松坂 大輔 《プロフィール》 昭和55年8月31日生まれ 右投げ右打ち 横浜高校 西武(99年ドラフト一位) 松坂は、横浜に入団するかそれとも社会人か
ドラフトが近づくにつれて、報道陣や新聞なので
多いに日本中がざわめきの渦へと巻き込まれていた。
松坂は、地元以外であれば社会人ときっぱり発言していたが
さすがの怪物も、正直迷っていたかもしれない。
社会に入れば、プロの世界に入るまでには最低二年はかかる。
でも過去にこのドラフトで、苦い思いをしている人たちが
沢山存在する。清原だって、福留だって数え切れないほどに・・・
松坂もそれを実際に味わってしまい、結局ドラフト権は西武に
与えられた。松坂は確かに発言の通り、地元以外は社会人
その発言を、西武の監督・東尾も耳にしているはずだ。東尾は投手出身で、確実に西武に入団すれば投手の松坂にとって
社会人よりずっといい環境だ。松坂の固い決意が、監督の何度も
交渉していく内に、気持ちが西武に傾き始めた。そして東尾の最大の切り札で、松坂の心を掴むことが出来た。
その切り札というのは、東尾の200勝の記念に貰った
特別な品物だった。これを受け取った松坂は、あっさり西武入団
の話を引き受けてくれた。そして、西武・松坂の誕生である。この時から、怪物伝説の幕開け。
初ブルペンで、日本中が驚きを隠しきれなかった。
150キロの剛速球、それを受けた西武の正捕手・伊東もさすがに驚いていた。
オープン戦、松坂の初マウンドは阪神戦に決まった。
立ち上がりから、松坂は本来の自分のマウンドさばきで
スタンド席からもの凄い歓声が沸きおきた。大豊に一発あびるものの
ピンチになればなるほど、力を発揮するタイプのようだ。そしてペナントレース開幕。松坂のデビュ戦は、日本ハム戦に決まった。
次々と三振の山を築き、片岡に対して155キロという最速の球を投げ
三振を奪った。日本で一番早い投手と、翌日騒いでいた。
新人とは思えない投球内容で、プロ初勝利を見事に達成した。だが松坂は6勝目を上げたのはいいが、不調の波に襲われる。
プロの洗礼を、早くも味わってしまう。球数も登板すればするほど
増えてきて、松坂の登板日になると、何故か西武打線があまり打てない。でも西武は松坂を珍しく、サヨナラ勝ちで松坂に8勝目をプレゼントをした。 そして松坂は、天才バッター・イチローとの初対決を迎えた。
平成の名勝負の幕開けと言ってもおかしくない。
松坂は、イチローから3三振を奪い、第一ラウンドは怪物の勝利で
終わった。本当に凄いぞ、松坂大輔・・・これから先、とても楽しみです。頑張れ松坂。