メモ


一、

追跡、蘇生

「ふん、このオルロワージュ様から逃亡を企てるとは…。おい、もっと急げ、漆黒の馬達よ!……む?」
もう遅い。目の前にいたのは人間の少女…。
「キャー!!」

目が覚めると私は奇妙な部屋に横たわっていた。紫色のランプに、血管のようなふくらみのある壁。まともなのは今まで寝ていたベッドだけだ。突然馬車に轢かれてしまったのは夢だったのだろうか?傷跡は全く無い。起き上がり部屋を出るためにドアを開ける。馬車に轢かれたのが夢であってもそうでなかったとしても、今見ているのが夢なのは間違いなさそうだった。というのも、ドアのむこうにはたくさんの棺桶が綺麗な円状に並べられていたからだ。 恐る恐る中を覗いてみる。 「……人が…人が入ってる!!」 あぁ、とにかくここから離れないと!あれって世にいう吸血鬼なの?私は急いで次の扉を開けた。外だった。空は一面、灰色で覆われており、私はとても高い、高い城にいた。……周りを見渡せばどこかわかるかもしれない。とりあえず、上に行くことにした。上に登っていく途中に入り口が一つあった。部屋には、透明な水のような、小さな鏡のようなものが床に置いてあった。水溜りといった方が適当かもしれない。それぐらいの大きさだったけど、薔薇で周りを覆われて、とても綺麗で塵一つ付いていなかった。しかし、どうも液体ではないらしい。私はとても興味を持った。
「なんだろう?」
引き寄せられるようにその鏡のような物の上に乗ると、床の『鏡』が波紋を引き起こし周りの薔薇の花びらが巻き上がった。私はびっくりして目を閉じた。……再び目を開けると、そこは花畑の入り口だった。あの『鏡』は瞬間移動の装置なのだろうか?そんなことはこのときは考えていなかった。花畑があまりにも美しかったから。私はこのときの状況も忘れて、花を見に前に進んで行った。突然、私の背中に衝撃を感じた。胸の間から剣が突き出ていた。声を上げるまもなく私は倒れた。刺したのは白髪の青白い顔をした男だった。白い花が、じわりと紫色に染まっていく…。
「…血の色は紫か。」
寵姫を二人周りに仕えさせながら、私をテラスから見物していた男が言った。彼の着ていた長いローブが綺麗だった。

二、

半妖

「……痛。あれ?私、あの男に刺されて…」
服は剣で貫かれて破れ、紫の染みが付いていたが、私の体には全く痕がなかった。
「傷が無い!……化け物だ!!」
私は半狂乱になり、もと来た道を駆け戻った。始めにいた部屋よりももっと下に、お城の根元まで下っていった。
 お城の一番下は、広間だった。右手には城の出口があったけど、薔薇のつるで覆われた格子が降りていて、通ることはできなかった。右側の出口から左手の部屋まで細長い赤いじゅうたんが敷かれていて、薄紫の光によく映えていた。で、その左手の部屋には、この城のなかでもとりわけ豪華な――もっとも、私が今まで見てきた中でだけど――扉があった。ドアを開けると、そこは恭しい雰囲気で、ドレスを着た女の人達が赤いじゅうたんの横に整列し、玉座のようなもの左右にはさっき私を刺した白髪の男――この男はまるで蛇のような目つきだった――と、もうひとり緑色の髪をした男がそれぞれいた。二人とも顔が極端に白かった。まるで死人のよう。特に、緑色の髪の毛をした方は、まるで生気がなかった。並んだ女の人達は真っ白い肌に、ほんのり赤みがさしていて、とても綺麗だった。玉座にはローブを着た長髪の男が座っていた。王様なんて今の世の中にはいないのに、なんで?やっぱりこれは夢だ。なにもかも夢。だったらもう楽しむしかないわね。私は赤いじゅうたんを真っ直ぐ進んで行った。ローブを着た王様風の男が言った。 「娘よ、お前の名は?」 「人の名前を聞く前に、自分からいうのが礼儀だと思うけど」 白髪の男が言った。 「口を慎め、小娘が!」 「セト、まぁよい。それにしても、私の名を知らぬとはな」 男が、並んでいた女の人達を見渡すと、女の人達はコーラスのようにローブを着た男について歌いだした。 「無慈悲な王」 「魅惑の貴公子」 「偉大なる妖魔の君」 「我らが主、オルロワージュ様」最後の一言はセトという白髪の男が言った。 「そう、ここは妖魔の城ね。私は人間。あなた達とは違うわ。家まで帰らせて」 「そうはいかん。花畑で自分の血の色を見ただろう?」オルロワージュが言った。 「お前はオルロワージュ様の馬車に轢かれ血が半分無くなっていた。そこでオルロワージュ様は自分の血をお与えになったのだ。」 「半分はまだ人間の血が残っているが、お前はもう人間ではないのだ。今は、そうだな、半人半妖といったところか」緑色の髪の男が言った。 「しかし、この娘はまだ城のしきたりも、城に住むだけの最低限の実力もないな。後見人が必要だな。ラスタバン、お前の意見を聞かせろ」とオルロワージュ。 すると玉座の右側、緑色の髪をしている男の方から、あたかも空間から湧いたように男が現れた。丸顔にいわゆる坊ちゃんカット。優等生の雰囲気が漂っている。 「私は、この娘の後見人にはイルドゥンが適任かと」 「お待ちください。イルドゥンのようなものにこのような大役が務まりますでしょうか」 「黙れ、セト」とオルロワージュ。 「イルドゥンの人格、剣さばき、どれをとっても申し分ない。セト、お前ごときが口出しすべきものでない」とラスタバン。 「くっ……。」 「よし、イルドゥン。後は任せたぞ。」妖魔の君、オルロワージュはそういうとかき消すように消え去った。 「私…私が…妖魔?……半妖……」 他の者達も、イルドゥン以外はみな後を追うように消えていく。緑色の髪の、とがった目つきをした、少し灰色の皮膚をした男が私に近づいてくる。この人の目はどことなくセトに似ていた。でもなにかが違う気もした。別の妖魔なんだから当たり前なんだけど。 「ほら、いつまでしょげかえっている。半分だけでも妖魔の仲間入りができただけでもありがたいと思え。とりあえず、その人間臭い服をどうにかせねばならんな。お前の血も付いているしな。……城下の仕立て屋でお前用の服を頼んである。取りに行くからついて来い」