春遠からじ
ブショー・ヤーラシュ〜モハーチへの旅
No.1


 3月の声を聞いてすっかり春めいてきました。
ハンガリーの春はモハーチのブショーと共にやってきます。秋田県の「なまはげ」に似たお祭りです。

 モハーチはブタペストから南に約280km、
ハンガリー最南端、クロアチアとの国境の町、人口2万人強、ドナウ川沿いの静かな町です。

 またこの町はハンガリー人にとって歴史上最も有名な場所のひとつ。


 1526年、約3万人のハンガリー軍は8万人のオスマン・トルコ軍とモハーチで激突。圧倒的人数のトルコ軍の前にわずか1時間半の戦闘で総崩れ。
陣頭に立った国王・ラヨシュ二世は逃げる途中、誤って川に転落して命を落とした。
軍隊は全滅、市民のほとんども犠牲になった。

 この後ハンガリーは領土を三分割され150年間、トルコとハプスブルグ家によって支配されることになった。

 ブショーは、トルコの支配を嫌って、ドナウ川の対岸=葦の生える、湿地帯に逃げ込んだハンガリー人が望郷の念を燃やしたことにその起源がある。

 故郷へ帰ることを夢見て、焚き火の前で話をしていた避難民の前にある時老人が現れ、トルコ人を追い払うのは、ハンガリー人の義務であると告げた。
蜂起の合図、武器の製造の仕方、扮装などについても具体的に教えた。
この教えは先祖代々語り継がれ、人々は蜂起の合図を待った。

 150年ぶりに合図を聞いたハンガリー人は先祖代々家に伝わる恐ろしいお面を被り、武器を片手に金色の衣を羽織り、カウベルや角笛を鳴らしながら、対岸のトルコ軍に襲いかかった。
悪魔に襲撃されたと思ったトルコ軍はパニックに陥り、モハーチの町から逃げ出した。

こんな所がブショーの成り立ちのようです。

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