高校時代のかけらたち


 

高校3年の時に見た、あるテレビ番組で

「ピーターパン」の作者について取り上げられていました。

作者はピーターパンについてこう語っていたそうです。

「ピーターパンは、おとなにならなかったのではない。おとなになれなかったのだ」

その時受けた衝撃は相当なものでした。

そして、しばらく詩を書くことを忘れていた私は、また書きはじめます。

 

 

 

反論

 

ピーターパン・シンドロームを

現代病という大人達よ

あなた方がつくった

この醜い世界のほうが

よほど現代病なのではないか

 

(高校3年、6月)

この「あるテレビ番組」を見た直後に、涙を流しながら書きつづった詩です。これよりしばらく、激しくおとなへの攻撃が書かれてゆきます。

ちいさなつぶやき へ。

 

 

 

立ち止まれば虚無の世界

 

君は今、何をしている?

君は今、何処を見つめている?

何が楽しくて今を生きている?

 

光は何も与えてはくれないのに

どうして「光を求めて」生きようとする?

風は幸福を運ぶわけではないのに

どうして「風に乗って」生きようとする?

 

名のに君達は笑っている

何が可笑しい?何が嬉しい?

うわべだけの、飾りだけの、

この世界に生きていて

 

(高校3年、7月)

私は授業中、「なんでみんなそんなところで笑うの?」と思うことがよくありました。どうも笑いの感覚が私とみんなとでは違っていたようなのです。ある日の授業で、その乾いた笑いがクラスに響いた時、ふと思いついて書いたのがこの詩です。

 

 

 

The Grain Field

 

He is standing on the golden field.

There is a grain field as far as the eye can reach.

He came back after a year's separation.

 

He is looking at the field with deep emotion.

The silver moon is shining over his head.

She congratulates him,and he closed his eyes.

 

He is listening to whisper of wind.

She tells gently him...`Your field never die.'

He smiled and thanked her.

 

They say,`When dream and experience were mixed,

a wonderful scenery was born.'

So,the field is full of brightness.

He wishes,`If only the time would stop !'

 

But he must leave soon.

Because another field is waiting for him.

There is 36th field,so 37th field is waiting for him.

 

I don't know what he will see at the 37th field.

But I'm sure the grain will be useful for him.

I hope his field will be an abundant harvest.

 

(高校3年、10月)

これは、高校の英語の先生(注・ネイティブ)の誕生日祝いにおくった詩です。あとで感想を聞いたら、「チョットムズカシカッタデスネー」でした。

 

 

 

祝福の砂

 

「混沌の渦の中には数えきれないほどの

夢---希望---愛・・・といったものが渦巻いており

人に分け与えては奪い去り・・・、奪い去ってはまた

他の人に分け与えている・・・」

時空の民はそう語った------

 

これを聞いた一人の男、

砂時計を持ち、天に掲げた。

われに祝福を!

われに祝福を!

この、下に沈んだ砂のごとく、

動くことのない永遠の祝福を!

 

------これを聞いた時空の民、

男の砂時計を打ち砕き、

砂を風で吹き飛ばした・・・・・・

 

(高校3年、10月)

文集に載せるために考えた詩のひとつです。今回は、「物語性」を出してみようとしたのですが、難しくてなかなかうまくいかなかったことをよく覚えています。

 

 

 

鏡の五段活用

 

鏡らない

人の真似をしないこと

鏡ります

人とうまく合わせること

鏡る

人をありのままに見ること

鏡るとき

人の存在を意識すること

鏡れば

人と自分を比較すること

鏡ろ

自分自身を否定すること

 

(高校3年、10月)

これも文集用に考えた詩です。結局、こちらの方を提出しました。名詞を活用させる、というのがシュールっぽくてけっこう気に入っています。

 

 

 

憧憬

 

ふと見上げたとき、空の青さに微笑んだ

現実に押しつぶされそうになってから

空想の世界へ逃げ込んだ僕

けれど見上げれば青い空

現実もまだ捨てたもんじゃない

 

(高校3年、11月)

「おとなへの憎しみ」はいつしか「現実逃避」にすりかえられていました。「現実逃避」の頃はよく小説を書いていたものです(未完のものばかりですが・・)。そして、ある日の、空の青さという現実を知った時の感動・・・これが現実逃避の殻を破るきっかけになりました。今もまだ完全に破ってはいませんが・・・

 

 

 

 

ロマンチストとリアリスト

 

僕は君が思っている以上のロマンチスト

たくさんの詩を作って たくさんの絵も描いた

今度はギターを習って 歌を聞かせようとしたけれど

それはついにかなわなかった

語り聞かせるのは ただ僕の夢の中

 

僕は君が思っている以上のロマンチスト

ラジオの音楽番組に メッセージ付のリクエスト

その録音したテープを 誕生日に渡そうとしたけれど

それは結局できなかった

テープに入ってたのは 他の人のリクエスト

 

僕は君が思っている以上のロマンチスト

高い便箋買ってきて 苦労して作った英語の詩

イメージした絵も描いて 同封し君に送ったけれど  

それは後になって後悔した

君にとって重荷なのは わかりきってる夢の中 

 

僕は君が思っている以上のロマンチスト

心ひかれた人は決まって皆 リアリスト

 

(高校3年、12月)

実話をもとに作りました。「僕」とは私のことですが、これ以外にも自分のことを僕と言う詩がたくさんあります。なぜ僕と言ってしまうのか、自分ではよくわかりません。ちなみに、この詩は後になって、友人が曲をつけて歌ってくれました。

 

 

 

 

僕の高校時代

 

卒業したら

空の青さに憧れた あの日の自分に帰ろう

僕はもう疲れたよ

何を見て、何を聞いて、

いったい何を得たのだろう

ふりかえれば

現実を越えようとする自分がいた

いや、逃げている自分がいた

もう逃げるのはよそう

存在に向き合い 自然の中に帰るとしよう

それでもなお

しばらくは懐古の中で

失われた時代を探すのだろう

 

(高校3年、2月)

私の高校時代は、明るいものではありませんでした。裏切り、偽り、孤独・・・(それが逆に私について洞察を深めるきっかけにもなりましたが。)「空の青さに憧れたあの日の自分」とは、幼少の自分かもしれません。逃避から脱出したようで、そうでないのが実際のところなのです。

 

 

 

 

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