなかった。徐々に本来の自分を取り戻し、本塁打を重ねていった。
そして本塁打のバッティグではなく、タイムリーに繋がる
バッティグも数多く見られた。結局三冠王は取れなかったものの、本塁打、打点の二冠を
獲得したのだった。入団七年目にして、初のタイトルを
手にしたのだった。松井の表情は、自信に満ちあふれていた。そして今年、松井は去年より早いペースで本塁打を重ねていった。
だが松井は、28本打った時点でオールスターで痛めた
左脇腹が原因で、連続試合イニングがとぎれ
スタメンにも数試合出ていなかった。
でも連続試合数を更新し、打席には立たず、守備で参加するようになった。
松井は、悔しい気持ちと打席に立ちたいという気持ちが表れていた。それとは対照的に、ヤクルトのペタジーニ選手が本塁打トップに
立っていた。松井との差は七本、松井はそんな彼の活躍を
ただ見ているしかなかった。松井は怪我が治り、久しぶりに打席に立ったのだが
余りいい結果を出していない。
苦しい状況が続いている彼だが、必死に頑張っている姿を感じる。確実に松井は、真の四番として成長しているのです。
頑張れ松井秀喜、自分の才能を信じて・・・