川上 憲伸 《プロフィール》 1975年6月22日生まれ 身長178 体重80 ?高校〜明治大学 〜中日ドラゴンズ 一九九八年、中日ドラフト一位指名、明治大学から
一人の男がやって来た。名は川上憲伸、あの巨人の高橋の
良き理解者であり、良きライバルである。
大学時代では、川上は高橋に圧倒的に負けていた。
特に決め球の変化球が、ことごとく打たれていた。プロ野球界で、また高橋と同じセ・リーグで闘える
喜びを噛みしめていた。川上は、高橋に対して大学とは
違う風格を見せていた。決め球を変化球から、力強い
ストレートへと変えていった。あの苦手としていた高橋を
押さえていた。高橋も大学とは違った川上を見て
驚きを隠しきれなかった様子だった。
以前の川上から、想像つかないほど成長していた。川上は元々変化球投手で、特に低めのスライダーは
凄まじい破壊力を持っていた。プロの世界に入ってから
自分のピッチングを研究し、苦手の高橋の攻略を考えていた。
その結果が、決め球は速球のストレートだった。
変化球で相手の心理を揺さぶり、追い込んでからの
ストレート、その研究の成果が見られたのか
高橋を見返えせる力を付けていた。また川上は、ハイレベルな新人王争いを演じていた。
巨人の高橋、広島の小林、阪神の坪井、そして川上の四人の選手だ。
お互い自分の力を全力で出し切って、闘っていた。
本当に一年目の選手とは思えない落ち着きぶりで、凄い争いだった。結局、新人王争いは、中日の川上憲伸が見事新人王を獲得したのだった。
川上はタイトルを取ることによって、大きな自信へと繋がっていた。
俺はプロでも通用するんだっと、川上は感じていただろう。
そしてほしくも、新人王取れなかった三人は、決して落ち込んでいなく
何故が笑顔を浮かべていた。この新人王争いは、無駄ではなく
この先へと繋がる大切な出来事だと、僕はその時思い、肌で感じました。だが川上は、翌年、二年目のジンクスに苦しめられていた。
去年とは全く違う、そして各球団から研究されていた
自分の思い通りのピッチングが出来なくなっていた。でも川上は決して弱音を吐かなかった。
苦しみながらも、懸命に懸命に闘っていた。
そして、本来の自分のピッチングに立ち戻っていた。
気がつかないうちに、中日にとって真のエースとして成長していたのです。
自分の信じて、仲間を信じて、ひたすら一つの目標に向かって
川上は頑張っていた。川上憲伸、君の野球人生はまだ始まったばかり。
頑張れ、真のエースとして・・・