イタリア スロベニア クロアチア 三カ国駆け足旅行  -


1月中旬、妻の姉と従姉妹が1ヶ月の予定でハンガリーを訪れた。
2週間のチュニジア旅行はセット済みだが、この機会に近隣の外国(ハンガリーからの)を案内することにした。
暖かく、手軽に車で行ける、北イタリア、スロベニア、クロアチアへの4泊5日の旅となった。


<第一日>
2007年1月23日、最初に目指したのはクロアチア経由スロベニアのリュブリアナ。
何度も通いなれた道だから迷うことは無い。午前7時チョメルの自宅を出発。ブタペスト市内から高速7号線経由でクロアチア国境へ。ここからクロアチアの高速道路、スロベニアの高速道路を走ってリュブリアナへ。走行距離560Km、6時間。

リュブリアナ
人口30万人弱のスロベニアの首都。リュブリアナ城の立つ丘とその下を流れるリュブリャニッツァ川がこの町の売り物。赤瓦の屋根が折り重なる旧市街は中世の町並みそのもの。
リュブリアナ城は1144年の建設。
徒歩で30分強の距離だが、怪我から十分快復していない人間がいたので今回は入場を断念。

リュブリャニッツァ川には何本かの橋が掛かっているが、観光客に人気なのは三本橋トロモストウイエと竜の橋。三本橋は新市街とお城のある旧市街を結ぶ橋。1930年代に建築家ヨジェ・プレチニックによって作られ、その後歩行者用の橋が二本付け足せられ三本橋になった。竜の橋はリュブリアナ市の象徴・竜が彫刻された橋でやはりプレチニックの作品。

三本橋を渡って左側のプロムナードを歩くと大聖堂裏の広場に野菜市場がある。残念ながらこの日はお休み。三本橋の新市街側に通じる広場はプレシェーレン広場。この国を代表する19世紀の詩人フランツエ・プレシェーレンに因んで名づけられ、彼の銅像も建てられている。彼の詩は1991年のスロベニア独立戦争後、スロベニア国歌に使われている。

手持ちのスロベニア・トラール(SIT)で買い物をしようとしたら、使えなくなっているではないか。一週間前に通貨はユーロに切り変わったそうだ。やむなく駅の両替所で両替。なんと1000SITが4ユーロ。
この日の宿泊はBed & Breakfast Pri Ancki。町の中心から15Kmのこじんまりした民宿。オーナーは40歳台の陽気なお兄さん。日本にWorld Cupサッカーの観戦に行ったとか。料理もワインも美味しい宿だった。



三本橋トロモトウイエから見たリュブリアーナ城(スロベニア・リュブリアーナ)


プレシェーレン広場。銅像はスロベニアを代表する詩人・フランツ・プレシェーレン
(スロベニア・リュブリアーナ)


<第二日>
リュブリアナからスロベニアの高速道路、国境=パスポート提示、イタリア高速道路でトリエステ10時頃着。トリエステの町は背後に山の連なりがあり、それが海近くまで迫っている。日本ではちょうど神戸の町。高速道路からは下り一方のドライブ。あいにく雨模様で町の見学は取りやめ、車で海岸通りをドライブ。港には船もほとんど見られず、寂しい冬の港町だった。

ヴェネチア

再び高速道路でヴェネチアへ。所要時間2時間強。走行距離290Km。

ホテルはメストレ地区にあるHotel Albergo Robertaを見つけ出す。
メストレ地区はヴェネチア本島へは列車で10分(10分間隔)。駐車場の心配はないし、部屋も本島に比べて広く、割安だ。
 チェックイン後、列車に乗ってヴェネチア本島へ。片道1ユーロ.
終点のサンタ・ルチア駅を出ると目の前に大運河が広がっている。シーズンオフにもかかわらず町は観光客でいっぱい。狭い路地に連なるきらびやかな土産物屋を覗きながらリバルト橋へ。
車の走らないヴェネチアの移動手段は水上バスと歩き。水上バス(ヴァポレット)は一回券4ユーロ 24時間券12ユーロ。

ヴァポレットに乗って大運河の船旅を楽しんだり、サンマルコ広場、サン・マルコ寺院、高さ100Mの鐘楼、時計塔、ドウカーレ宮殿などを眺めてこの日の観光はお終い。

夕食後、本場のテラミスを食べたいと言う女性達の希望でサンマルコ広場のTOTO Barという喫茶店に入った。コーヒーとテラミスで「お茶」し、勘定書きを見て驚いた。テラミス一個=10ユーロ コーヒ一杯=7.2ユーロ 赤ワイン一杯=8.5ユーロ。席料を加えて65ユーロのお茶。ボッタクリバーならぬボッタクリ喫茶店だった。注文する前にメニューを確認しなかったミスだった。


代表的な景色・運河(ヴェネツィア・イタリア)


リアルト橋(ヴェネツィア・イタリア)


サンマルコ寺院。手前はサンマルコ広場(ヴェネツィア・イタリア)


時計塔。最上階の有翼ライオンはヴェネツィアのシンボル。


サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(ヴェネツィア・イタリア)


