FEBRUARY 16,2000

■バリアフリー――だれにも縁ある法案だ

 働きたい。買い物したい。デートしたい。お年寄りが乗りやすく、乳母車・車いすも使える交通機関を。

 こんなスローガンを掲げ、障害をもつ人々が「だれもが使える交通機関を求める全国大行動」を日本各地で繰り広げたのは、1990年暮れのことだった。

 それから10年。「交通バリアフリー法案」がようやく国会に提出される。

 当初は、運輸省の持ち場である駅や空港に限られた法案だったが、建設省、自治省、警察庁も加わり、対象が広がった。法案をつくる過程で、政府案と民主党案が競いあって改善されてきた。ともに結構なことである。

 政府案は「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律案」という長い名前だ。

 駅や空港、バスや旅客船のターミナルを新設、あるいは大改造する時は、エレベーター、エスカレーター、スロープや手すりなどを整備すること、バスを新規発注する時は低床化すること、などを義務づけている。駅の周辺の歩道などの段差をなくすことも明文化した。

 役所の縄張りを超え、利用者の便益を優先させたのは、当たり前とはいえ良いことだ。しかし、欧米諸国の法律や、この方面では一歩先をゆく大阪府の条例と比べると、なお見劣りする点も少なくない。

 その一つは、既存の駅のバリアフリー化が「努力義務」にとどまっていることだ。大阪市交通局は「エレベーター・エスカレーターで・真心のある・地下鉄」の頭文字をとった「ええまち計画」を93年から進め、2001年には全駅で、階段を使わず地上からホームへ移動できるようになる。新駅と大改造駅だけが対象なら、工事は9分の1にとどまるという。

 市町村がバリアフリーの基本構想をつくる際、交通事業者とは協議する仕組みなのに、経験や知恵を豊富にもっている障害者や高齢者組織の参画が盛り込まれていない。それも不十分である。

 「高齢者、障害者等の移動の自由を保障するための法律案」と名付けられた民主党案では、整備指針の策定などへの住民の参画を義務づけている。移動の自由の保障という言葉には、障害をもつ人々が求めてきた権利性が込められている。

 「交通機関へのアクセスの保障は、米国では恩恵ではなく、市民としての権利、公民権です」と語るのは、来日中の米運輸省のウインター予算政策担当補佐官だ。

 骨形成不全という重い障害で車いすを使う同氏は、日本の駅でゴミを運ぶ地下道を移動させられ、ネズミに遭遇した。

 いま70人の部下をもち、運輸予算の責任者だ。自身の経験を行政に生かせるウインター氏のような人材登用に乏しい日本だからこそ、障害者の知恵を借りたり、その権利性を法律に明記したりすることが必要なのではないか。

 年をとる。乳母車を押す。大きな荷物をもつ。目や耳や手足が不自由になった。知らない駅に降り立った……。そんなとき、多くの人が感じるのは、日本の交通機関や道路や建物の冷たさだろう。障害者だけの問題ではないのだ。

 移動の自由は、憲法に保障された人権の一つといっていい。だれもが、不自由なく交通機関を利用し、安心して道を歩ける社会にするために、国会での審議を通じて、よりよい法律に仕上げてほしい。