清原 和博 《プロフィール》 1967年8月18日生まれ 身長188 体重93 PL学園ー西武ー巨人 1997年、清原は幼い頃からの夢の場所・読売巨人軍に
入団してきた。今から十数年前清原は、巨人・ドラフト一位指名されていたが
良きライバルでもあり、親友でもあった桑田が突然逆指名され
清原はその瞬間、憧れの巨人・入団の夢は残念ながら叶わなかった。
彼の表情には涙が零れていた。悔しい気持ちと、どうしようもない
気持ちが混じり合っていた。そして、西武が清原を獲得し、その日から彼の打倒巨人という
凄まじい闘志の誕生でもあったのだ。
清原は、名門・PL学園で一年生からレギュラーで
四番を打っていた怪物でもあった。
高校生とは思えない打撃を、大舞台・甲子園で披露していた。西武一年目にして、30本を越えるホームランを放ち
彼の怪物ぶりの凄さを見せていた。
そんな清原を桑田は、僕にとってすごい打者は清原だけだと
そう彼を高く評価していた。やはり清原を凄くしていたのは、巨人に対する強い気持ちが
存在していたからだと思いました。一番印象的な場面は、日本シリーズ、巨人対西武との闘いで
清原はエース・桑田から、サヨナラ本塁打を放ち
大きい勝利をチームに貢献する活躍を見せていた。そんな凄い清原でも、未だにタイトルを一つも獲得していないこと。
それから周りから、無冠の帝王と呼ばれるようになっていた。
チームに対しての活躍が目立っていた清原だが
個人のタイトルに対して弱気な姿勢を見せていた。
実力はあるのに、何故なのでしょうか・・・そして清原は、FA宣言を獲得し、憧れでもあった巨人にやって来た。
昔の悪夢を振り払うかのように、いい笑顔を見せていました。
また桑田も自分のことのように、喜びを噛みしめていた。だが巨人に来てから、昔の清原の凄さが見られなかった。
四番としてのプレッシャー、そして重圧で苦しんでいた。
チャンスは巡ってくるものの、結局結果が残せず
自分の野球を完全に失っていた。また怪我でも悩まされていた。報道陣からも、マスコミからも
そしてファンからも、厳しい目で見られていた。
しかし清原は、決して弱音を吐かなかった。
周りがなんて言おうと俺には関係ないっと、そういう姿勢を見せていた。巨人は球団の中で、一番四番にこだわっている。
四番打者1000試合出場選手の中で、川上、王、長嶋、原の四人だけで
偉大な人達ばかり。長嶋監督は、不調が続く清原を信頼している。
清原は、少しずつ昔の自分を取り戻そうとしているのは確かだ。
また自分の野球が見え始めていた。
清原が真の四番として、目覚めれば王者・巨人が再び動き出すだろう。清原和博、巨人の四番として頑張って下さい。
自分の力をひたすら信じて・・・