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2003年 0108 0225 0310
2002年 0411 0417 1009 1129
2001年 0415 0617 0724 0914
3月10日 関西旅行の珍騒動
3月2日深夜から3月6日にかけて京都、姫路、滋賀の旅に出かけた。イギリス旅行が終わって、今度は、大学の友人との「卒業旅行」という性格が付帯した旅行だった。まあ、去年も同様のメンバーで京都・大阪・奈良と旅したんだけどね。
しかししかし、今回はなかなかヘビーな経験をしました。
お金のないわれわれは、「青春18切符」という超割安の切符で、横浜から東海道線をのらりくらりと8時間半ほどかけて京都に行くことになっていた。出発は深夜。集合は、横浜駅に11時40分だった。
ただでさえ疲れる鈍行の旅、当然、席に座らなければやってらんないので指定席を予約した…はずだった。日付が変わって横浜駅に列車がやってきた。今回は向かい席を取れたとのことで、去年よりも楽しいたびになりそうだなと期待が湧いてきた。
席に向かう…しかし…あれ、席がないぞ。予約を担当した友人が切符を確かめつつ、周りを見渡す。なんと、僕らが、取ったはずの席を高校生らしき連中が占領している!!!おお、なんと横暴なやつらだ!!!、とその友人ともども彼らのところへ物申しに行く。
友人が、「ここは僕らの席なんだけど」と切符の席番号を示して少し強気に訴えかけた。彼らはそれはまじまじと見る。なかなか冷静だ。動じない。なんという返答をするものやら。もしもアホなこといったら許さんぞ、と気合をためる。しかし、返事はまったく予期しないものだった。
「これ、前日の指定券じゃないですか???」
な、なに!!!そんな馬鹿な!!ちょっと待て。友人が切符を再確認する。僕もそれを覗き込む。日付は3月2日。集合の日だ。え、でもちょっとまて、この電車に乗った日付は…
「今日は、3月3日ですよね。」
彼らが続けて言った。…そうだ、この電車に乗り込んだのは日付が変わって3日になっていたんだ。横を見ると、すまなそうに下を見つめる友人…。「ご、ごめんね。」と若人たちに謝ってデッキへ。ははは、説得するつもりが、説得されてしまった。なんとおばかな私たち…しょっぱなから衝撃的なハプニングだ…
僕らは仕方ないので、デッキに新聞紙をしいて電車に揺られることにした。車掌さんのアドバイスにより、途中から席に座れるようになったのだが、僕は最後まで運がなかった。まず、座った席が、指定席の空きであったため、小田原についたところで指定券を持った人に追い出される。
それから、しばらくはデッキで足を伸ばして座っていた。周りを見渡すともうみんな外見なんて気にしない。なかには、堂々と寝転んでいる人までいる。さすがに僕はそこまでの勇気がなかった。
それからしばらくたって愛知県に入った辺りだったろうか、次第に指定席の人々が降りていって、席が空きだした。僕は運の女神にありついた…と思った。
「はぁ、これでやっと安眠だ!!!」と思って目を閉じる。…が、とたんに横からデカイいびき声が耳をつんざいてくる。「グー、グゴーッ」野獣のうめき声さながらのその騒音がどうにも気になって眠れない。こ、このおやじめぇっと思っても起こそうか、起こすまいかさんざん逡巡する。持ち前の優柔不断の発揮だ。が、そのうちに乗り換えの岐阜県大垣駅に着いてしまった。あぁ、僕は疲れと自分の不甲斐なさにがっくり肩を落とした。
結局あんまり眠れなかったため、その日は、宿泊する友人宅に行くとすぐに一時間半ほど眠り込んでしまった。さらにさらに、致命的な風邪にまでかかってしまう。まぁ、日程にはそれほど影響を及ぼさなかったからよかったが、けっこうしんどくはあった。
うん、ここで教訓。切符の予約には注意してもしすぎることはなし。
痛い目に遭って初めて悟る。人生は修行だ!!!とまた、同じことを思い出す青年、24歳。
2月25日 故郷にてほっと一息
1月31日から2月13日までのイギリス旅行、2月20日の口頭試問が無事終了し、23日に新潟に再び帰ってきた。やるべきことはすべて終了し、ほっと一安心。22日には久々に高校時代の友人Y君と邂逅し、しゃぶしゃぶを食べてカラオケに行った。
アカペラサークルに入っているという彼は、外見からは想像できない(なんて言うと失礼だけどね)透った声を出し、聞いていて心地いい。でも、性格の本筋はやっぱり変わってなくて、少し可笑しかった。なかなか懐かしく、楽しいひとときだった。
