小野 伸二 《プロフィール》 1979年10月29日生まれ 身長175 体重74 清水商業高〜浦和レッズ 若き天才児・小野伸次 サッカー王国・静岡で生まれた。
出身校は、清水商業高校だ。
持ち前のドリブルと、天性なパスが武器だ。
全国大会では、自分の力を十分にアピールしていた。
監督も、周りからの評価は高く、この先の彼の活躍を期待していた。高校卒業後、埼玉の浦和レッズに入団する。
各地のチームから、恐れられていた人物だった。
まだ十八にして、天才プレイヤーとして
周りから騒がれていた。特に驚いたことはパスが素晴らしかった。
敵を十分引きつけてのパス、そして先読みが出来る判断力。
中田や、前園といったタイプではなく、今までにいないプレイヤーだ。
決して動揺は一切せず、クールぶりの面も多く見られた。また小野は、わずか十八の若さで、ワールドカップという世界舞台で
プレイをしたいた。たった十五分だけだったが、プレッシャーを感じず
楽しく試合をしていた。背番号は、カズが付けていた11番であった。そして、ワールドユース選手権が始まった。
メンバーの中には、もちろん小野の姿もあった。
日本はこの大会では余り、いい成績を残していない。
だが今回の日本代表は、今までに見られない実力を発揮する。
特に、小野、本山、もの凄い突破力を見せていた。
小野は、時には攻撃的な動きも見せる。日本は順調に勝ち進み、世界にその実力を大きくアピールしていた。
日本は強い、そう世界中が大いに騒いでいた。気が付けば、生まれて初めてのワールドユース決勝まで上り詰めていた。
だが決勝戦には、小野の姿がなかった。
イエローカード三枚で、残念ながら試合には出場していなかった。
小野は、試合に出たい、そういう気持ちが強かったと思います。
結局日本は、スペインの前に大敗をしてしまった。
でも日本は、堂々の準優勝を飾った。日本は確実に強くなっていた。
世界を舞台に、懸命に日本は闘っていたと思いました。そして小野の表情には、満足な笑顔が見えていた。
次のステップに向けて、頑張るそんな笑顔だった。小野は、五輪最終予選の前に、左足のじん帯を損傷し
精神的に、小野はダメージを受けていた。
手術は成功し、今懸命にリハビリを頑張っている。
最終予選出場は無理かも知れませんが、必ずグラウンドに戻ってくれる
はずだ。小野の世界の挑戦は、まだ始まりに過ぎない。
だから小野伸次、その実力を世界に羽ばたかせてくれ。天才の名にかけて、頑張れ・・・