ハンガリーの日本庭園


最近、ハンガリーの東北地方の小さな市・フェゼシュジェルマトにある日本博物館と付属の日本庭園を訪れました。
以下、その経緯を記します。

JAPAN MUZEUM ハンガリーの日本博物館と庭園の存在は、松本 ハンガリー大使から話を聞いたことがありましたが、訪れる機会がないまま、いつしか忘れかけていました。
ところが、ある方に出会ってから再び身近な存在となりました。

9月23日、新体操の世界選手権(ブタペストのネプスタジオン 9月24日〜28日)のために相場宏さんがハンガリーを訪れました。
空港に彼の出迎えに行き、機内で知り合った人を紹介されました。
それがフェゼシュジェルマトに日本庭園の工事に行かれるという小林明さんと知り合いになったきっかけです。

小林さんと話をしてみると、私の母校の長野県の須坂高校の卒業生で、更に実家も私と同じ長野県の山ノ内町にあるとのこと。
全く奇遇としか言いようがありません。
この遠く離れたハンガリーで同じ町の出身、同じ高校の卒業生と出会えるとは大きな驚きでした。
ここではメールを交換することを約して別れました。

小林さんは1951年、山ノ内町金倉地区生まれ(現在の実家は沓野地区)。
ここには小中学生時代の同級生の家や従兄弟の家があってよく訪れた所です。
彼は須坂高校、東京農業大学を卒業、東京都庁に「造園職」という技術職で就職。
主に東京都内の都市公園や自然公園の整備を担当し、現在は建設局で街路樹を管理しておられます。
「樹木医」という資格をお持ちで樹木に関するスペシャリスト。

フェゼシュジェルマトの出身で、現在は日本の埼玉県川口市に住む画家のスティーブン・ドマ・ミコーさんが、23年前に設立した日本博物館のグレードアップのため、小林さんの職場の上司住吉泰男さんに日本庭園造りを相談したのが交流のきっかけだそうです。
公的機関からの資金援助の対象にならないことから、ボランティアで庭園造りを手伝ってきました。
最初の工事は2000年8月に鍬入れされました。

私がここを訪れたのは12月の初旬、庭園は来たるシーズンに備えての冬支度で、正直な所、寒々としていました。
それでも随所に日本の庭園の雰囲気は感じられます。
小林さんが作業をした時の様子を紹介した地元の新聞を(日本語に翻訳)添付したので読んで頂き、ハンガリーの日本庭園をイメージしてください。


庭園での記念写真 左からミコーさんの母親、ヴァールコニ市長、友人のシャンドール  冬支度の日本庭園

フェゼシュジェルマト市の市章日本庭園のあるフェゼシュジェルマトは、ブタペストから国道4号線でハンガリー第二の都市のブレッチェン方面へ180kmのカロチャッグという町から、さらに田舎道を30Km南に下った人口6000人の町。
ブタペストからは車で3時間〜3時間半。

町の歴史は意外に古く、最初に文献に現れるのは1219年のこと。
町の中心には市役所と並んで1812年に建てられたカルビン派の教会があります。
ケチケメートにある有名な大教会を模して建てられた歴史的な建物です。
この町の売り物は豊かな自然。
市章には豊かな自然をアピールするコウノトリ(ハンガリー語ではゴーヤ)、柳の木、豊富な地下水がデザインされています。コウノトリはシーズンともなると150羽以上が巣作りするとか。
町には温泉も湧き出していて、保養地としての条件は備えています。
ただブタペストから時間が掛かりすぎるのが難点ですが。

 日本博物館の存在もハンガリーの日本人社会にはあまり知られていないようで、こちらへのPRももっと必要と思われます。

2003年12月7日










相場宏さん
 元日本体操協会常務理事。元日本女子体育大学教授。
 新聞社勤務時代に携わった「中日カップ体操競技大会」「新体操ブラザーカップ」など体操関係の国際大会で種々ご指導いただいた。
 ゴルフをこよなく愛され、よく一緒にラウンドした。
 今回のハンガリーは三度目の訪問。前二回の旅行記は次のサイトでご覧になれます。

「ハンガリー情報マガジン」