こちらに帰ってほっとしているのもつかの間、今度は京都・滋賀・姫路の旅だ。楽しみだ。
1月8日 卒論提出
ながきにわたって苦闘してきた卒論も遂に終了。無事に文学部と日本史学研究室に提出できて胸をなでおろした。はぁ〜終わった終わった。
これで、ほぼ大学の課程は終了。残るは口頭試問だけだ。それまでに引越し、そんでイギリス旅行。嬉しいなったら嬉しいな(^-^)今日は、頭が少しパンク状態。思考回路が停止気味。疲れた…
11月29日 銀杏並木
肌寒い季節になったが、東京は、相変わらず清々しい天気。どうして、こんなに空が青いんだろうかと新潟出身の自分としては信じられない驚きを感じる。
また、紅葉が美しい。東大の銀杏並木は黄金色に輝いて下一面を金色の絨毯で敷き詰めている。三四郎池でも、赤と黄が光に反射して幻想的な風景を創り出している。あちこちで写生をしている人、写真をとっている人、木を見つめている人…。みんな美しさの虜になってしまっている。
そういう私もカメラを片手に学校をふらついていた。この清々しい風景を見るのも、これで最後なのか、と思うと少し残念な気持ちになる。サイモンとガーファンクルが歌ったBOOKENDという歌が、最近はよく頭の中でこだましている。時間は流れ去っていく。流れさる時間を惜しみ、少しでも今のかけらを残しておきたいと思う。
70歳のおじいさんになった時、どんな風に振り返るのか。人との出会い、別れ。大学生活を通して、数々の人々の支えによって前に進み、或は後退してきた。70歳のヒロシじいさんは満足して振り返るんだろうか。それとも、苦虫を噛むのだろうか。
10月9日 卒論に取り掛かかっているが・・・
4月に書いてから既に6ヶ月あまりがたってしまった。振り返ってみるとかなり忙しい日々を送っていた。
3月31日に骨折して、それが漸く治ったらゼミ発表、休む暇なく教育実習。それが終わると教採一次、卒論構想会、教採2次・・・これが終わったのが8月下旬。 いや実に疲れた、疲れた。漸くゆるりと卒論に取り組めるっちゅうことで9月から卒論に励み始めた。
幸いなことに、やり始めるとこれがなかなか面白い!日赤が日清戦争で果たした役割と日赤の活動に対する同時代の評価を研究しているのだが、その2点ともなかなか興味深い。
しかししかし、何か「ハマル」ものに出会ってしまうととことんやってしまうのが私の欠点。じっくり着実にやりゃぁいいものを徹夜までしてやってしまった。おかげで体調が崩れ気味。危険だ。そう反省している現在も腹痛でなやんでいる。まぁ、だいぶ落ち着いてきたんだけどね。(ちなみに今は午前1時半)
今ひとつ懸念なのが教採の結果。10月中に結果が来るということなんだけど、いつなのか分からん。だから、ポストが「ガサガサ」鳴るごとに緊張が走る・・・あまりいい心地じゃない、というか最悪(-_-;)
来月早々には第2回の卒論構想会がある。それまでに輪郭が明らかになるよう、奮闘努力しよう、ヒロシ君!
4月17日 骨折の苦悩
3月31日、この日はキリスト教では「イースター(復活祭)」の日。僕は、クリスチャンの友にまた誘われて教会に行ったのだった。
しかし、僕はそんな「神聖」な日に骨折してしまったのだった。教会の帰りに上野公園を通っていたのだが、そこのとある石段を軽快にピョンピョンと2段とびををしていた時だった。
仲のよさそうな家族が石段で「ち・よ・こ・れ・え・と」なんてやっていたのだ。昔懐かしい遊び。じゃんけんしてグーでかったら「グ・リ・コ」で3段階段を降りられるってやつ。
「おお、懐かしい」と思った私はピョンピョンとおりながらよそ見してしまったのだ。「これはいかん」と思って顔を前に戻した瞬間に「グキッ」…Oh,My God!!!
そんなこんなで松葉杖の生活が始まってはや半月が過ぎた。たった一本の足が使えなくなっただけで生活が一変。
欠点
@お風呂に入れない。シャワーは可能だが、ギプスにビニール袋をかぶせないといけない。超面倒。A買い物ができない。松葉杖で手が埋まっているから。姉上に手伝ってもらってる。B学食にいけない。カフェテリア方式ではお盆がもてない。C通学に金がかかる。タクシー初乗りで660円。痛い!かなり痛い!!!気合入れて松葉杖で学校に行くとかなり消耗する。D行動範囲がかなり限定される。どこか遠くに行きたい!!!