ムラノ島

<第三日>
ヴェネチアガラスが評判のムラノ島へ渡った。本島の北1.5Km。ヴァポレットでサンタ・ルチア駅からサンマルコ広場乗り換えで約一時間。ムラノ島の手前にあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の教会は17世紀初頭の建築。運河に面して建てられている塔が印象的だ。
ムラノ島はヴェネチアガラスの故郷。その起源は13世紀に遡る。船着場近くに、工房、ガラス製品、土産物屋が軒を連ねる。工房の見学は無料で、団体客の見学のため専用の席が作れられている。本島の喧騒とは打って変わって、静かの一言。そぞろ歩きも楽しい島だ。
午後は本島に戻ってウインドーショッピング。ガラス製品、仮面、革製品、装身具―――眺めているだけで楽しい。サンマルコ広場の一角にはグッチ、プラダ、ルイ・ヴィトン、フェンディなどの本場のブランド品専門店も軒を連ねている。ここでも日本人学生の団体客が競って買い捲っていた。 


ムラノ島船着場周辺。建物はガラス工芸の工房(ヴェネツィア・イタリア)


ピラン

<第四日>

この日目指したのはスロベニアの海岸地帯。ヴェネチアから高速道路でスロベニア入国。
リュブリアナ地方とは反対方向に道をとりスロベニアの海岸地帯へ。
海岸線はトリエステ湾とピラン湾に囲まれた50数キロしかない。大きな町はピラン、コーペルイゾラ、ポルトローズなど、いずれもかつてはヴェネチア領。雰囲気はイタリアそのもの。観光客に人気があるのはピラン。人口わずか5000人の小さな港町。小さな路地が迷路のように入り組んでいる。町の中心はタルティーニ広場で1692年この町で生まれたジュゼッペ・タルティーニ(作曲家・ヴァイオリニスト)に因んで名づけられたもの。
広場の中心にはヴァイオリンを片手にした銅像が立てられている。広場から灯台に向かう海岸通にはしゃれたレストランが軒を連ねている。
昼食はそんなレストランのひとつ Restrant Pavel & Pavel 2 でいわしの塩焼きとイカのフライを賞味。新鮮な海の幸に大満足。
Piranの町からはしばらくスロベニア領をしばらくドライブの後クロアチア領へ。国境通過はパスポート提示だけ。国境から最初の大きな町Buzetを通り、オパテイヤへ到着、本日の宿泊場所。宿泊斡旋所で紹介してくれたのはHotel Krystal。
走行距離320Km。ホテルチェックイン18:00


タルティーニ広場に建つジュゼッペ・タルティーニ像(ピラン・スロベニア)

オパテイア

<第五日>

オパテイヤはリエカ湾に臨むクロアチア屈指の高級リゾート地。クロアチア最大の貿易港の町、リエカかから15Km。海岸沿いに走るマーシャル・チトー通りには多くの豪華なホテル、レストラン、土産物屋、旅行会社がなど観光に必要なものが集中している。観光で成り立っており、クロアチアのリビエラとも称されている。オーストリア=ハンガリー帝国時代から多くの王侯貴族、有名人が愛した町でもある。オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ、ドイツ皇帝ウイルヘルム、スウェーデン・ノルウエー王オスカー2世、ルーマニア国王カロル/エリザベータ夫妻、作曲家グスタフ・マーラー、同ジュゼッペ・ベルディ、作家ジェームス・ジョイス 'クオ ヴァディス'の作者でノーベル賞作家のヘンリック・シーンキヴィッチ、ロシアの小説家アントン・チェクホフ 有名な舞踊家イサドラ・ドウカンなどを挙げることができる。
宿泊したクリスタルホテルは長期滞在型ホテル。オーストリア、ドイツ、などから1週間、2週間単位の宿泊客でにぎわっていた。
 10時頃まで海岸と町の散策。穏やか海、清潔な町、温暖な気候。クロアチアのリビエラと呼ばれるにふさわしい町だ。

オパティアの海岸(クロアチア)

KRK島

10:00 オバテイア出発。リエカを経由してKRK島を目指す。Krk島はアドリア海に浮かぶ島では最大級。広さ409平方キロ。本土とは橋でつながっており、自動車なら簡単にアクセスできる。首都ザグレブからは180Kmの距離。ミュンヘン、シュツットガルト、ロンドンオスロからは直行のフライトもある。広い島にはマリンスカ、クルク、シロ、バスケ、ヴルブニックなどの町が点在している。最大の町Krkは人口6000人。3000年の歴史を持つという。町の象徴のフランコパン城とスクエアタワーと城壁に囲まれてあり、毎年夏には音楽祭が催される。
クルクの町の近くの小さな村ヴルン=Vrnで見事なマンドラ=アーモンドの花を見かけた。異常気象とは言え、やはりクロアチアはハンガリーに比べて暖かい。



クルク島ヴラン村で出会ったおばさんと記念写真(クロアチア)


クルク島クルク港(クロアチア)


 クルク島を後にして帰途に着いたのが15:00。
ブタペストまで550Kmのドライブ。この日の走行距離は630Km。
21:00時無事に自宅に到着。全走行距離1800Km