日本代表・GK川口能活


川口 能活 《プロフィール》 昭和50年8月15日生まれ 清水商業高校〜横浜Fマリノス

世界を舞台に、懸命に闘う男がいた
その名は川口能活、若き日本の守護神である。

彼の世界の挑戦は、アトランタ五輪最終予選から始まった。
日本はこの試合を見事に勝ち、三十三年ぶりの代表を決めた。
その瞬間、彼の目には涙が見えた。
川口には、三つの夢があった。一つは横浜マリノス正ゴールキーパー
になること。その当時は、マリノスのキーパーは日本の守護神
松永の姿があった。川口は、サテライトで調整をしていた。

そして川口の一軍デビューは、思わぬ形で実現した。
松永の突然の解雇で、川口はその穴を埋めるべく
急遽よばれたのである。彼は次々と相手のチャンスを潰す。
どんなに自分が追い込まれていても、何も恐れずに立ち向かっていく
その姿勢が素晴らしかった。川口は、衝撃的デビューを果たす。

二つの夢は、五輪代表出場。川口は衝撃的デビュー後、メキメキと
力を付けて、そして五輪代表に選ばれたのである。
また彼の実力を、日本サッカー界や、世界が注目してきたのである。
川口は、判断力、素早い反応、キーパーにとって素晴らしい働きを
していた。そして見事、五輪代表出場を決めたのである。

横浜マリノス優勝である。マリノスは川口の加入で守備力が上がり
その当時のマリノスは、とても強かった。
強かったし、負ける気がしない、そういう気持ちで闘っていたと思う。
そしてマリノスは見事優勝を果たし、自分の夢を果たしたのだった。
また川口は、大きな夢があった。それは日本・ワールドカップ出場である。

日本は、世界の舞台・ワールドカップに一度も出場していない。
世界から見れば日本のサッカーは、レベルが低いのだ。
だが川口は、そんな事も気にせず、自分なりに頑張っていた。

そして日本は見事、ワールドカップ初出場を果たしたのだった。
川口は、後ろ姿を決してしないで、自分の実力でぶつかり合って
夢を現実してきた。

アトランタ五輪大会、日本の初戦の相手は強豪ブラジルであった。
ブラジルは世界的に活躍していて、日本と比べると天の上にいる存在で
試合が始まる前から、日本は必ず負けると騒いでいました。

試合が始まると、以外にも日本はサッカー王国・ブラジルと
互角の試合展開を演じていた。
そして前半途中、日本・伊東がブラジルから先制点を奪った。
世界中が流石に驚きを隠しきれなかった。
その後、ブラジルの嵐のような攻撃が日本を苦しめる。

だが川口は、そんなブラジルの厳しい波状攻撃を悉く止めていた。
まるで、川口対ブラジルそういう試合展開でした。

ブラジルは、そんな川口の連続好セーブの前に正直焦っていた。
焦れば焦るほど、試合は日本に主導権を握られてしまう
そうブラジルは感じていたに違いない。

川口は、ブラジルの攻撃を受けて、恐怖を感じていただろう。
だが得点を許せば、敗北すれば日本は結局、弱者になってしまう。
ブラジルを倒すことで、日本の実力を世界にアピール出来る
そんな気持ちが、すでに川口のプレイに表れていた。

そして試合終了、日本は1対0で強豪ブラジルを破り
川口の表情には涙が零れていた。
日本は確実に、強くなっていた。川口はブラジルに見事勝ったのだった。

だが日本は、ブラジル戦に全力でぶつかったのか、その後、ナイジェリア
ハンガリーに敗退し、決勝トーナメント進出の夢は閉ざされたのである。
でも日本は、この大会を通じて、強豪ブラジルを実力で破り
その勝利は大きかった。その勝利の喜びを、嬉しさを忘れず
そして確実に世界に近づけたと思う。
また川口も、ゴールキーパーとして大きく成長していく切欠となった。

そして日本は、ワールドカップという世界の舞台で闘うのだった。
だがやはり、世界の壁は厚くて、日本は予選敗退、レベルの差を
思い知らされた。プレッシャーとの戦い、国の代表として出場するのは
やはり大変なことだと思いましたよ。


川口の表情には、悔し涙を浮かべていた。
でも川口は、この悔しさを忘れず、次のステップとして頑張ってほしい
ですね。

川口能活、負けず嫌いで、不可能を可能にする男。
日本代表の守護神として、これから先が楽しみですね。
頑張れ、川口・・・


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