利点
@足のありがたさがわかる。…もう十分わかったから治ってくれ!!!A腕・肩の筋肉がついた。筋肉痛を超越したのです!!!!B家にこもらざるをえず、勉強ができる。…っていうよりも寝ている気が(-_-;)
ゼミの発表もあるからさっさと治って欲しいと思う今日この頃…
2002年 4月11日 クリスチャンの友人
去年のクリスマスにクリスチャンの方に誘われてクリスマスコンサートに行って以来、教会に興味本位に行くことがしばしばあった。教会の名はヨハン早稲田キリスト教会。大久保駅近くにある淀橋教会という伝統ある教会から主に韓国人を主体として独立した教会だそうだ.
そこに行って思うことはまず、みんな若い.学生、勤めている人にしても30代以下の人がたくさんいる.聞いてみたところ、親がクリスチャンというわけでなく、学校などで伝導されてやってきた人が大多数のようだ.
次ぎに、彼らは和やか、楽しそうだ。その月に誕生日を迎える人があれば部屋中の人が、総出で歌をうたい、祝ってくれる.他にも食事会等の行事が頻繁に開かれる.しかも、どんな人も分け隔てなく、受け入れている.目の不自由な方なども一緒に参加している。
そして、満たされているように見える.宗教を共有しているわけだから、死について、生について考えることが友人の間で恥じらいのあるもの、疎ましいものとなっていない.だから、深い悩みなんかも互いに相談しあっている。
このような環境は大変うらやましい.キリスト教自体と比肩してこの環境が彼らをしてこの教会に集わしめているのだろうと思う.
だが、私はこの空間に安住できる人間ではない。それは少し残念な気はする。みんないい人だから。しかし、やはり、私は私の納得できる「神」しか信仰できない。一生懸命私を「救おう」と「祈ります」といってくれる友人。彼らには大変申し訳ない。でも、やはり私は自分の根本を失うことはできない。
もちろん、聖書から教えを学ぶことは続けよう。それは自分にとっての「神」とは何かを考える糧になるだろうから…
9月14日 同時多発テロ
9月11日午後10時ごろ(アメリカ時間同日午前9時ごろ)アメリカの世界貿易センタービル2棟、そしてペンタゴンが相次いでハイジャックされた飛行機に衝突されるというテロ事件が起きた。合計4機の飛行機がハイジャックされたが、一機はピッツバーグ郊外で墜落した。それは、大統領を標的にしていたが失敗した模様だ。
事件の実行犯が明らかになったが、アラブ人が含まれている。これによってイスラム過激派のネットワークの関与がほぼ確実になったとされている。
アメリカ人の被害は数千人に及ぶという前代未聞のテロとなった。アメリカはこれは「戦争」だと規定して世論も報復措置になだれ込んでいるようだ。議会も13日にあらゆる武力行使を承認するとして4兆円以上もの予算を計上した。
アメリカ人被害者の方々、その人たちとつながりのある方々の悲しみは並大抵のものではないだあろう。即報復だと叫ばずにはいられないというのも察するに余りある。
しかし、武力報復が果たして今後の安定をもたらすのだろうか。「テロは絶対に許さない」、「これは自由と民主主義への挑戦だ」ということが、西洋各国をはじめとして表明されている。まず、「テロを許さない」ということはそのとおりであろう。民主的プロセスを経ないで自分達の主張を貫徹しようとすることは言語道断と言わざるをえない。
しかし、このテロ事件は、単純に「自由と民主主義との戦い」と規定することにはいささか疑問がのこる。アメリカは建前はともかく、実際は、純粋に「自由と民主主義の国」とはいえないだろう。アメリカの対イスラム政策に問題となる要素があったことにももう少し目を転じてみるべきではないだろうか。
イスラムといっても様々な宗派があり一枚岩ではないが、アメリカは各地にたくさんの敵を作ってきた。その骨頂となったのが湾岸戦争だといわれている。その際にイスラムの聖地サウジアラビアに軍の拠点を置いたことがムスリムの反感を買った。最近では、イスラエルとパレスチナ人との紛争において無責任な態度をとっていることが反感を招いているという。
アメリカ人は本土においてこれほどまで犠牲者を出したことはない。パールハーバーが引き合いに出されているが、そのときの犠牲者をとうに超えている。しかし、アメリカ人が外国にもたらした犠牲者はそれよりもはるかに大きい。湾岸戦争でもイラクの不当性もさることながら、市民に犠牲をもたらすことに無配慮だったのではないか。メディアの情報は西側に偏っているために詳しくはわからないが、ムスリムに少なからざるテロ事件への支持があることにも注意する必要があるだろう。
今後の趨勢が気になる。巷にささやかれているように「文明の衝突」というとんでもない事態にはならないことを祈る。
7月24日 飛躍
また、1ヶ月がたちました。もう夏休みだ。今学期は今までにない、「大学生らしい」期間を過ごしたように思う。
自分で論点を見つけて、それを調べ、発表する。この基礎力をつけるいい機会だった。それなりに力がついたように思う。ただ、その反面、より力のある方々の壮大さに面食らいもした。自分の中の負けず嫌いの火がつく。もっと努力せねば!
