中学時代のかけらたち


 

私が詩を書き始めたのは、中学3年ぐらいからでした。

この頃は、おとな(世間)に対する失望についての詩を書いていたようですが、

どことなく、それに‘酔っていた’感じを思わせる、

ぎこちない飾りが随所に見られます。

それでは、どうぞ.....

 

 

 

 

知識の向こうで。

 

誰が知っている?

蒼い涙の行方なんて。

何人知っている?

風はいつか笑いをさらっていくことを。

そしていつから知っていた・・・・・・?

悲観くれた時の空

淋しさだけの光

そんな私は、いつしか、

哀愁 という言葉を知っていた。

 

(中学3年、10月)

 

 

世間の彩色

 

いつからだっただろうか

自分の心に光をあてたら

見栄と飾りだけの自分になっていた

世間の体裁だけにとらわれていた

こんなはずではなかったと

悔やんでみたところで

世間が私に染めた汚れを

おとすことは できなかった

 

(中学3年、10月)                

この頃私は、徳永英明の「壊れかけのRadio」が大好きで、この曲が私の「おとななんて!」という気持ちとすごくぴったりしていたのを、よくを覚えています。

 

 

 

我が行く旅路

 

遠い彼方に消えゆく哀愁

悲愴の調べと変わり果て

星の光に奏でゆく

その時、扉は開かれん

明日なる輝き この手で創る

嗚呼、喜ばしき我が行く旅路

行方の知れぬ風に導かれ

新たな光沢見つけゆく

我が身にかかる試練でも

未来の希みに喜びをもつ

嗚呼、嬉しかることここにあり

もし行く旅路を投げたなら

風は悲哀の調べを奏で

我が行く先を導かん

 

(中学3年、11月)

卒業文集用に書いた詩です。あらかじめ、自分の好きな言葉を抽出し、それらを組合わせて「いかにかっこよく、内容のある詩を作るか」ということに重きを置いた覚えがあります。

 

 

 

悲しき雨

 

まだ夢も希望もあった頃

夜空の煌く星達を見上げ

美しい音楽に耳を傾け

未来の輝きを信じていた

 

けれども今は

見上げればそびえたつ失望の壁

聞こえるのは夢が崩れ落ちる音

輝きなど幻想のまた幻想にすぎない

 

ああ、雨よ、悲しき雨よ、

おまえはわずかな喜びでさえも

涙とともに洗い流してしまうのか

 

(中学3年、1月)

まさに受験の追い込みの時に書いた詩です。勉強は進まないし成績は上がらない、でこの頃は焦りを通り越して諦めに入っていたのでしょう。

 

 

 

予感

 

失いたくない 失ってしまいたくはない

あなたが私から去りそうで

面影ばかりが昔を語る

明日の私はどうなるの

 

泣きたくない 泣いてしまえば思い出す

あなたと私の楽しい日々

そして異国へ旅立つあなたの影

約束の日はもうこない

 

(中学3年、3月)

この場合、本当に外国に行ってしまったのではなく、私とは違う「世界」に行ってしまった、という意味を表しています。恋愛関係の詩で女性口調のものはこの一編しかありません。

 

 

 

 

詩集の目次へ    最初のページへ