そして、今学期もっとも画期的だったのは、はじめて人様に告白できたことだ。小心者でそんな大それたことは俺なんかにできはせん、と半ば諦めていた自分を克服した。残念ながら失敗だったが、大きな精神的飛躍であったといえよう。自分に拍手!パチパチ…
さて、夏休みですな。まずはレポート。大変だけど、腰を入れて頑張ろう。その後は憲法という厄介なテストだ。それが終わったら、できれば動員関係の論文も読めたらいいな。卒論までうかうかしてると何も書けんから今から戦時体制を組まなくてはならん。
その合間に、ともに再開することになるだろう。みんなはどんな生活を送ってるんだろうか。楽しみだ。
6月17日 慣れた!?
久方ぶりに筆をとる。3年に進学して4,5月はあたふたとすごした。専門的になってどうやってやってきゃいいのかわからんでなかなかなれるのに時間がかかった。
ようやくこんなもんなのかなという型のようなものが分かりかけてきて少し肩の荷が降りたといった所だ。でも、しっかりと授業をこなしていくには多々の努力が必要なのには変わりなく、気が抜けない。
体調はやはり5月6月と芳しくなくなるみたいでちと今も大変だ。まあ、去年に比べればよくなっている様なので何とか踏ん張っている。さっさと楽になってくれんかな。
さて、とはいってももう夏学期も残す所あと一ヶ月。早いもんだ。高校のときに比べればあっという間な気がする。テストも一回だし。ゼミの発表が後一回終わればメインな活動は終わる。頑張ろう。
高校時代の仲間達はどんな風に過ごしているんだろう。ほとんどが社会人だ。色々とはなしが聞きたいもんだ。
2001年 4月15日 ホームページをでっちあげる
今週の重大事はなんと言っても自分のホームページをネット上に乗っけられたということだ。
学校の情報処理の授業でやったHTMLで一行ずつじかに書いていくという大変な作業に比べてビルダー2001での政策は大変楽で面白かった。面白くてついつい夜更かしをしてしまいがちだった。
こうやって簡単に情報を公開できるようになったという事実は、やはり第3の産業革命といっていいだろうと思う。産業構造の中間部分(仲介業者)がバッサリと切り落とされつつあるのだ。こうやって自分が従来の広告代理店がやっていたようなことをコンピュータでやっていること自体が1つの例だ。
月曜日の「プロジェクトX―――大地の子ー――」は例によって感動した。それぞれの事件というものはある程度まとまったものを見ないとよくは分からない。中国残留孤児だってどういうものかは分かっていたが、具体的に関わった人々の情熱、努力、そして、その結果を見てみるとこんなすごいことだったのかと衝撃を受けてしまうのだ。
この番組をより引き立てているのが中島みゆきの「地上の星」と「ヘッドライト・テールライト」という劇的な歌ですな。オープニングで道を行き交うサラリーマンの映像とともに「地上の星」が流れてくると世の中の厳しさ―――競争、弱肉強食―――というものを感じてしまう一方、ドキュメントをずっと見てきて感動がこみ上げてきた所へ「ヘッドライト・テールライト」が流れてくるとその緊張が一気に爆発してしまうのだ。
一人一人の人生は、他人には分からない壮大なドラマがあるものなのだ、ということをよ〜く思い出させてくれる。いい番組だと思う。
土曜日には電器を買いに行ったついでにUNIQROに行ってみた。うわさのごとくすごい人だかりでびっくり。それもそのはず、けっこうかっこいいのが安い!1000円とかで買えちゃう。人気になるわけですな。戦後日本の経済を牽引してきた繊維産業、アパレル産業はいまや大変です。日本がアメリカに脅威を与えていたのに変わって、今度は日本が中国の脅威にさらされているのです。食品業界でも中国の猛攻に日本の業者はタジタジ。
グローバル経済という現実が肌に感じられるようになってきた。良いも悪いもなく現実として…。日本の産業が生き残れるかは、もはや日本の内部の戦争ではなく、世界経済戦争であることを認識し、どうやったら生き残れるかを考えられる能力、そして実力を身につけていくことにかかっているでしょう。
さてさて、今週は授業初めであったものの本格的なものは来週からです。また頑張りましょう。